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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第2章 『氷結の月影林《フロストムーン・ルミナ》』

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第19話 シャーリアとグラウス

 お菓子に含まれたナニカにより身体を鈍らされ、田島修一をみすみす大魔女エリザシュア・ルミナに奪われた勇者ルナテミス一向だったが……。

 

 なんとか時間を費やし、雪山の頂上付近から魔女の洋館まで戻ってくることができた。

 周囲の空気は冷たく、氷の世界特有の張り詰めた静けさが辺りを包む。


 ルナテミスは懐から小さな球状の魔術具を取り出した。

 掌の上で淡く脈打つそれは、心臓の鼓動のように微細な光を刻んでいる。

 

 「よいか。

 これで、魔術で編まれた罠の位置を特定する……」

 隣で音を潜める、シャーリアとグラウスは静かに頷く。

 ボールは空中に投げ出され、宙で淡い光を放ちながら旋回する。


 魔術の罠や結界を感知するはずだったが、反応はゼロ。

 彼女は眉をひそめた。

 「……何も起こらない……? 罠が……解除されたのか?」


 猫耳褐色少女シャーリアは、慎重に周囲を警戒しながらも呟く。

 「狡猾で意地悪なあの魔女様のことだから、勝手に罠を解除するとは考えにくいにゃろす……。

 何か予期せぬ事態が起こったのやもゆら、ルナテミス様!」


 戦騎士長グラウスは、巨体をわずかに前傾させ、鋭い眼差しで洋館を射抜く。

 「今が、勝機」

 と短く唸る。


 ルナテミスは意を決したように口を開く。

 「よし、正面から突撃するぞ!」

 三人は勇敢に大地を駆け、洋館に侵入する。

 

 ――踏み出した一歩、その瞬間だった。

 

 眩い閃光が走り、時間が一瞬、白く塗り潰される。

 

 耳をつんざく轟音。

 風圧が壁のように押し寄せ、土と火花と金属片が雨のように降り注ぐ。


 「ルナテミス様――ッ!」

 シャーリアの悲鳴が爆音に呑まれ、掻き消えた。


 爆心の中心で、勇者ルナテミス()()の身体が炎に包まれ、地面を転がる。

 焦げた大地が煙を上げ、空気が歪む。

 

 勇敢に駆けたはずのその足は、今、黒く焦げた土の上に無防備に投げ出されていた。


「な、なぜ我だけが……!」

 ルナテミスは混乱し、立ち上がろうとする手を止める。背後からシャーリアとグラウスが彼女を支える。


 洋館の窓の向こうでは、大魔女エリザシュア・ルミナが優雅にお茶を飲みながら、凍り付いた瞳で一向を見下ろしていた。

 その姿はあまりに可憐で美しかったが、微笑みの端に悪意を宿す。


 ――魔女の思惑は明確だった。

 

 勇者ルナテミスは魔術防御力が極めて高く、正面からの戦闘では少々分が悪い。

 しかし、勇者ルナテミス以外の兵士たち――シャーリアやグラウス――ならば、眠っていようと、虚を突かれようと撃退可能だ。


 だからこそ、魔女は「勇者特攻」の罠を仕掛け、それに殆どの魔力を注いだのだ。

 

 勇者だけを狙い撃ちにすることで、最も危険な存在を排除しつつ、残りの仲間は、自身が今いる部屋に誘導し仕留める。

 この合理的で、如何に楽に敵を仕留めるかという策略が、まさに大魔女エリザシュア・ルミナらしさを象徴していた。


 ルナテミスは地面に伏したまま、苦痛と怒りが入り混じった表情で魔女を見上げる。


 

 ◇ ◇ ◇


 

 森の中、樹氷が月光にきらめき、枝の先に積もった雪が微かに音を立てる。

 

 あの後、勇者ルナテミスたちは息を潜め、互いの息遣いさえも気にしながら作戦会議をしていた。

 しかし、どれだけ議論しても案はまとまらず、緊張の空気が張り詰めている。


 そんなとき、シャーリアが突然目を輝かせ、声をひそめながらも決然と告げた。

 「……おぉぉ、おら、とんでもなくグッドベラ―ベストな案が、思いついちゃったかもにゃろす」

 ルナテミスが眉を寄せ、声を潜めて訊く。

 「うむ! ではシャーリア、答えてみせよ」


 シャーリアは一歩前に出て、真剣な表情で説明する。

 「ルナテミス様……。

 ――今から貴方に、キスをします」


 ルナテミスは思わず息を飲む。

 冷たい空気が肺に突き刺さり、樹氷のきらめきが目に眩しい。

 

 「な、な、何を言っておるのだ、シャーリア!! こんな時だというのに、巫山戯ている場合ではなかろう!」

 「一切ふざけてなどおりませんにゃおっ! おらは、まじなんですゆら!」

 

 シャーリアの瞳はまっすぐで、凛としていた。

 

 雪明かりに反射したその真剣な眼差しが、冗談ではないと告げている。

 「いいですか、思い出してほしいのですのにゃ。

 おらの固有魔術、『一度キスをした相手に擬態できる』――あれを使う時が来たのです!」


 ルナテミスが目を見開く。

 「ま、待て、まさか……!」

 

 「おらがまず、勇者ルナテミスの姿に擬態します。

 そして、正面から堂々と魔女の庭へ突入するのです。おらを“本物”と誤認した魔術の罠が、作動した隙に、

 ルナテミス様とグラウスちゃんが裏口から潜入すれば――」

 

 シャーリアはしっぽを一振り、息を整え、口角を上げた。

 「――魔女の庭には“ふたりの勇者ルナテミス”が存在することになるですにゃ。同一存在が二重に出現した瞬間、術式は破綻し、罠は混乱状態に陥る!

 そうすれば魔術が綻び、救出の道が開く……!」


 「…………っ」

 ルナテミスは言葉を失った。

 

 馬鹿げているようでいて、筋が通っている。

 風が、三人の間を抜けた。


 雪が舞い上がり、遠くで鐘の音が響く。

 その中心で、シャーリアの真剣な瞳だけが、冗談ひとつない覚悟の色で光っていた。


 ルナテミスはわずかに顔を赤らめながら、まだ決意を決め切れていない。

 「……本当にそんなことで上手くいくのだろうか?」

 

 グラウスは拳を握り、闘志を燃やすようにうなずいた。

 「現状、それしか洋館に侵入して、創造主様を救う方法はないのは事実。愚拙は賛成だ」

 

 勇者ルナテミスは二人の覚悟を目の当たりにし、胸が熱くなる。

 

 そして決意を決め、緊迫した空気の中、それは始まる。

 

 シャーリアの手がそっとルナテミスの肩に触れる。

 

 触れた瞬間、微かに震えるその感触が、胸の奥まで響く。

 樹氷に反射した月光が二人を淡く照らし、氷の森の冷たさとは対照的に、心の奥が熱くなるのを感じた。


「大丈夫……信じてください、ルナテミス様」

 小さく呟いた声に、決意と抑えきれぬ想いが込められている。

 

 シャーリアの心臓は早鐘のように打ち、胸の奥が締め付けられる。心のどこかで、彼女は――ずっとこの瞬間を待っていたのだ。


 ルナテミスは気高き武人としての面影を保っているはずだった。

 しかし今、少女として無防備に目の前にいる。

 

 その瞳の奥には、戦場で見せる冷静さや威厳はなく、ただ純粋に――こちらを見つめる存在がいる。シャーリアの呼吸がわずかに乱れる。


 距離が縮まり、互いの鼓動が耳に届くほど近づく。

 シャーリアの手のひらは少し汗ばんで、勇気と緊張、そして抑えきれない感情に満ちている。


 一瞬、二人の間に沈黙が訪れる。

 凍てつく森の空気も、樹氷のきらめきも、まるで時間を止めたかのように、二人だけの世界になる。


 シャーリアは小さく息を吸い、心臓の鼓動に意識を集中させる。

 

 ――そして、唇がほんの一瞬触れ合った。


 冷たさと温もりが交わり、胸の奥に火花が散るように広がる。

 互いの心音が重なり、息が絡み合い、世界が二人のためだけに震えているようだった。


 完全に唇が触れ合った瞬間、シャーリアの全身に電流のような感覚が走る。

 胸の奥で鼓動が爆ぜ、耳まで熱くなるのを感じた。


 月光が樹氷に反射して二人を照らし、冷たい森の空気と、二人の間の熱が混ざり合う。


 ルナテミスの柔らかい唇の感触に、シャーリアの手は自然と肩に添えられ、力が入る。

 

 心の奥で押し込めてきた感情が、息をするたびに押し出されるように溢れそうになる。

 ――好きっ……大好き。

 互いの呼吸が重なり、胸の奥の鼓動が聞こえるほど近い。


「……シャーリアぁ……」

 

 少女としてのルナテミスは、いつもの凛とした威厳を失い、ただ蕩けた声が漏れ出てくる。

 その瞳に映る柔らかな光に、シャーリアは心臓を握られたような感覚を覚える。

 ――可愛いですよ、ルナテミス様……


 唇が離れることなく、互いの距離は微動だにしない。

 とっくに、擬態の発動条件は満たしているはずなのだが、シャーリアの心は満たされない。


 シャーリアの心中では、愛情と覚悟が交錯する。

 戦士としての勇者を、少女としてのルナテミスを、全てを守りたい、全てを受け止めたい――その思いが身体中を駆け巡る。


 ルナテミスの指先がそっとシャーリアの手に触れ、力強く握る。

 少女の柔らかさと、内に秘めた気高さの両方がそこにある。


 ――……大丈夫。何があっても、おらが守りますから。

 心の中で囁き、唇をゆっくりと重ね続ける。互いの呼吸が絡み合い、鼓動が重なり、世界が二人のためだけに揺れているような感覚。


 その瞬間、シャーリアは悟る――心の底でルナテミスを愛していることを。彼女の存在が、全てが自分の想いを揺さぶる対象であることを。


 二人の間に漂う静寂は、森の凍てついた空気さえも温めるかのようだった。

 

 鼓動と呼吸、そして互いの存在感だけが残る、この特別な瞬間――それこそが、二人の心を強く結びつける証だった。


 唇がゆっくりと離れると、ルナテミスは目をわずかに伏せ、肩を震わせながらその場に膝をつき、まるで骨まで抜かれたかのように力なく倒れ込んだ。

 

 少女としての無防備さが全面に出たその姿に、シャーリアは一瞬、胸を締めつけられる。


 しかし、すぐに理性と決意を取り戻す。

 森の冷気の中、樹氷が月光にきらめくその光景に目を向け、シャーリアは深呼吸をして自分の手を握り締める。


「よし……ここからが本番ですゆら。創ちゃんを、必ず救い出すにゃろす!」



 ◇



 シャーリアが完全にルナテミスに擬態し、雪の光を受けて堂々と前に出る。

 

 その姿はまさしく勇者そのもので、月光に照らされた鎧の輪郭まで完璧に再現されていた。

 ルナテミスは息を飲み、氷の匂いが混じる冷たい風の中、シャーリアを見守る。


「がっはははは!

 大魔女エリザシュア・ルミナよ、そちの敗北は確定した。降伏するなら今のうちだぞ!!」


 シャーリアの声が森を抜け、洋館の庭に響き渡る。

 だが、魔女エリザシュアは落ち着いた声で、軽く鼻で笑うだけだった。

 「小賢しい……貴方になにができるのですか」


 ルナテミスの視線は緊張で凍りつく。


 エリザシュアはどうやら擬態にまったく気づいていない。

 

 シャーリアは正面に立ち、魔女の魔術の罠をすべて受け止める。

 その光線は鋭く、氷の刃のようにきらめき、触れた瞬間に雪が砕ける音とともに衝撃波が広がる。

 シャーリアはぐっと体を震わせながらも、耐え、前進をやめない。


 その間、ルナテミスとグラウスは草むらに這いつくばり、洋館の裏口へと進む。

 雪の上に這う足跡はわずかで、木々の影が俺たちを隠してくれる。息を殺し、寒さで手がかじかむ中、ルナテミスは心の中で祈る。


 「シャーリア、頼む……もう少しだけ耐えてくれ……」


 罠は、擬態したシャーリアにしか作用しないらしく、本物のルナテミスには今のところ何も起こらない。

 だがその分、シャーリアの体にかかる負荷は極限に達していた。


「頑張れ……シャーリア……!」

 ルナテミスの声は雪に吸われ、かすかにしか届かない。それでもシャーリアは光線に耐え続ける。

 

 シャーリアの体が震え、目の焦点が揺れる。氷の光と魔女の魔術の圧力に、意識が途切れそうになる。

 だが、彼女の心には強い決意があった。

 

 ――創ちゃん、いや創ちゃんを崇敬してやまない勇者ルナテミス様のため、ここで倒れるわけにはいかない。


 深く息を吸い込み、手足に力を込め、踏みとどまる。

「……まだ、まだ耐えなきゃ……!」

 そんな彼女の雄姿を尻目にルナテミスとグラウスが草むらを抜け、洋館の裏口から侵入していく。


 館の中に足を踏み入れると、かつてのような罠や歪んだ廊下の異常は、まったく感じられなかった。

 壁や床は静かで、まるで人の気配だけが残っているかのようだ。以前ここを通ったときの、刺すような緊張感や奇怪なトラップの連続はどこへやら――。


 ルナテミスは眉をひそめ、周囲を警戒しながらも歩みを進める。

 「……おかしい。罠が一切ない。以前はあんなに危険だったのに……」


 これは魔女が、勇者を囮にふたりの兵士が館に侵入した際に、自分の部屋に誘導し、簡単に仕留めようとした計画の現れなのだが……その傲慢さが裏目にでた。

 ――勇者ルナテミスをまんまと館の中に自分から招き入れてしまったのだ。

 

 彼女らの息遣いが緊張で張り詰めながらも、魔女エリザシュアがいる気配がする二階へと駆け上がる。


 魔女エリザシュア・ルミナは、庭での擬態に気を取られていたが、館内に異変を感じ取り、目を細める。

 「…………ふたりの侵入者……。

 どうしてかしら。ひとりの魔術防御力が、以上に高い…」

 

 シャーリアの体は限界を迎えていた。

 氷の光線が肌を焼き、魔女エリザシュアの魔術が四肢を圧迫する。

 胸は苦しく、肺の奥が焼けるように痛む。筋肉は悲鳴を上げ、指先の感覚が徐々に失われていく。


 心の奥では、まだ勇者ルナテミスのために耐えようとする意志が燃えている。

 だが、身体はもう、頭の命令に従えない。足が震え、背骨が折れるような感覚が走る。


 ――くっ……もう……耐えられないかー……


 唇を噛みしめ、必死に体を前へ押し出す。

 しかし、重力が急に倍増したかのように全身を押さえつけ、視界が波打つ。

 氷の光が瞬き、耳鳴りが頭の中で響き、意識の端が白く滲んでいく。


 ついに、シャーリアの体は反応しきれず、擬態は崩れ、彼女本来の姿が滑らかに戻る。

 鎧の輪郭は消え、勇者の姿は消え、月光に照らされた髪と瞳が本来のシャーリアへと戻る。

 

 それを見た魔女の血の気が引いていく。

「罠に耐え続けていたのは、勇者様じゃないですっって!? 擬態の魔術でも使っていたのですか……。

 そんなじゃあ、まさかさっきの侵入者のひとりは……!」

 

 ルナテミスは階段を駆け上がりながら、窓からシャーリアの活躍を見届け、彼女がどれほど耐え抜いたかを理解し、心の奥で静かに感謝を込める。


 二階に到達し、長い廊下を前に立ち尽くすルナテミスの視線の先には、一枚の扉。

 

 「天晴ですね、勇者ルナテミス様。ですが、ここを通すわけにはいきませんよ」

 魔女の声が扉の向こうからする。この先に、魔女エリザシュア・ルミナがいるのだと直感する。

 

 だがその瞬間、扉の隙間から光が飛び出し、魔術の矢のように迫る。


「くっ……!」

 ルナテミスの前に、グラウスが左手に盾を構え、立ちはだかる。硬く頑丈な盾が魔術の直撃を受け止め、衝撃で微かに地面が揺れる。


「恐怖に慄くな、ルナテミス!愚拙を盾にして、前に進むのだ!!!」

 

 グラウスの声は低く、揺るがない決意に満ちていた。ルナテミスはその背に力を預け、二人は長い廊下を進む。

 

 壁に沿って踏みしめる足音、盾に当たる魔術の音、緊張と寒気が渦巻く。

 前方の扉の向こうには、あの冷徹な魔女が待っている――だが、ルナテミスとグラウスは後退することなく、一歩一歩、確実に距離を縮めていった。


 長い廊下を進む中、先頭を行くグラウスは盾のように体を前に押し出し、魔術の飛来に備えていた。

 彼の目には鋭い決意が宿り、その背中からは静かな熱が放たれている。


 グラウスの胸には、恐怖と決意だけでなく、創造主への深い思いが渦巻いていた。

 

 ――愚拙を産んでくれた、すべての始まりを与えてくれた創造主様。

 その恩を、今ここで返さなければならない。

 どんな痛みも、どんな絶望も、背負ってでも返さねば――


 そう強く思いながら、グラウスは盾を更に強く握りしめる。


 盾に魔女の氷の光線が叩きつけられるたび、ひびが入り、縁が削れていく。

 

 鋭い衝撃が腕に伝わり、骨の奥まで振動が走る。

 それでも後ろを振り返ることはない。心臓は早鐘のように打ち、血液が熱く脈打つ。

 痛みが体を支配し、指先が痺れても、覚悟だけは揺るがない。


 ――創造主様。この命、すべてを天主のために――


 盾が徐々に限界を迎え、金属の表面が砕け、氷の光が手首を直撃する。

 その瞬間、グラウスは覚悟を決めた。


 盾がなくとも、もはや己の身体そのものが盾となればいいではないか。

 

 腕を広げ、胸を張り、全身を押し出すように前進する。

 魔術の衝撃は直接体を打ち、痛みが筋肉と骨を裂く。


 それでも、足は前に出る。息は荒く、肺は火傷したように痛む。

 視界が揺れ、耳鳴りが頭の中で響き、体温が凍るように冷たい。


 しかし、胸の奥の熱――創造主への感謝と恩を返す意志――が全身を支配する。痛みと恐怖が全身を締め上げる中で、グラウスは盾を超えた覚悟を体現する。


 ――愚拙は、この身すべてを盾にして、ルナテミスを護る――


 その覚悟が、静かで揺るがぬ熱として、ルナテミスの背に確実に伝わる。

 盾はもはやただの道具ではなく、彼自身の意志そのもの。腕も、胸も、足も――全身が前へ押し出され、長い廊下を切り裂くように進んでいく。


 氷の光線が体を打ち、骨や筋肉に痛みが走るたび、グラウスは咬みしめる。

 だが、痛みが大きければ大きいほど、胸の奥の熱は増し、創造主への恩を返す決意は揺るがない。


 ――ここを通り抜ければ、創造主様に辿り着ける。愚拙は絶対に……絶対に、諦めない。


 その思いが、盾の代わりとなり、痛みを突き抜けて体を前へと押し出す力に変わる。グラウスは己の身体を盾として、光と氷の嵐の中を、勇敢に、そして堅く前進し続けた。


 廊下の先で、突如として轟音と共に魔術が炸裂する。鋭い光線が壁を抉り、床を割る。

 魔力の波動が空気を震わせ、圧倒的な力が襲いかかる。

 しかし、グラウスは一瞬も躊躇せず、全身で盾となり勇者ルナテミスを護りきる。

 

 痛みと衝撃が全身に走りながら、グラウスは叫び声をあげる間もなく膝をついた。


 勇者ルナテミスは背後からその姿を見届け、心底から感謝する。

 「グラウス……ありがとう」

 その声と視線に、グラウスはわずかに笑みを返す余裕すら見せた。


 衝撃を受けながらも勇者ルナテミスは再び扉の方へ駆け出す。

 彼女はただ前へ、創造主様を守るためだけに進む。


 魔術のせいだろうか。

 廊下が、果てしなく延長されていく感覚を覚える。

 

 魔術の衝撃は止むことを知らず、光の鞭のようにルナテミスの身体を叩きつける。

 いくら魔法防御力が高いからといって、損傷がないわけではない。


 もし、グラウスが護ってくれていなければ、扉に辿り着く前に、意識が途絶えていたことだろう。

 

 息が詰まる。肌を切るような寒気と、心臓を揺さぶる振動。


 けれど、足を止めるわけにはいかない。

 耐え続けてくれたシャーリアと、盾となり散ったグラウス――その思いを背負い、命を張った二人の顔を思い浮かべると、痛みも恐怖もただの霧のように薄れる。


「修一……!」

 口に出す声は祈りにも似ていた。

 

 闇に包まれたこの廊下で、彼女の胸を貫くのは創造主――田島修一の存在。

 目を閉じれば、あの穏やかで、でもどこか脆さを抱えた創造主の顔が浮かぶ。

 ――我が、絶対に彼を助ける。


 魔術の光が壁を引き裂き、床を粉砕する。

 毎歩ごとに衝撃が全身を打つが、ルナテミスはその一つ一つを「試練」と受け止める。心の中で呟く。

 ――我は、創造主である修一に、生命を恵んでもらった者だ。

 ならば、今度は我が、彼の生命をより豊かに輝かせなければならないのだっ!


 ついに、ひび割れた扉の前にたどり着いた。

 

 勇者は息を整え、震える手でノブをひねる。軋む音が廊下にこだまする。

 扉の向こう、ついに魔女エリザシュア・ルミナと再会する瞬間――。


 魔女の顔は焦燥に満ち、冷や汗が頬を伝って滴る。


 瞳の奥には驚愕とわずかな恐怖が浮かぶ。

 普段の上品で皮肉に満ちた微笑みは、今やほとんど消え失せ、手はわずかに震えていた。


 一方のルナテミスは、仲間たちの思いを胸に抱き、決意の笑みを浮かべる。

 

 髪を手でかき上げ、鎧を軋ませながら、堂々と魔女を見据えるその姿は、あまりに輝いていた。

 

「久しぶりだな、エリザシュア・ルミナ。

 どうした、かつての優雅さを見失ったか。だが我は、焦燥が滲む今のお前の方が、断然魅力的だと感じるぞ」

 

 声には揺るがぬ強さと、微かに仲間を思う優しさが混ざる。

 魔女は動揺し、息を飲む。ルナテミスの眼差しは鋭く、圧力さえ帯びていた。

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