第17話 遊園地ルナティック・フェア
夜のシルヴェリオン市外れ、崖の高台に建つルナティック・フェアは、月光に照らされて不思議な存在感を放っていた。
石造りの城壁を思わせるアーチ門は、ところどころひび割れ、欠けた部分から暗闇が覗く。
門の上に掲げられた魔術灯は、青白い光を不規則に放ち、揺らめきながら通路を照らす。
足を踏み入れると、木の板で作られた道は軋み、時折欠けた隙間が月光を下の森に落としている。
門をくぐると、遊園地の内部は外観以上に奇妙で魅惑的だった。
歪んだ石造りの通路に沿って屋台が並び、光と影が入り混じる中、モルフィーナは小さく跳ねながら手を引く。
観覧車は巨大な鉄骨の塔としてそびえ立つが、ゴンドラの幾つかは歪み、左右のバランスが微妙に狂っている。
風に揺れるたび、ぎしぎしと不安定な軋み音を立て、月光に反射して青白く輝く鉄骨はまるで生き物の骨のようにも見えた。
塔や迷路の壁もまた、完璧な形ではない。
欠けた石やずれた柱、崩れかけのアーチが随所にあり、見上げると歪んだ影が月光に映って揺れている。
遠くからは観覧車の軋む音、木製のコースターの悲鳴のような音、金属の鎖が触れ合うかすかな音が響き、楽しさと不安の境界を微妙に揺らす。
屋台の並ぶ通りには、古ぼけた木枠に色とりどりの布が被さり、ところどころ破れや穴があいている。
煙をたなびかせる鉄製の煙突、傾いた看板、歪んだガラス越しに見えるアトラクションの機械仕掛け。
遠くの塔の上には、崩れかけたシンボルの旗が揺れる。
旗は風で裂け、月光に照らされて幽霊のように漂い、遊園地全体に不思議な緊張感を生み出す。
見上げると、いくつもの灯りが不規則に輝き、まるで夜空の星が地上に落ちてきたかのようだが、どこか光が欠け、隙間がある。
その外観は、歪みや欠落が、見る者の想像力を勝手にかき立て、怖さをほんの少しだけ混ぜながら、未知の世界への期待感を胸に押し込む。
夜の月光の下で、ルナティック・フェアはまるで「生きた夢」のように立っていた。
「……すごいな、ここ。
まるで、夢そのものが地上に降りてきたみたいだ。」
俺はぽつりとつぶやく。モルフィーナは小さく肩をすくめ、足早に俺の横を小さい体で飛び跳ねるように進む。
「でしょでしょっ! あたい、ずっとここに来るの楽しみにしてたんだぁ!」
彼女の声は軽やかでただ無邪気だった。
遊園地には、さまざまな世界のキャラクターたちが混ざり合っていた。
銀色の甲冑に身を包む兵士が観覧車に列を作り、半透明の妖精が肩に止まりながらゴンドラを覗き込む。
魔族の子供たちは歯を剥いて笑い、色彩の奇抜な衣装の人形や、顔のない旅人が手を取り合ってメリーゴーランドに乗っている。
どの顔も、どこか現実とはずれた歪みを帯び、完璧に幸せそうではないのが妙に胸に引っかかる。
「……変装、ばれないといいんだけど」
街中で顔がバレてしまった俺は、髪型を思い切りヘンテコに立て、服も裏返しに着て、奇妙な色の組み合わせで別人を装っていた。
「大丈夫だよ! こんなヘンテコな恰好をしている人が、まさか創造主だと――うぼぉふ……!」
俺は慌ててモルフィーナの口を閉ざす。
「……おいこら。”創造主”だという言葉も出すんじゃないって言っただろ……!」
小声ながらも大声で彼女を叱りつける。
「……ごめんなしゃーい」
彼女は反省したように、そう口にする。
そしてすかさず気持ちを切り替え、モルフィーナは相変わらず軽やかで、少しおどけた仕草で前を歩く。
「さ、お父ちゃん行くよっ!」
彼女は目を輝かせ、両手を大きく掲げて俺の手を引いた先にあったのは、小型の木製コースターだった。
夜の月光に照らされるレールは古び、色褪せ、ところどころにひびや欠けがあり、風に揺れるとぎしぎしと軋む音を立てる。
音は空気に吸い込まれるように響き、まるで生きた骨が鳴くかのようだった。
俺は内心恐怖で心臓が爆裂しそうなまま、ぎこちなく座席に腰を下ろす。
隣に座った彼女は小さく跳ね、手を握ったまま微笑む。
コースターがゆっくりと上昇していくと、月光に照らされた崖の縁や森の影が下に広がる。
森の影は黒く揺れ、普通の遊園地なら安心するはずの風景さえ、この没世界では歪み、欠落した何かを孕んでいるように見えた。
俺は自然と肩に力が入り、手を握るモルフィーナの温もりが唯一の安心だった。
頂上に達した瞬間、コースターは急降下する。
風が全身を切り裂き、胸の奥で鼓動が高鳴る。
「いやっほぉぉぉぉおおおお!!」
モルフィーナは叫び声を上げ、体を少し浮かせるように手を挙げた。
恐怖と喜びが同時に押し寄せ、俺はぎこちなく声を上げつつも、心の奥で笑いがこみ上げる。
彼女の楽しげな声は、不安をかき消す小さな光のようだった。
コースターを降りると、俺たちは息を整えながら周囲を見渡す。
歪んだ鏡の館が目に入る。
入口の古い石の壁に嵌め込まれた鏡は、月光を不規則に反射し、揺れる影を映し出す。
館内に足を踏み入れると、無数の自分の姿やモルフィーナの笑顔が歪んで無限に反射し、歩くたびに少しずつ方向を変えて追ってくる。
俺は鏡に映る奇妙な自分の姿に苦笑し、裏返した服やヘンテコにした髪型を確認する。
彼女は指をさして笑い、「こっちだってば、早く来て!」と声を上げる。
鏡の館を抜けると、通路の向こうに歪んだ屋台街が広がる。
破れた布や傾いた看板、欠けた木の板に囲まれた屋台からは、異世界の匂いが漂った。
妖精が作った水飴、半透明の魔族の子供たちが楽しげに輪投げをする様子、黒い旅人が売る綿菓子……どれも奇妙に歪んでいて、普通の遊園地では見られない光景だった。
モルフィーナは嬉しそうに水飴を差し出し、「ほら、お父ちゃんも食べてよ!」と言う。
俺は受け取り、軽く微笑む。
「ありがとう……甘くてうんめぇや」
そして視界の奥に、巨大な観覧車が聳え立つ。
崖の上に建つその姿は月光を受けて青白く光り、欠けたゴンドラや歪んだ鉄骨が幽霊のように揺れる。
遠くの森の影と街の灯りが入り混じり、幻想的でありながらわずかに不気味だった。
彼女は目を輝かせて手を握り、俺は深呼吸し、手を握り返す。
観覧車のゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと回り始める。
下には、歪んだ街並みと森の影、遠くに漂う他の世界の住人たちの小さな影が広がる。
摩訶不思議な遊園地の喧騒は遠くなり、歪みや欠落が作り出す幻想の中で、静かで濃密な時間が二人の間に流れ始めた。
「黒い人も、一緒に来なくて大丈夫だったのかなー?」
モルフィーナが足をパタパタさせながら、そう聞いてくる。
俺は少し笑って答える。
「ああ、あいつは高所恐怖症だから、アトラクションが多数存在する遊園地は結構、だってさ。……まぁ多分、嘘だろうけど」
モルフィーナはくすくす笑い、「あの人は嘘つきなんだね」と言った。
観覧車のゴンドラは、ぎしぎしと古い骨のような音を立てながら、ゆっくりと夜空へとせり上がっていった。
月は満ち、青白い光が鉄骨を縁取り、内壁に不規則な影を落としている。
下の遊園地は光の海だが、その光はどこか欠けていて、ひしゃげたメリーゴーランドの屋根や半分だけ崩れた塔のシルエットが、まるで海面に突き出た沈没船のように不気味な陰をつくっている。
俺は窓の外を見ながら、胸の奥に溜まった言葉を、恐る恐る吐き出した。
「……なあ、モルフィーナ。本当に、こんなのでよかったのか?
こうして遊びに来ただけで、お前たちの憎悪が、そう簡単に消えるはずでもないのに……」
ゴンドラは小さく揺れ、金属がかすかに軋む。
その音が、自分の言葉の不安を増幅させるように響く。
彼女は窓の外を見つめたまま、しばし黙っていた。
月光が横顔に淡く差し、揺れる髪の先が光を散らす。やがて彼女は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「……あたいもだけどね、本当に創造主様を心から憎んでいる人は、少ないと思うよ」
声は、先ほどまでの無邪気な調子ではなく、かすかに乾いていた。
「みんなみんな、この世に生まれてきたのだから、いつかは死んで、消えてなくなるっていう宿命は、どこかでちゃんとわかってる。
最初から、約束されていたことみたいに、理解してるの」
ゴンドラがさらに上昇する。
下に広がる光の海は、歪んで揺れながら遠ざかっていく。
モルフィーナは視線を外に向けたまま、続けた。
「でも、そこに“創造主”っていう存在があったから、みんな憎んでる。
……いや、憎んでるっていうより、憎まざるをえない、っていう感じ。そうでもしないと、自分たちが“消える理由”をどこにも置けないから」
ゆっくりと、彼女の瞳が揺れた。
「皆、自分が魅力的じゃなかったから見捨てられたんだって、どこかで分かっているはずなのに……」
その言葉に、胸が強く締めつけられた。俺はモルフィーナの横顔を見つめ、声を震わせながら反論した。
「……違う。魅力的じゃないはず、ないだろう」
モルフィーナがわずかに目を見開く。俺は一気に言葉を続けた。
「今日一日だけでも、いろんな人に会った。
顔のない旅人も、水飴をつくってくれた妖精も、歯を見せながら笑っていた魔族の子どもたちも……」
今日遭った人たちの顔を、ひとりひとり思い返していく。
「モルフィーナだって、そうさ。
皆ひとりひとり、違う表情をしていて、なんというか……彼らは生きていた」
そう、まるで本物の人間のように。
「少なくとも、俺にはそう見えた。
――そんな人たちが魅力的じゃないはず、ないだろ?」
言い終えた瞬間、ゴンドラは頂上に差し掛かり、夜空の中に二人だけが取り残されたような静寂が訪れた。
月光が、モルフィーナの頬を伝う小さな雫を照らし出す。
モルフィーナは両手で顔を押さえ、かすれた声で呟いた。
「……あたい、お父ちゃんに……創造主様に、そんなこと言われる日を、ずっと待ち望んでた……」
次の瞬間、彼女は堰を切ったように俺に抱きついた。
小さな体が震え、胸元でわんわんと子どものように泣き声が溢れる。
「今日が……生まれてきて、一番幸せっ……!」
彼女の指先が俺の服にしがみつき、熱い涙が掌に染みる。
俺は黙ってその頭を抱きしめ、髪をそっと撫でた。
月光が二人を青白く包み込み、揺れるゴンドラの中で、世界の歪みも欠落も、その瞬間だけは遠く霞んで見えた。
……その顔半分が、割れた陶器のように欠け、ひび割れからは冷たい金属の軸がのぞいている。
光がその破片に反射して、かすかな刃のように俺の胸を突いた。
「……モルフィーナ」
思わず名前を呼んでしまう。
彼女は、にこりと笑う。
その笑顔が、痛い。
この世界に落ちてきた彼女だけじゃない。俺がつくり、描き、見捨ててしまった無数の人たち――。
今もどこかで顔を欠いたまま、体をちぎられたまま、俺を恨みながら彷徨っているかもしれない。
観覧車の揺れが、心臓の鼓動と重なって耳に響く。
目を閉じれば、崩れたキャラクターたちの顔が脳裏に浮かぶ。
あの歌声、あの空っぽの目。
俺の罪だ。
俺が描いて、俺が放り出した世界の残骸だ。
――もし、いつか。
こんな俺のことをもう一度信じてくれる日が来るのなら。
そのときこそ、俺の“理論構築”で、皆の無念を晴らしてやる。
欠けたまま置き去りにしたものを、すべて繋ぎ直してやる。
その誓いが、胸の奥で熱く光る。
そのとき外では、欠けた輪郭のまま咲く花火が夜空に散り、紫がかった煙が観覧車の鉄骨に絡みついている。
ひび割れた光の粒が、二人を包むように降り注いだ。
夜空の高み、観覧車の頂上で、ふたりの影だけが静かに重なり合っていた。
◇
観覧車を降りると、夜風が冷たく頬を撫でた。花火の残り香がまだ漂う歪んだ遊園地の通路で、俺とモルフィーナはしばし立ち尽くした。
「……ねぇ、お父ちゃんはどこに行きたい?」
彼女が泣きはらした目のまま呟く。
俺は答えず、暗い通路の先を見やった。光の影がねじれ、屋台の骨組みがゆらゆら揺れている。
そのとき、どこからともなく声が降ってきた。
「やぁ、兄さん」
振り返ると、そこに立っていたのは背の高いピエロだった。
白塗りにひび割れた赤い笑顔、鼻の横で青い涙のペイントがかすれている。目だけが澄んでいて、まるで人形に魂が宿ったようだった。
俺は思わず身構える。
(このピエロ…オルゴールタウンだとかの街にいたやつじゃないか…? もしかしてバレちまったか、創造主だって……)
胸の奥に冷たいものが走る。
だが、ピエロは何の含みもなく、ふわりと笑った。
「今からオイラたちのサーカスが始まるんですよ。おふたりさんもどうです? 席は特等、無料ですとも」
その声には、記憶の欠片も、疑いの影もなかった。
俺は内心で息を吐く。
(……ただの誘い、か)
モルフィーナが肩をすくめ、にやりと笑う。
「せっかくだし、行ってみようよ」
俺も頷いた。
俺たちふたりはピエロに導かれ、歪んだ遊園地の奥へ進む。
闇の中に巨大なストライプ柄のテントが現れた。赤と白の縞模様が夜の光にぎらつき、ところどころ縫い目が裂け、薄い煙が漏れている。
天辺には星形の金属が揺れ、時折ギィ……ギィ……と軋んだ音を立てた。
入口には色褪せた旗と歪んだ文字の看板が掲げられている。
――星屑サーカス
その文字が風でしなるたび、別の言葉に変わる幻覚を見せる。
テントの中に足を踏み入れると、思ったよりも広く、赤いカーテンが何層にも垂れ下がっていた。客席は半円形に並び、真ん中に円形の舞台がある。
様々な世界観の客たちが既に座っていた――魚の顔をした紳士、羽の折れた天使、古い絵本の中から抜け出したような人形たち。
ざわざわと小さな囁き声と、どこか懐かしいオルガンの音が混ざっている。
俺とモルフィーナは案内された席に腰を下ろし、背中をこわばらせながら舞台を見つめた。
薄暗い中、スポットライトのようなものが円形の舞台を淡く照らし、煙が床からゆっくりと立ち上る。
胸の奥で何かがざわつく。楽しいはずのサーカスなのに、奇妙に怖い。
やがて、オルゴールのような音が会場全体に広がった。
それは優しく、どこか悲しい旋律だった。
赤い幕が、ゆっくり、ゆっくりと開いていく。
歪んだピエロの声が、深い闇の奥から響いてきた。
「――さぁ、皆さま。今宵の夢と悪夢の幕開けです」
そして、サーカスが始まった。
◇
オルガンの音が、子守唄のように会場に溶けていた。
カーテンが開くやいなや、色とりどりの演者たちが雪崩のように現れる。
赤・青・金、無数のリボンが宙を走り、天井から降る紙吹雪がスポットライトを受けてきらきらと光った。
小柄な道化がボールの上でくるくると足踏みし、別の道化がその肩に飛び乗って逆立ちを決める。
拍手、笑い声、囁き声──魚顔の紳士はオペラグラスを覗き、羽根の折れた天使が膝の上で羽根をぱたぱたさせている。
観客席がひとつの生き物のようにうねっていた。
続いて、猛獣使いが現れる。
だが彼の足元で跳ねるのは、鋭い牙も爪もない、ふわふわとした毛玉のような生き物たちだった。
体はサッカーボールほどで、目はビー玉のように澄み、ピンクや青やミント色に光っている。
猛獣使いが「がおー!」と叫ぶと、毛玉たちも甲高い声で「がおー!」と真似をして、舞台いっぱいに追いかけっこを始めた。
客席から笑いがあがる。
スポットライトがすっと中央を切った。
誘ってきたあの歪んだピエロが、軽くバク転して登場する。
裂けた笑顔に手を当て、胸を張って一礼。
喝采が起こる。ピエロは縄梯子を駆け上がり、天井近くの空中ブランコへ。観客が息を止める。
だが、一回目のジャンプは派手に空を切った。
網に転がり落ちると、ピエロは大袈裟に肩を竦め、帽子を取って「失敬失敬!」と頭を下げる。
客席に笑いが戻る。
俺は思わず立ち上がり、手を叩き応援する。モルフィーナも口元に笑みを浮かべる。
二回目。
今度はもっと高く飛び出す。
だが、タイミングがずれ、逆さに落ちた。場内にどよめき。
「なにやってんだ!」「全然だめじゃないか!」
魚顔の紳士が首を振り、天使が眉をひそめる。
観客のざわめきが、さっきの温かい笑いとは違う波長に変わっていく。
その瞬間──天井の支柱がミシ、と嫌な音を立てた。
スポットライトが明滅し、テントの布がしゅるしゅると縮み始める。
膨らんでいた大空間が、まるで風船がしぼむように狭まっていく。
紙吹雪が床に落ち、毛玉の猛獣が不安そうに鳴く。オルガンの音が止まり、暗い音だけが響く。
「こちらです! 出口はこっち!」
劇団員らしき人物が手を振り、観客を誘導する。
俺は反射的にモルフィーナを抱え込み、人の波に従って狭い通路を抜けた。
転んだ客を支え、誰かの悲鳴を背に聞く。
幸い、大きな怪我人は出ていないようだった。
ようやく外に出て、冷たい夜気を吸い込む。
胸がまだ速く上下している。彼女も腕の中で小さく咳をした。
ふと視線の先に、ひとり倒れ込んでいるピエロを見つける。
さっきまで舞台の中心にいたはずの男が、今は破れた幕の陰で丸まっている。
「大丈夫か!」
俺が駆け寄ると、ピエロはひび割れた面の奥から、誰にともなく呟いていた。
「……また失敗した失敗した失敗した。
なんでオイラは、いつまでたっても失敗するんだ……捨てられる……また創造主様に捨てられるぅぅううう……!」
声が次第に甲高くなり、泣き声のように歪む。
――その体がぶるぶると震え、ぷくり、と風船のように膨らみはじめた。
裂け目から淡い光が漏れる。腕と脚が太く短くなり、丸みを帯びた胴体に、びっしりと縫い目のような模様が浮かび上がる。
頭は大きなピエロ帽に呑み込まれ、口元だけが裂けたまま笑っていた。
まるで子どもの描いたピエロ人形を拡大したような、丸くて巨大な姿。
だが瞳だけが異様に鋭く、真っ赤に光っている。膨らんだゴムのような肌から甘い匂いと、刃物のような殺意が同時に滲み出ていた。
風が、膨らんだピエロの周囲をざわりと揺らす。
歪んだ世界が、次の悪夢を生み出そうとしていた。




