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2 地下での内緒話

「俺と手を組もう」


意味がわからない。そんな気持ちを誤魔化すことができなくて、


「………は?」


ついこんな返事をしてしまった。スズハネはそんな私に気分を害した様子もなく、差し出した手はそのままに続ける。


「俺はアンタのことを誰にも話さないし、隠れる場所だって提供してやる。代わりにアンタは俺の仕事を手伝う、お互いに悪くない話だろ?」

「嫌と言ったら?」

「善良なルビオン国民として、アンタを縛り上げて騎士様の駐屯地までお届けするよ」

「……選択肢なんてないというわけね」


何が"悪くない話"だ。こんなの脅迫以外の何物でもない。私は隠すこともなく盛大にため息をついてから、スズハネの手を握った。


「お、賢明だね」

「……どの口が言うの」


スズハネは満足そうに笑うと、握っていた手を離してからベッドに座り直した。私も続いて椅子に座る。


「それで、貴方はいったいどこまで知っているの?」

「紺色の髪と目をした死神の崇拝者が、黒い雪の中、下層部に逃げ出したらしいってことだけ」

「…それだけ?」

「あぁ、そういう見た目の女なんて珍しくもないが…黒い雪の降る日に下層部を彷徨く奴なんて、下層部中を探したってそういないからな。三日前何をしてたか答えられなかった時点で決まったようなもんだよ。適当に、家に籠ってたとでも言っときゃよかったものを」

「あいにく貴方と違って、口の回る方ではないの。それで…貴方が私に手伝わせたい仕事っていったい何なのかしら。荷運びでもすればいいの?」

「いや、アンタにやらせたいのは【運び屋】としての仕事じゃない。もっと個人的なことだ」

「個人的なこと?」

「ここで話すようなことでもないな…詳しい話はあとだ。アンタについても、いろいろ知りたいところだしね。じゃ、俺はへレスに話をつけてくるから、アンタはここで待っててくれ」


スズハネはそう言うと立ち上がり、部屋の奥へと歩いていく。しばらくしてから、へレスさんと一緒に戻ってきた。


「もう出ちゃうんですってね、目が覚めたばかりなのに心配だわ~。ねえ、もう一泊くらいしていったらどう?」

「いえ、あまり長居しても悪いですから」

「そう、残念ね~。怪我をしたらいつでも来てちょうだい、また看病してあげるわ」


名残惜しそうにするへレスさんにもう一度お礼を言ってから、スズハネにつられて外に出た。


「とりあえず、落ち着いて話せるところに行かないとな。ついてきてくれ」


言われるがままスズハネの背中を追って歩く。雑多で荒んだ街並みを通り過ぎると、人一人通るのがやっとな細い路地に入る。突き当りにある扉を開けば、地下へと続く薄暗い階段が待っていた。


「待って、ここに入るの?」


私が怪しげな雰囲気につい足を止めると、スズハネは面倒くさそうに振り返る。


「そうだけど、何か不都合でもあるのか?」

「不都合というか…明らかに怪しいじゃない」

「怪しいのは否定しないが…そこで突っ立ててもしょうがないだろ。観念してついてくるんだな」


スズハネは私の返事なんて聞かず、スタスタと階段を下りて行ってしまう。こうなればもう、ついていくほか道がない。私はすくむ足に気づかないふりをして、薄暗闇へと足を踏み入れた。しばらく下り続けたところで、また小さなドアがある。スズハネは懐からマッチを取り出すと、壁に備え付けられていたろうそくに火をつけた。そうして小さな覗き窓のあるドアを数回ノックする。


「どうぞ」


扉越しに男の声がしたと思うと、ゆっくりとドアが開かれた。促されるまま中に入れば、男は何も言わずにカウンター裏に戻っていってしまった。バーのような造りをしているが、客らしい人間はいない。物珍しそうにあたりを見渡す私に、スズハネが「こっちだ」と奥の方を指さした。指さされた扉を開けば、そこはベッドと小さな椅子が一つ置いてあるだけの簡素な部屋だった。


「お世辞にも豪華とは言えないが、隠れ住むにはこれ以上ない場所だ。出入りするのは俺とさっきのバーテン、あとはわきまえた客だけ」

「つまり、どういうこと?」

「この部屋をアンタに提供してやるってことだ。ま、家主は俺じゃないけど」

「その、ここが隠れるに適した場所だとは、あまり思えないのだけれど…。さっきの人はもちろん、お客も来るのでしょう?」

「言ったろ、“わきまえた客”だって。他者を詮索しない、ここで起きること、知ったことは口外しない。この店でのルールだ。破った奴は首が飛ぶ、アンタもせいぜい気をつけることだな」

「……ねえ、ここってただのバーではないわよね?」


首が飛ぶ、というのは何かの比喩というわけでもなさそうだ。尋常ならざるルールに私がそう問えば、スズハネは呆れ顔で答える。


「当たり前だろ、誰がこんな客入りの悪いところで真っ当な店をやるんだ。まあ、そうだな…ここに住むならどうせ知ることになるし、ついでに教えといてやる」


スズハネはそう言ってから、部屋にあった椅子を私の前まで引きずってきて、自分はベッドに座った。私も座れということだろうと解釈して、持ってこられた椅子に腰かける。


「ここには、人に言えない困りごとを抱えた金持ちどもが大勢相談に来るんだよ。あのバーテンがそれを聞いて、どっかの誰か、どうにかできそうな奴に仕事を振って解決してあげるってわけだ」

「スズハネも、その仕事を受けているの?」

「いいや、俺は暇じゃないんでね。家主にちょっとしたツテがあって、こうして使わせてもらってるだけ」

「家主って?あのバーテンではないの?」

「あれは雇われだよ。家主は家主、それ以上に説明のしようがない。さっき言った通り、ここでのことはよそに漏らさないのがルールだが、家主には全部筒抜けだ。そこのところも理解しときな」

「そう…、まあ、分かったわ」


他に行く当てもないこの状況では、今の説明で納得するしかない。胸に残る不安と疑心はみないふりをして頷いた。


「アンタが納得してくれたところで、本題に入るとするか」

「本題……仕事の話よね?」


居住まいを正す私を見て、スズハネは真剣な口調でこう言った。


「アンタには、ちょっとした調査に付き合ってもらいたい」

「調査?」

「アンタは知らないだろうが、ここのところ下層部で若い女が良く消えるんだ。昨日まで普通にしてたのが、忽然とな」

「それは…ただ下層部から出たわけではないの?」

「上層部と下層部の行き来は、教団から証を与えられない限り不可能。国外に出るにしても、唐突すぎるし数が多すぎる」

「数が多いって、具体的にはどのくらいなのかしら」

「俺が把握してるだけでも、この三か月で五十は超えるな」


三か月で五十人以上となると、月に二十人近くがいきなりいなくなっていることになる。確かに異様な数字だ。


「相当な数だし、消えたのが揃って若い女ってのもあって事件性が高いとの判断でな。殺人にしろ誘拐にしろそれ以外にしろ、下層部で起きた事には騎士団は動かない。そういうわけで、非常に面倒なことに俺が手を打つことになった。人手が増えて良かったよ」

「手伝うのは構わないけれど…役に立てるか分からないわよ?事件の調査なんてしたことがないし」

「アンタにそんなこと期待してないから安心してくれ。駒があったら何かと便利ってだけだよ」

「それ……どういう意味かしら」


非難めいた私の言葉を無視して、スズハネは何か思い出したように、「あっ」と声を上げた。


「そういえば、アンタに聞きたいことがあったんだ」

「……貴方、あからさまに話題を変えたでしょう」

「いや、本当に気になってることがあるんだって」

「はぁ、いったい何を聞きたいの」


途端、スズハネの視線が鋭くなるのを感じた。綺麗な顔立ちのせいかやけに迫力がある。思わず身構える私に、スズハネは静かな声で問いかけてきた。


「アンタ、いったいどうやって下層部に来た?」


投げられた問いに、私は大きく息を吐いた。張りつめていた呼吸がとけていく。


「なんだ、そんなこと」

「そんなことって言ってもな、上層部と下層部を隔てるガラスを抜けるには、教団からの証が不可欠だろ?あれを持ってるのは教団のお偉方と一部のお貴族様、あとは騎士くらいなもんだ。教団に追われる罪人のアンタが、そんな代物を持ってるとは思えないな」

「それを言うなら貴方こそ、どうやって上層部の物資を下層部に流してるの?」

「おっと、痛いとこ突くね。だが、質問してるのはこっちだ」

「別に、父の証を使っただけよ」


首に下げていた銀の首飾りを、スズハネにも見えるように取り出した。父の唯一の形見で、あのガラスの壁を通り過ぎるための証。これを見るたびに父さんのことを思い出す。忙しい人だったけれど、たまに暇があると剣の稽古をつけてくれた。無口で穏やかなたった一人の私の家族。


そのすべてを、忘れたくても、忘れられない。


あの夜、教団の人間に八つ裂きにされた父の遺体と、狂ったように泣き叫ぶ自分の声も。


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