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《テール=エクリプス》~君が物語を描くことをやめた、その瞬間――世界は崩れはじめた。~  作者: たまごもんじろう
第2章 『氷結の月影林《フロストムーン・ルミナ》』

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第14話 没世界

 落ちている感覚はずっと続いていた。

 

 目も耳もふさがれて、ただ重力だけが俺を引っ張っている。

 「……うわあああああああぁああ!」

 

 声を出しても、吸い込まれるように音が消える。

 闇は深く、まるでインクの海の中に落ちているみたいだった。


 やがて、足裏が石畳を踏んだ感触がした。


 闇がすっと引き、気がつくと俺は路地に立っていた。

 頭上には、裂けたような暗い空。そこに、縫い目だらけの月がぶら下がっている。


 「自分が描いた漫画の中に入ったと思ったら、さらに本の中に入るなんてことを、一週間前の俺に話したらきっと驚くだろうな……」

 独りごちる声が、自分の耳に異様に大きく響いた。


 視界の先に、あり得ない街並みが広がっていた。

 

 和風の木造長屋の横に、ガラス張りの未来都市のビルが突き刺さり、その隣にゴシック様式の教会が半分だけ立っている。

 どの建物も塗りが途中で、屋根の線が鉛筆のラフのようだったり、色が途中で止まって白地になっていたりする。まるで巨大なコラージュの街だ。


 道を歩く影たちも統一感がない。

 

 セーラー服を着た女子高生が顔の半分が白紙のままで、表情のないのっぺらぼうのように歩いていたり、軍人が手首から先が鉛筆のラフ線のまま古びた機関銃を担いで歩いている。


 終いには、画面から抜け出したようなドット絵のキャラクターがフレームごとに欠けたり現れたりしている。

 

 ――ん? でもどこか既視感というか、彼らを知っているような気がする。


 「あのぉ、ここは……どこか分かりますかね?」

 俺は近くの人影に声をかけた。

 返事はない。

 ただ、かすれた笑い声のようなものが路地の奥に消えていく。寒気が背筋を走る。


 さらに奥へ進むと、ひらけた広場に出た。


 中央にはひび割れた大理石の噴水があり、水ではなくインクのような黒い液体がゆっくりと流れている。

 

 噴水の縁に、サーカス団のような格好をしたピエロが腰かけていた。

 赤い鼻、歪んだ白塗りの顔、ボロボロの燕尾服。

 

 俺を見るなり、両手を広げて陽気に叫んだ。


 「おやおや! 兄さん、もしかして新入りかい。

 大丈夫かい? 足はついてる? 頭はまだある? 兄さんの物語はどんなのだったんだい?」


 その声は、どこか救いのような温かさがあるのに、奥に鋭い刃が隠されているように聞こえた。

 俺は思わず足を止め、喉を鳴らした。


 「……なぁ、ここはどこなんだ?」


 ピエロは噴水の縁を指で叩き、俺に座るように促した。

 

 「さぁさぁ、ここは“没世界”。創造主様に見捨てられた者たちが集う世界さ。

 兄さんも、ここに落っこちてきたってことは……」

 その顔が、ぐにゃりと歪んだ。

 「……ってあれ、どこにも損傷がないみたいだねぇ」

 

 ――その創造主ってのは、俺のことでいいのか……?

 確かに俺が見捨てたせいで、終焉の穴が生まれてしまって、この世界は破滅の危機に陥ることになった……。

 だがどうも、ピエロの話す”見捨てた”の意味とは、少し違うような気がする


 そんなことを考えていたら、俺の顔は少し強張ってしまっていたらしい。

 

 見かねたピエロは俺の肩に手を置き、白く粉をまぶした顔をにゅっと近づけてきた。

「何だか元気がないねぇ兄さん?

 あ、そうだじゃあうちの連中がいいもの見せてあげるよ。ほら、音楽隊、準備だよ!」


 次の瞬間、噴水広場の暗がりから、拍子木や太鼓や笛を持った劇団員たちがぞろぞろと現れた。

 

 ドット絵のキャラ、のっぺらぼうの女子高生、顔が二重にずれた道化師――みんながフラッシュモブだったようで、笑顔で輪を作り、軽快なリズムを刻む。

 ピエロが跳び、くるりと回り、ジャグリングしながら歌いだす。


 俺も最初はつられて手拍子をしていた。子供の頃に見たサーカスみたいで、少し懐かしくもあったからだ。


 ピエロたちは色とりどりの旗をひらめかせ、子どものような高い声で歌い始めた。

 俺は思わず手拍子を合わせる。最初は、ただの陽気な歓迎の歌に聞こえていた。


「おかえりなさい おかえりなさい

 ぼくたちの おとうさん

 ひかりの国から かえってきた

 すてたまちへ おかえりなさい」


 ――へえ……かわいい歌声だな

 俺は少し笑いながら、劇団員の輪の中で踊るピエロを見ていた。


「おかえりなさい おかえりなさい

 ぼくたちを つくったひと

 きりきざんで わすれたひと

 すてたせかいを かえしてね」

 

 ――……切り刻む……?

 

 胸の奥に、ぞわりとしたものが這い上がってくる。

 歌はどんどん速く、声は甘く高くなっていく。


「あしをちょうだい てをちょうだい

 こころをかえして いのちをかえして

 おかえりなさい おかえりなさい

 ぼくたちの おとうさん」


 ――これって……もしかして?

 心臓が凍る。これ、ただのショーじゃない。俺への、呪いの合唱だ。


 ピエロが最後の一節を歌い終え、にやりと裂けた口を俺の目の前まで持ってきた。

 白塗りの顔が、近すぎるほど近い。赤い舌が人間離れした動きで震えている。


「……おいあんた、創造主だろ」


 さっきまで陽気だった声が、地下室から響くような低い声に変わる。

「創造主が現れたぞォ! 殺せ、殺せ、殺せぇぇぇ!」


 広場にいた住民たちが、一斉にこちらを振り向いた。

 

 無表情だった顔が裂け、空っぽの目が光り、指先から黒いインクの刃が伸びる。

「うわ、ちょっ……マジかよ!」

 

 俺は咄嗟に走り出した。

 背後で百もの足音と笑い声が重なって追ってくる。

 

 路地裏の影から、赤い子供服を着用した少女がひょいっと姿を現した。

 琥珀色の瞳が俺を見て、まだ幼い手で「こっち」と合図する。


 俺は半ば必死に叫びながら、少女のあとを追った。


 曲がりくねった裏道を抜け、崩れかけた橋を飛び越え、古い観覧車の骨組みをくぐる。

 息が切れ、喉の奥に水分が枯渇したころ、ようやく足音が遠ざかっていった。


 少女は更に、森の奥の滝へと俺を導いた。霧が流れ、月光が青く反射する。

 そこには、小さなお菓子の家がひっそりと建っていた。


 壁は薬草混じりのチョコレート、屋根は半分焦げたビスケット、窓枠はひび割れから青いシロップを滲ませる虹色の飴細工。

 土台は銀砂糖が刺さったキャラメルブロックで、庭の柵は味の違う棒付きキャンディ。

 扉はジンジャーブレッドに宝石ゼリーがはめ込まれ、煙突からはバニラの香りと黒い羽根の混じった煙が立ち上る。

 ――甘美で可愛らしいのに、近づくほど胸の奥をざわつかせる、そんなお菓子の家だ。


 そして少女は、終着点はここだと言わんばかりに立ち止まる。


「……助けてくれてありがとう、お嬢ちゃん」

 俺は息を整えながら声をかけた。


 少女はにっこり微笑んだ。

 だがその身体は、よく見ると球体関節の人形だった。肘も膝も金属のジョイントで、カタカタと歪な音が鳴っている。

 顔半分は粉々に割れてしまっており、表情が分かりにくい。


 少女は一歩近づき、最初は普通の声でそう言った。

「えへへ、本当に間に合ってよかった。あたいのおかげだねっ!」


 次の瞬間、関節のカタカタがガチャガチャという異音に変わり、顔ががくりと傾いた。

 目の中から、インクのような黒い液が流れ出し、声がひび割れた。


「やったぁぁ……! これで、あたいが、創造主を、殺せるぅぅぅ!!」


 皮膚が裂け、内部から針金と黒い布が飛び出し、少女の姿が蜘蛛のような異形に変わっていく。

 笑顔は仮面のように吊り上がり、舌の代わりに針が何本も覗く。

 つややかな糸を口から吐きながら、無数の目で俺を見下ろしている。


「ちょ、ちょっと待っ──!」

 俺は後ずさりながら、目の前の“人形”が獲物を狙う捕食者のように、がしゃり、と四本脚で床を叩くのを見た。

 滝の水しぶきが青白く光り、少女の狂気じみた笑い声が森に反響する。

 ――逃げなきゃ。


「──っ!」

 地面が割れるような音とともに、その一撃が俺の目の前を薙いだ。偶然身体をひねって躱したが、背後の大木が真っ二つに裂け、粉雪のように木片が降り注ぐ。

(やばい……まともに喰らえば即死だ)


 反撃を試みるため、俺の唯一の対抗手段である、創造の筆を取り出す。

 光のペン先が、滝のしぶきの中で青白く揺らめく。

 

 俺は必死に、空中に符文を描き込み、理論構築を開始する。

 ……対象を襲ってくる人形に定め、あらゆる理論を設定し、人形の弱体化を試みる。


 ペン先が最後の記号を結び、空間にひび割れのような光が走る。

 「……行けッ!」

 俺は符文を叩きつけた。


 ……だが、世界は、微動だにしない。

 滝の音、森の風、蜘蛛女の笑い声――全部そのまま、俺の目の前で続いている。


 「な……んで、だよ……!」

 符文が、砂絵のように空中で崩れ、ぱらぱらと散って消える。

 

 蜘蛛女の脚が、カチカチと床を叩き、俺にじりじりと迫ってくる。

 冷たい汗が頬を伝い、背中に張り付いたシャツがびしょびしょだ。


 ――そうだ、思い出せ。

 

 この力『理論構築』は、信頼し合った仲間に対してのみ使用できる。

 そして決して、弱体化の為ではなく、強化の為なのだ。


 今ここには、俺しかいない。

 ルナテミスも、シャーリアも、グラウスも、誰もいない。


 「くそっ……!」

 ペンを強く握る手が震える。胸の奥が空洞のように冷え、足がすくんで動かない。

 

 蜘蛛女がひときわ大きく笑い、糸を吐きかけてくる。

 白い糸が目の前で光り、音もなく迫る――。


 (やばい、このままじゃ……!

 待て……――自分自身に対して理論構築を施すことはできないだろうか)

 

 極限状態における苦肉の策ではあったが、俺は創造の筆を必死に動かし、宙に符文を走らせる。

 だが、いくら書いても文字が滲んで消えていく。


(ダメだ……創造主である俺自身には「理論構築」を施せない。あくまであれは、創造物に対して行使するものなんだ……!)


 蜘蛛少女が笑う。

「──にげてもむだ、あたいがころす、ころすのぉ!」

 声が子供と獣の混じったように変質していた。


 俺は必死に後退しながら、頭の中で自分を責める。

(俺が……俺が漫画のキャラだったら……こんな時でも強化できるのに……)


 そのとき、頭の奥でかすかな声が響いた。

 ――それならば、なればよいではないですか。漫画とやらのキャラクターに。


「え……誰だ?」

 思わず呟くが、返答はない。

 代わりに、胸の奥で妙な納得が生まれる。

 

(そうか……漫画のキャラになりきれば、俺は“俺”ではなくなる……それなら、世界は整合性を許すかもしれない)


 俺は創造の筆を再び呼び出し、宙に走らせた。

 

 ひらひらと白いインクのような光が空中に散り、俺の身体を包み込む。

 空中に、マント、ベルト、紋章入りのコートを次々と描き出し、最後にそれを纏う。

 

 眼鏡は外し、髪を後ろで束ね、別人の顔に“設定”する。


 蜘蛛少女の脚が再び振り下ろされる。俺はギリギリでその刃をかわし、ひとつ息を吐いた。


 手のひらに力が集まる。光のペンが、今までにないほど強く脈打ち、俺の意識に溶け込むように輝いた。

 

 (よし……今の俺は、俺じゃない。

 一か八かの大勝負だったが賭けは成功したらしい。世界の因果は、俺に“理論構築”を許した……!)


 俺は描いた衣装のまま、必死に蜘蛛少女の攻撃をかわし続けていた。

 筆は手にある。

 だが、何を書こうとしてもまたもや文字がにじんで溶けてしまう。


(……ダメだ。今の俺はただのモブだ。格が足りない。格が、力が、名前が……。

 前にルナテミスを対象にし、究極奥義を授けたときは、あいつが“勇者”だからこそ、多少の無法が許された。

 でも今の俺自身は、ただの名無しのキャラに過ぎない……そんな存在が、奥義なんてだいそれたものは、会得できるわけがない)


 蜘蛛少女の脚がまた地面を割る。俺は転がるように避け、息を荒くした。

 その瞬間、頭の中にではなく、耳元に冷たい吐息がかかった。


「……では、我が(みこと)に“格”を授けましょう」


 ぞわり、と背中が総毛立つ。

 

 気がつくと、すぐ目の前に誰かがいた。

 

 黒紫の衣装をまとい、月のように蒼白い肌をした、男とも女とも分別がつかない端正な顔立ち。

 髪は長く流れ、夜空の星をそのまま閉じ込めたような漆黒が混じっている。

 真紅の瞳が、俺をとらえて離さない。


 その者は右手を伸ばし、俺の顎にそっと指先を添えた。

 至近距離、唇が触れそうなほどの距離で囁く。


(みこと)には“ルナシスファル・セリューヌ”という名を授けさせていただきましょう。

 これより先、(みこと)は“我”の下僕として生き、そして一生を終えなさい。

 

 ――この、魔王ディアーナ・セリューヌの下僕として、ね」


「……ま、魔王ディアーナ……?」


 吐き出した声が震える。

 

 どうしてこんなところに、魔王ディアーナが居るのか、俺は頭の中で思考を巡らせる。

 

 彼はそれを遮るようにして、緩やかに笑みを浮かべ、指を近づけて、軽く頬をなぞる。

 

 その瞬間、胸の奥に熱いものが流れ込んできた。

 心臓が跳ね、視界が紫の光に染まっていく。

 まるで“名前”という概念そのものが、俺の身体に刻み込まれている感覚。


(な、なんだ……力が……流れ込んでくる……! 俺に“格”が、名前が、設定が、与えられていく……!)


 魔王ディアーナは笑みを深くし、耳元に吐息を吹きかけた。


「さあ、ルナシスファル・セリューヌ。

 その身体、その意志、その筆先すら、すべて我のもの。

 今ここで、(みこと)は“ただの脇役”などではない。物語を侵す魔王の“下僕”なのです」


 魔王ディアーナ・セリューヌから、俺に――ルナシスファル・セリューヌとしての格を与えられた瞬間、体の奥底からじわじわと力が満ちていくのを感じた。

 全身が震え、心拍が高鳴る。


 だが、そんな感慨に浸る間もなく、目の前には人形――先ほどの少女の異形の姿が迫ってくる。

 爪先立ちのように跳躍し、蜘蛛の足のような四肢で鋭利に切り裂こうとしてくる。視界の端でその動きが光を反射するたび、俺の背筋に冷たい衝撃が走る。


 とっさに手元の創造の筆を走らせ、理論構築を頭の中で組み立てる。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――対象:ルナシスファル・セリューヌ

 ――理論:「魔王ディアーナの下僕として、威光を体現する存在」

 ――副理論:「あらゆる攻撃に耐え、敵を圧倒する力を発揮せよ」

 ↓

 ――結論:基礎ステータス向上

      -攻撃力 +28%

      -魔力 +55%

      -防御力 +24%

      -魔術防御 +48%

      -素早さ +18%

      -精神力 +42%

      -幸運 +12%

      -闇属性耐性 +70%

      -視力 +1,0


 ――理論は、構築された。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


 ペン先から光が漏れ、文字が宙に踊る。符文が体を巡る感触――温かさと鋭さが同時に押し寄せる。

 

 体の動きは以前とはまったく違う。筋肉の収縮、反射神経、重心の移動、全てが理論によって補強されている。

 全身が固有の力に包まれ、先ほどまでの無力感は霧散した。


「……くっ、すごい……俺の体が、俺じゃないみたいだ」


 蜘蛛の脚を広げ跳びかかる人形に向かって、俺はそこら辺にあった木の枝を握りしめる。

 

 拳を握るだけで、力が手のひらに集中する。人形の動きをじっと見据える。

 

 先ほどなら避けるだけで精一杯だった攻撃も、今なら見切れる。

 跳躍、刺突、振り下ろし――すべての動きがスローモーションのように目に入る。


 一瞬で距離を詰め、枝の先で人形の胴を、軽く打ち据える。

 衝撃は最小限に、だが動きを封じるには十分だ。人形はひるみ、地面に倒れこむ。


 倒れた人形はまだ動く気配を見せるが、攻撃力は完全に抑えられ、無害な存在に変わった。

 俺は息を整え、符文の光が徐々に消えていくのを感じる。

 

 俺は息を整え、静かに周囲を見渡した。まるで先ほどまでの恐怖が嘘のようであった。

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