第39話 P計画 -2- ユーナ視点
ユーナ視点
「皆は、目を閉じて……そして、想像するの。北極の氷が出来上がる、その光景を」
そんなワンダの優しい声が聴こえた時、身体がふわりと浮き上がるような感じがした。
不思議な感覚だった。自分がここにいるのに、いないみたいな感覚。私の身体は、いつの間にか、ぐったりとしていて、教室中皆がルネのように居眠りしてしまっているみたいになって、そんな光景を、空中から客観的に見つめている自分がいた。
ああ、皆の声が聴こえる気がする。誰も声を発していないのに、みんなの意識が流れ込んで来る。
私という器に、皆が、入ってくる。
強い強い、不思議な光を見た。
走馬灯のように、画面が切り替わる光景を見た。
ミキト。ルネ。ハサン。ジュヒ。リン。ラニ。ファファ。サヨン。デヴ。マリア。キリ。ソフィア。
色が溢れた世界。皆の記憶や記録が、次々に映し出される。私の名を呼ぶ皆の声が聴こえる。
目的は、この青い星の発熱の原因を突き止め、それを何とかする事。
排水口に水が流れ込むように、意識がぐるぐると渦を巻いて、消えていった。その水のようなものの行き先を追いかけていくと、一つの強く大きな輝きを放つ塊があった。
皆が、入ってきた。
私は、一つになった。皆を取り込んで、完璧な存在になった。
私はいくつものの意識を支配していた。
今、私が同調しているのは、世界そのものだった。
宇宙を見た気がした。
神様になった。
サヨンは私の目となって、私に北極の地下にある、発熱する場所を示してくれた。
私の記憶だと、その場所は、いかなる透視能力をもってしても、覗き見ることのできない場所だったはずだ。もうサヨンの千里眼で見通せない場所なんて存在しないはずだ。それが、世界と意識を一つにするということだ。
ワンダの力に加えて、キリの力が働いて、皆の力がさらに強く強くなっているのを感じた。
皆がそれぞれの役割を担って、私に力をくれる。
一瞬、いくつもの綺麗な想いが、バラバラになった。
すぐに、いくつもの綺麗な想いが、層を成した後、一つの輝きになった。
その動きを、何度も何度も繰り返した。
とても美しいと感じた。
最低だった私の、最低だった日々が、嘘のように、皆の、優しい、心が、私を、包んだ。
発熱していた場所を、デヴが捕らえる。マリアの氷を生み出した記憶が、ファファに送られた。
氷の作り方を、丁寧に教えているようだった。
発熱した岩を冷気が包んでいく。次々と生まれる、マイナス数千度の氷。その氷の塊たちが、発熱する物体を包む。
しかし、数万度の熱によって、すぐに溶けてしまった。
青い星の発熱は、一つのちょうど教室くらいの大きさの石からすべて発散されていた。
一つの不思議な真っ赤な石だ。
不思議だと思ったが、緑の石みたいな不思議な物質も存在するのだから、そのような全ての発熱の原因となるような石が存在していても、おかしなことではない。
赤い呪いの石と、緑の願いの石。
どちらを選ぶかと言われれば、そんなのは『願い』のほうだろう。
その時、私の意識のなかで、ルネが言った。
「――私の力を使って」
私は、ルネが苦手だった。いつも全てを見通しているようで、ユーナという自分自身の存在そのものが、嘘の存在だということを見破られたくなくて、本能的に、それをおそれていたらしい。
ルネの強力な念動力は、地下一万メートルにあった、熱水に守られた赤い石をむしり取ると、それを地盤を引き裂きながら、上昇させ、やがて、地底から引きずり出した。
それで、北極にあった高い山は崩れた。
海水が、一気に蒸発した。
北極の上空が、水蒸気で真っ白になった。
「――危ない!」
リンの声がした。
赤い石が空中に浮いた時、全ての世界を溶かすほどに、一層温度を上げたのだ。
しかし、リンが素早く時間を止めたおかげで、青い星が一瞬にして燃え落ちることはなかった。
「――今こそあたしの力を!」
今度はジュヒだった。
ジュヒの力は、『呪い』だった。
熱という存在を呪うことで、多くの熱を殺すことができた。
さあ、ここでようやく主役の出番だ。
「――ファファ! 私が教えた通りに!」マリアが言って、
「わかってるわ、マリア様!」ファファが答える。
真っ赤な石を、分厚い氷が包み込む。
ガシガシ、と氷の檻で、真っ赤な石を包み込む。
標高が、最も高いところで、一万メートル。
その大きさは、私の想像の中でのパンゲアと、同じ大きさだった。
蒸発した大量の水蒸気が、海水と共に一度に固まり、そのような大きな氷山が誕生したのだ。
選抜学級の生徒十三人がいる浮島は、なだらかな傾斜をした山の頂に、蓋をするように、載った。
陸地が姿を現した。
多くの海の水が北極で凍り付き、世界中で春風のような、暖かい風が吹いた。
『プロジェクトサイキック』は、成功した。
「――まさか、運命を打ち破るなんて……」
どこか遠くで声がした。きっと、神様の声だった。
私は、その声に向かって言葉を返す。
「人は、もう一度、やり直すわ」
「――約束できる?」
「約束?」
「――あやまちを、繰り返さないと……」
「ええ、約束するわ。だから……もう一度……」
「――そうね……もう一度……」
そして、私達は、住みやすかった頃の世界を、取り戻した。