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P計画  作者: 黒十二色
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P計画 終章

 北極に氷山が完成して三ヶ月後の、よく晴れた日の午後だった。


「これが……川…………」

 リンが、流れて行く清流を見つめながら呟いた。


「綺麗な水ね」

 ファファが応える。


「あ……二人とも、見て! 巨大な鳥がいるわ!」

 デヴは、そう言って、上空を指差した。


「あ、本当だ!」


「リン……デヴ姉……違うよ。あれは、鳥じゃなくて……」


 鳥だと思ったのは、それはハサンだった。


 ハサンは三人の前に降り立つと、


「よう。三人とも、こんな所で何してんだ?」


「川を見てたの」とリン。


「川ぁ? そんなもん見て楽しいのか?」


「情緒の無い男ね」とファファ。


「な……最近ファファ生意気だぞ」


「私は元々こういう性格だし、私の力がなかったら北極の氷は復活しなくて世界を救えなかったんだからハサンは私を崇めなさい」


 崇めなさいって……何言ってるのこの娘……。


 と、その時、ガサガサと大きな音を立てながら木々の間を掻き分けて、マリアが登場した。


「ハサン! 遅いわよ! 何してるの? 皆を呼んでくるだけなのに何時間飛び回ってるのよ!」


 頭に多くの葉っぱをつけたマリアはそう言うと、不機嫌そうに(ほお)を膨らませた。


「そんなこと言ったってなぁ……。この新しい島は、あまりにも広過ぎるんだよ。おまけに最近じゃあ、川とか林まで出来てる。そんな簡単に皆を見つけろなんて言ってもらっては困る」


「じゃあ、私を乗せて飛びなさい。私の方が目は良いわ」


「はいはい……要するにマリアはお空を飛びたいのね……」


「ばっ……ちがうわよ! バカ! このバカ!」


 バカと二度言った。

 そう言いながらも、マリアは、ハサンに乗った。


「あ、デヴ、リン、ファファ。猫岩に戻って来い、だそうよ。ワンダがヒステリー起こしてたから、何とか(なだ)めておいてね」


「はい! マリア様!」

 三人分の綺麗に揃った声が返ってきた。


「いい加減……様をつけるのよしてよ……」


「だめだよ。これだけは譲れないよ」

 リンはそう言って、最高の笑顔を見せた。


「……さて……それじゃあ先に猫岩に戻っておいてね」


「えー! やだ! もっと遊びたい!」

 駄々をこねるリン。


「ダメ! また来れるんだから、今日はもう戻るわよ」


 デヴは、嫌がるリンを引きずるように猫岩のある方角へ歩いていった。その後には、ピッタリとファファがくっついて歩いて行く。


 ファファが一度振り返って手を振ると、ハサンは笑顔で手を振り返した。


「何ボーッとしてるのよ……」マリアの声。「早く飛びなさい!」


「わかってるよ」


 ハサンは、木々の間をすり抜けて、青い空へと舞い上がる。


 その姿はまるで、鳥のようだった。


  ★


 海岸沿いの岩場には、二つの人影があった。一人は男で、もう一人は地味な女の子。


「二人っきりだね……」

 ミキトが言った。


「そ…………そうだね……」

 キリが応える。


 沈黙。


「……あの時のミキトくん、格好よかったよ……いつもあんな風だったら、私……」


「あの時?」


「……うん。えっと……猫岩の前でさ、ハウエル先生と電話機で喋ったでしょう? あの時」


「ああ……」


「ねぇ……ミキトくん……。ミキトくんの未来を見る目に……私といる未来は、映っているのかな……」


「え? まだ……映ってないけど……」


 キリは俯いた。


 自分の気持ちが伝わらなかったのがショックだったようだ。


 またしても訪れた沈黙。


 何だかじれったい二人だった。


 そこへ、マリアを乗せたハサンがやって来た。


「おーい、ミキトー!」


「あら……あらあら……」とマリアが口を抑えて言う。「キリとミキトが二人きりなんて珍しいわね」


「……そうか、そういうことか」ハサンは自分のことのように嬉しそうに、「よかったな! ミキト! 好きな人と一緒になれて!」


「バカ! まだそんなんじゃ……」


 ミキトがそう言うと、キリは、


「そう……なの? 本気じゃ……ないの?」


 不安そうな顔でそう言った。


「あ、いや、違う。こう、ステップで言うと、まだようやく一歩目を踏み出そうとしていたところで……ああ! もう! ハサン! マリア! 何しに来たんだよ!」


「何って……ワンダ先生から伝言。さっさと猫岩の前に集合するようにって」


 マリアはそう言って、ハサンから降りた。


「げ……キリ。もうこんな時間だよ。ワンダ先生、怒ってるよな……」


「う、うん……。急いで帰ろ……」


 キリが、岩場の上で、そう言いながら立ち上がろうとしたその瞬間……。


「きゃあ!」


 キリは足を踏み外し、座るミキトに飛び掛るような格好になった。


 何とかキリを抱き止めたミキトは、


「ご……ご……ご、ごめん……!」謝った。


「ち、ちがっ……あやまるのは、私!」


 何だか微笑ましかった。


 マリアは再びハサンに乗ると、


「二人の邪魔をすることもないわ。さっさと次に行きましょう」


 とハサンの耳元で囁いた。


 抱き合ったまま固まる二人を置いて、再びハサンは空へと舞い上がった。


  ★


「ところでハサン……。あと何人残ってるの?」


「えーとだな……。デヴとリンとファファは済んで、ミキトとキリにも伝えただろ。残ってるのは……ラニとユーナとサヨンとルネとソフィアだな」


「ちょっと待って……。じゃあ、私と会うまで誰にも伝言できてなかったわけ?」


「そういうことになるな」


「あんたがワンダの所を飛び立ってから、どれだけ時間が経ってると思ってるの?」


「二時間」


「信じられない!」


「だが安心しろ。もうこの島の地形は、ほぼ完璧に覚えたぜ」


「バカ! あんたが私を置いていったおかげで、私がワンダにネチネチ言われることになったのよ? わかってんの? このバカ!」


 マリアはハサンをぽかぽかと叩き始めた。


「うわ……おい。こら、暴れるなって。また落ちるぞ!」


「バカ! バカ!」


 だんだんと叩く力が強くなっていく。憎しみのような感情を込めながら、ハサンの背中を思い切り叩くマリア。


「うわっ……イタタ! ……アッ!」


「キャアー!」


 バランスを崩してしまい、マリアは落ちて行った。


「マリアァァアアアアア!」


 叫びながら、何とか空中キャッチしたハサンだった。


「もう! ちゃんと飛びなさいよ! バカ!」


「はいはい、すみませんでした……」


「あら?」


 その時、マリアが何かを見つけた。


「ん? どうした?」


「あれ、ラニじゃない?」


「お、本当だ」


「あんな高い岩の頂上で何してんのかしら……」


「行ってみるか」


「うん」


「おーい、ラニー」


 ラニは、二人の姿に気付くと、なんとなく、ばつが悪そうに頭を引っ掻いて、目をそらした。


「……お、おう……ハサン……マリアも……」


「何してんだラニ? こんな所で……」


 宙に浮いたまま、ハサンがきくと、


「それはだな……つまり……何というか……」


 ラニは歯切れ悪く、そんな言葉を発した。マリアが、ラニの思考回路を推理する。


「つまり、ラニは、リンやファファを高い所から探そうとして、この高く尖った岩に登ったのは良かったけど、リンやファファは見つからない上に、こわくて降りられなくなったのね!」


「素晴らしいなマリア。マリアも僕と同じ過去視の能力者かい?」


 妙に格好つけて言うラニ。心の底から気持ち悪い。


「過去視とか、そんなわけないでしょう? 能力なんか全部なくしちゃったわよ。さ、ラニは放っておいて、次行きましょうハサン」


「そうだな」


 ハサンとマリアは遠ざかっていく。


「え? ちょっ……助けてくれ! 降りられないんだよー!」


「がんばれー」


 二人は、ラニのいる岩場を後にした。


  ★


「ハサン。この島の地形は完璧なのよね?」


「ああ。どこに何があるか完璧にわかるぞマリア」


「怪しげな洞窟とか無かった?」


「何でだ?」


「ユーナとか、そういう所にいそうじゃない? 男と一緒に」


「そうかぁ?」


「そうよ。絶対そう。サヨンあたりと洞窟ドキドキデートしてるんだわ」


「洞窟……洞窟ねぇ……。ああ、一ヶ所あったな。すげー怪しかった」


「そこ、行きましょう」


「了解」


 というわけで、怪しげな洞窟の前に降り立った二人。


「これは…………超怪しいわね、ハサン」


「ああ。絶対ヤバイ生き物が生息してそうだよな」


「行くわよ」


 自然に手を繋いで、二人は洞窟の中へと入って行った。


「マリアとハサンかー?」


 洞窟内に入ってすぐに、そんな声が響いた。サヨンの声だった。おそらく、千里眼を使って、二人の接近に気付いたのだろう。


「どこにいるんだ? サヨン……」


「今な、ハサンが二歩進んだ先の……――」


「二歩? こうか?」


 ハサンはそう言って、スタスタと二歩進んだ。


「――落とし穴の中だ」


「うわっ!」


 ドシン、と三メートルほどの深さの穴の中に落ちたハサン。


「って……何で落ちてきた! バカか? バカなのか?」とサヨン。


 ハサンが落ちたということは、当然マリアも落ちている。手を繋いでいたからだ。


「もう! さっきからハサンバカ過ぎ! このバカ!」


 また(ののし)られていた。


 ハサンは今日何回バカと言われただろう。ほんのり気になった。


「そんなことよりも」とハサン。「サヨンとユーナ。ワンダ先生が怒ってるぞ。こんな所で何してんだ?」


「さっきから試してるんだが……この穴が、上れなくてなぁ……」


 サヨンはそう言って、恥ずかしそうに笑った。


 ラニは高いところから降りられなくなり、サヨンとユーナは低い場所から上れなくなっていた。


 サヨンも、ハサンのことをバカと言えるような立場ではないと思う。


「ん? 何でこんな穴が上れないんだ? 俺ならこの通り、楽勝だぜ」


 ハサンはマリアと繋がれた手を放すと、ふわりと一人、空中に浮き上がり、上って見せた。


「そりゃ、ハサンは楽でしょうけど……この壁濡れてて、滑って、上れないのよ」


 ユーナがそう言うと、ハサンは、


「仕方ねえな。俺が上まで運んでやるよ」


 そう言って、ユーナ、サヨンの順に、上まで運んだ。


「ありがとう」


「すまんな、いや、一時はどうなることかと思ったぜ」


 サヨンは心底安堵したような笑顔を見せた。


「でも……二人きりで、サヨンと落とし穴の中……ドキドキしたな……」


 ユーナはそう言いながら頬を赤らめる。


「あぁユーナ……」

 ときめいていた。


「サヨン。ユーナはやめておけ。あいつは魔性の女だ。見かけに騙されるな」


「ちょっとぉ! 本人目の前にいるんですけど! ひどくない?」


「わ……わかってるよ……。俺だって、ユーナのことは、本気じゃねえよ」


 サヨンが照れ隠しで、そんなことを言ってしまった。


 しばらくの間、重たい沈黙。


「……帰るっ!」


 ユーナはそう言うと、洞窟の出口に向かって歩いていってしまった。


「あ……あ……ちがう! 待ってくれ、ユーナ。今のは言葉のアヤで……」


「アヤって何よ! 誰よ! 女の名前? 付いて来ないで! 優柔不断男!」


「待てってば……」


 言い争いをしながら、二人は洞窟を出てった。あれはあれで仲が良さそうだ。


「ねぇ、ハサン? はやく私も外に出してよ」


 落とし穴にはマリアが一人、残されていた。


 何を思ったか、ハサンは、声を返さなかった。


「ハサン?」


 無言が返ってくる。


「え? ちょっと…………いないの? 冗談やめてよ!」


 洞窟に、悲痛な声がよく響く。


「やだ! 何してんのよ! こわい! ちょっと……聞いてるの? ……キャァ」


 自力でよじ登ろうとしたマリアだったが、滑って尻餅をついた。


 ぐすん……。

 泣き出してしまった。


「何よ……何で行っちゃうの? ひどい…………ぅぅ……」


 ヤバイ。と思ったハサンが、急いでマリアを迎えに落とし穴の中へと降りる。


「ごめんごめん、マリア」


「……なに……? 悪ふざけ? 私をバカにしてるの?」


「ちょっと、おどかしてやりたくて……」


「バカ! バカ! しね! ハサンのバカ! バカ!」


 五発ほどハサンの体を思いっきり殴るマリアだった。


「ご……めん……てば……」


 痛かったようだ。苦しそうな声。しかし、当然の報いだ。もっと優しくしてやれと思う。


「こわかったよ……ハサン」


「ごめん……本当ごめん」


「早く連れ出してよ……」


 涙を右手で拭いながら、マリアはハサンの手を握る。


 そして二人は空中に浮き上がり、そのまま落とし穴を抜け出て、洞窟を後にした。


  ★


「お、あれは、ソフィア……」


 ハサンが、川の中流域あたり、中洲の近くでソフィアを見つけた。


「あら、本当だ。でも、腕まくりして川の中で暴れてるわね……。居場所はわかったから、後回しにしましょう。何だか近付き難いわ」


「そうだな」


 不意に、ドス、とハサンの背中に衝撃。マリアがハサンの背中を殴ったのだ。


「いてぇ……」


「思い出しむかつきよ。気にしないで」


 さっきの、『洞窟内落とし穴置き去り未遂』の怒りが収まらないようだった。


「ったく、このまま殴られ続けたら、そのうち背中が甲羅にでも進化しそうだぜ」


 マリアは、その発言にもイラっときたが、少し冷静になってきたようで、怒りを溜息に乗せて吐き出し、気を取り直して皆に自由時間の終わりを知らせる活動に戻る。


「あとは、ルネね……ルネばっかりは、どこに居るのか想像できないわね……」


「そうだな」


「先にソフィアのところへ行って、ワンダの言葉だけでも伝えておきましょうか」


「ああ」


「何よ! さっきから生返事ばっかり」


「背中、痛くてなぁ」


「あんたが悪いんでしょうが!」


 ドス、とまた殴る。


「いててて……ん?」


 川に視線を送ったハサンは、また何かを発見した。


「あら?」


 マリアも気付いたようだ。


「あれは、どう見ても……超能力学校選抜学級の制服じゃないか……」


「リボンとか靴下とかも流れて行ってるわね……」


「スカートも…………」


 女子の制服が、川を泳いでいた。


「行ってみましょう、何か悪い事が起きてなきゃいいけど……」


 ハサンとマリアは、流れ行く服達は後回しにして、その川の上流へと飛んだ。


 大きな滝が見えた。


 そしてその中心に、ルネがいた。


「ルネ!」


「あ、マリア。それと、ハサンくん」


 ルネは全裸だった。そして滝に打たれていた。


「ルネ」とマリア。「予想はしていたけど……何て格好してるのよ……」


「大地と一体化するには、当然、この格好しか、無い!」


「そ……そうなんだ……」


 そしてルネは、一つ溜息を吐くと、


「本当は、この場所さ、めっちゃ綺麗(キレイ)でしょう? 絵の一つでも描きたかったんだけど、スケッチブックとか筆とか持ってくるの忘れちゃって、せめてこの場所の雰囲気(アトモスフィア)を体で覚えて後で絵に残そうかと思ったのよ……」


「それは結構な事だが、服はどうした?」と、ハサン。


「服ならちゃんと、あの木の枝の上に…………あれぇ? 無い!」


「きっと枝が折れたか何かして、全部どんぶらこして行っちゃったのね……」とマリア。


「さっきのはルネの制服ってわけだな」


「ハサン。下流まで行って取って来て!」マリアが命令し、


「お安い御用だ」とハサンは飛び立つ。


 制服がどこかに引っ掛かっていないか捜しながら、下流へと急いだ。


 しばらく飛んでいると、彼を呼ぶ声。


「ハサンー!」


 川の中洲に居た、ソフィアの声だった。


 ソフィアの左手には、ルネのものと思われる制服。右手には、鮭。


 鮭?


 その鮭を持った手をブンブン振り回すソフィア。手を振っているつもりなのだろう。


 鮭はソフィアの手の中でピチピチと跳ねていた。新鮮そうだ。


 何故鮭を持っているのかが気になったが、しっかり者の委員長ソフィアのことだ。どんな奇行に走っても、何か理由があるのだろう。


「ソフィア……それ……」


 降り立ったハサンは、ソフィアの左手にある制服を指差す。


「あ? これ? さっき捕まえたのよ。ピチピチでしょう?」


「いや、そっちじゃなくて、制服の方。ちゃんと揃ってるか?」


「え? ああ、うん。ねぇ、これ、ルネのでしょう?」


「ああ」


「靴下が、片方無いわね」


「そうか……。でもまぁ、そのくらいなら……ていうか、すげえ濡れてるな」


「え? 大丈夫よ? 私は」


 確かにソフィアもずぶ濡れだったが、ハサンが言いたいのは、そっちじゃない。


「いや、ルネの制服のことだ」


「あ……そっちか。ごめんごめん。はい、これ」


 ハサンはルネの制服を受け取った。


「あ、そうだ。ソフィア。ワンダ先生からの伝言だ。猫岩に戻れってさ」


「そっか……もうそんな時間か……。でも私はもう少しやることがあるから……」


「よしわかった。また後で迎えに来るから。川沿いにいろよな」


「うん」


 ハサンはまた空中に舞い上がり。ルネの制服が少しでも乾くように風当てながらマリアとルネの待つ、滝のある場所に向かって飛行した。


  ★


「遅いわよ! いつまで待たせるの?」


 マリアは怒っていた。


 往復で十分も掛かっていない好タイムだ。しかしマリアは怒っている。


 もはや今のハサンのやることは全てが気に入らないらしい。


「はい、ルネ」


 ハサンはマリアの言葉を無視して、制服を手渡す。


「よかった。ありがとう。ハサンくん」


 そう言いながら、ルネは制服を受け取った。


 ルネはハサンに裸を見られてもなんとも思っていないようだった。


「ハサン……。いっくらルネが気にしていないからって、少しは気を使いなさいよ! 女子の着替えているところを凝視し(みつめ)ないでよ、変態!」


「はい、すみません」


 凝視どころか見てすらいなかったハサンだったが、もう今日はマリアに逆らわないことに決めたらしい。


「ん……靴下片方無いけど、まぁ良いか」


 制服を着たルネはくるくるりと二回転して見せた後、「どう? 破けているところ無い?」と言った。


「どこも破けてはいないわね。制服は」と、マリア。


 まるで性格が破けている、とでも言うような言い方だ。


「ルネ。もう帰る時間で、ワンダ先生が御冠だ。猫岩に戻った方が良い」


「うん……そうだね。そうする。ハサンくん達は? まだ戻らないの?」


「ああ、まだソフィアが残っているんだ。すぐに行くから、先に行っていてくれ」


「わかった」


 ルネは深く頷いた。


 ハサンとマリアは、また空に舞い上がった。


  ★


 もう一度ソフィアがいる川の中流方面へと飛行して向かう。


 さきほどハサンとソフィアが会った場所から、そう遠くない岩場で、石の塊を持って、それで岩を殴りつけているソフィアを発見した。


 行動がおかしすぎる。何かストレスを溜め込んでいたのだろうか。


 二人は、その背中を、地に降り立ってしばらく眺めていた。


 奇行に走るソフィアの背中を、呆然と見ているしかない幼馴染二人。


 ソフィアが二人に気付くまでのしばらくの間、延々と岩を殴っていたソフィアだった。


「あ、二人とも、もう来ちゃったの?」


 ふと河原に視線を送ると、鮭が、増えていた。


「ソフィア…………ストレス……溜まっているの?」


 マリアが、おそるおそる、たずねる。


「そうか……」とハサン。「ミキトがキリと一緒にいるようになっ…………」


 ハサンは背筋に冷たいものを感じて、それ以上言うのはやめた。


 無言空間。重苦しい空気が流れた。


「はぁ……」


 ソフィアは溜息一つ吐いて、


「ストレスねぇ……。まぁ、それもあるけど、そういうわけじゃないわ」


「じゃあ何で鮭捕まえたり、岩殴ったり……」


 ハサンがそうきくと、


「何か、祈りの場所を造ろうと思って」と答えた。


「祈りの場所?」とマリア。


「そう、祈りの場所。『P計画』に関係することで、多くの命が失われたわ。その魂が安らぐことのできる場所をね……。でも、なかなか岩の形を変えることができなくて……時間もなくなっちゃって。それでとりあえず、その多くの霊とか魂とか、そういうのに捧げるための鮭を捕まえたの」


「そうか……」


「ねぇ、ソフィア。もう、この場所……というか、この島全体がそういう場所ってことで良いじゃない! この島にはよく来るし、こんなに命に溢れている。わざわざ祈りの場所を作らなくても、そういう風に決めても、きっと誰も反対なんかしないんだから」


 マリアはそう言った後、走って、河原にいた三匹の鮭を持ってきた。


「そうね……そうしましょうか…………」


 ソフィアはそう言うと、膝をつき、何かの神に祈る姿勢になった。


 ハサンとマリアもその姿勢を真似た。


「戻りましょう。ワンダに怒られるわ」


 マリアがそう言うと、ソフィアは、


「そうね。それに、あまり時間とか、決まりごとを守らないでいると……ジュヒに……怒られちゃうもんね……。それが一番、嫌だもんね…………」


 ジュヒは、もうこの世にはいない。もともと、ハウエル先生の未来視でも、卒業まで生きられる可能性はゼロに等しかった。世界で一番汚れた地で子供時代を過ごした彼女は、部屋で一人、しずかに息を引き取ったのだ。


 ソフィアが祈りの場所を作ろうなんて言い出したのも、間違いなく信心深い彼女のためだった。


  ★


 三人が猫岩に戻って、ようやく、今の選抜学級の生徒全員が揃った。


「ワンダは? どこ行っちゃったの?」


 ソフィアの疑問には、リンが答えて、


「……僕も一生懸命、手は尽くしたんだけどね…………マリア様達が、あまりに遅いから、怒りのゲージが振り切れて、猫岩の中でふて寝しちゃった……」


「そう……。まぁ良いわ。十二人。全員揃っているのよね」


 再びソフィアがきくと、今度はハサンが、


「ああ、ちゃんと居るぞ。ラニも自力で戻ったみたいだ」


「じゃあ皆! 猫岩に乗って! 出発するわよ。目的地は、山の上にある、私達の超能力学校よ!」


「おー!」


 そして全員が乗り込み、ソフィアの操縦で猫岩は離陸した。


  ★


 ソフィアが一つ、大きな欠伸をしたのを見たリンは、ソフィアに話しかけた。


「ねぇ、ソフィア姉ちゃん。眠いの?」


「正直言って、眠いわ。キリかサヨンに操縦を代わってもらいたいけど……」


 キリはミキトと一緒にいて、サヨンはユーナとイチャイチャしていた。


「僕が、代わろうか?」


 リンは、そう言うと、ソフィアの袖を引っ張った。


「そう……じゃあ、お願いするわ……。私、鮭を追い回しすぎて疲れちゃって」


「鮭?」


「うん」


「よくわかんないけど……任しといて!」


 リンはドン、と自分の胸を叩くと、操縦席に飛び乗って、初めての操縦にチャレンジを始めた。


 ソフィアが眠り出し、それと同時に、暴走を止める人間がいなくなった猫岩は、迷走を開始する。


 大気圏を抜けて、星の外に出た。


 誰も気付いていなかった。


 ワンダ先生は眠っていて、ソフィアも眠っていた。


  ★


 しばらくして、ようやくファファが気付いた。


「ちょっと、リン…………ここ……どこ……?」


「あれ? ていうか……なんでリンが操縦を……?」


 デヴがそう言うと、リンは、


「ソフィア姉ちゃんが、僕に任すって」


 胸を叩きながらそんなことを言った。


「ワンダ先生! ワンダ先生! 大変です! 起きて下さい!」


 ファファが慌ててワンダ先生を起こす。


「ん……何よ……皆、やっと戻って来た?」


「それが…………」


 ワンダ先生は、薄目を開ける。そして、目を見開いた後、「きゃあああああ!」と、女らしい悲鳴を上げた。


「どこよ! ここ!」


「さぁ……でも、たぶん、学校に近付いてはいると思う……」


「なんか今、輪っかのついた星とか見えたけど!」


 リンはえへへと笑うだけで答えない。


「何で真っ暗なのよ! どう見ても宇宙でしょこれ!」


 また笑顔を返した。


「こんな所まで来ちゃって! どうするのよ!」


「えへへ」リンは笑いながら、「ごめんなさい……先生……。僕、迷子になっちゃいました……」


「何で……! 何でソフィアがついていながらこんなことに……って、寝てるし!」


「大丈夫よ。私達が揃えば無敵よ!」


 最近は睡眠時間が普通になったルネが、そんな事を言った。


「何と戦うつもりよ! 冗談じゃないわ!」とワンダ。


「デヴ。ここは、とりあえず、歌いなさい」とマリア。「行きづまってしまった時には、歌しかないわ!」


「はい! マリア姉さま!」


 そして、デヴの美しい歌声が響く。


「誰か助けに来てえー!」

 美しい歌声を引き裂くように、ワンダ先生の心からの叫びが、夜のような漆黒の闇の中に響いた。


 窓の外、遠くに見える青い星が、とても、とても、美しかった。


「とにかく、帰らないとっ!」


 焦るワンダ先生がそう言って、マリア、ハサン、リン、ラニ、ファファ、ミキト、キリ、ルネ、ユーナ、サヨン、デヴ、ソフィア。全員の顔を確認してから舵を切る。


「さあ、それじゃあ帰るわよ」


 そんなワンダ先生の声に、


「はーい!」


 起きている生徒は皆で良い返事をした。


 向かう青い星は、さっきからずっと見ている姿。


 決して真っ青じゃない、ばらばらの陸地が点在している姿。


 もう見慣れてしまった姿でそこにあった。




【P計画 おわり】



※ 他のエンディングに興味がある方は下記URLへどうぞ。


http://mousoushousetugunnhakoniwa.web.fc2.com/project/projecttop.html


不明な点などございましたら、どっかTwitterですとか感想などにでも、気軽にどうぞ。


ありがとう御座いました。

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