第38話 P計画 -1- ミキト視点
ミキト視点
「マリアの、『M計画』だ……」
俺はそう言った。
「でも、マリアは氷の能力を失って…………」
「それでも、大丈夫なんだ。『M計画』は、進められる」
今までゆっくりと進めてきたP計画ではない。リンの力を利用した計画でもないし、ファファの力を使った計画でもない。マリアのM計画を何とか実現させるには……。
――ファファの能力を使う。
でも、それだけじゃダメだ。
増幅。ものすごい規模の力を生み出す増幅能力が必要になってくる。
増幅。それができるのは……。
そうだ。未来を掴む一本道が、俺には見える!
「『M計画』の実現のためには、ファファの力を使うんだ。原子を創り出したり、逆に分解できる能力は万能なものだ。ならば、北極に氷を作り出すことも可能じゃないか」
「なるほど、一理あるわね。一応ハウエル先生に連絡してみるわね」
そして、ワンダ先生は、大昔の電話機のようなものを耳に当てた。
「ワンダ! 一体何の用だ! 今がどれだけ大事な時か、わかっているのか!」
電話機ごしに、ハウエル先生の怒声が響く。
「すみませんハウエル。ですが、どうしても、一つだけ、聞いていただきたいことが……」
「何だ!」
「はい。ミキトが……このままプロジェクトパンドーラーを進めると、全滅するという未来を見たと……」
「何、わしの未来視では……そのようなことは……」
「先生、俺にハウエル先生と話を……」
俺は、ワンダ先生にそう言って、電話機を受け取る。ハウエルとの会話が始まった。
「ハウエル先生」
「む、ミキトか?」
「はい。ハウエル先生の未来視は、『未来の可能性を視る』能力です。でも、俺の未来視は違っていた。これまでの俺の能力は、『確定した未来を視る』能力だったんです。今まで未来が視えた時、その全てが実際に起こってきました。未来が視えても、未来を変えることが出来なかった。
でも、もしも、今、猫岩という乗り物に乗らずに、今ハウエル先生達が居る場所に行かなければ、初めて未来が変わるんです。『確定した未来を視る』のではなくて、違う未来を掴み取れる能力があれば、きっと俺達は生き残ることができる。そして、幸せに過ごして行けるんです」
「どういうことだミキト。わかりやすく言うのだ」
「ハウエル先生、俺は覚醒したんです。新しい能力を手に入れた。『選択するために未来を視る』ことのできる能力を手に入れたんです。
どうか、どうか、俺の願いを聞き入れて下さい。いやな予感が形になって見えたのは初めてなんです。未来が確定する前に未来が視えたんです。
運命を変えることで、どうなるかなんて、俺にはわからない。だけど、回避できる悲劇を見過ごすのは、未来予知能力者にとっての恥でしかないと、俺は思います」
それは、会話というよりも、俺の一方的なスピーチだった。
ハウエル先生は長い沈黙の後、
「一度、校長も連れてそちらに戻る。教室で待っていろ」
その後すぐに、ブツ、という音がして、電話機からは何も聴こえなくなった。
「何て言ってた? ハウエル先生」
ワンダが訊いてきたので。俺は応える。
「一度戻るから、教室で待ってろって……」
「驚いたわね。あのハウエル先生が、計画を途中でやめて戻るなんて…………」
そう呟いたワンダ先生は、超能力学校の方へ向かって歩いて行った。
★
教室で待っていると、ハウエル、校長、バルザック、の順に、男の先生三人が入ってきた。
俺達は、いつもと同じ席に座っていた。
黒板の前に、四人の教師が立つ。
「ミキト。ミキトが見た未来を、詳しく聞かせてもらおうか」
そのハウエルの問いに、俺は答える。
「はい……まず、猫岩に乗りました。そして、三角形の山のある場所に降り立って、P計画に関する映像を見せられる。その後に、校長先生が、バルザックに捕らえられていて、プロジェクトパンドーラーが始動するんです。そのためにユーナが幽閉されて、パンドーラーとなったユーナのすさまじい力によって、パンゲアが完成する。しかし、その直後、皆が血を吐いて倒れて、人類は、全滅するんです」
「……驚いたな……ユーナをパンドーラーにする……私の計画と一致している……」
ハウエルはそう言った。
「待て、ハウエル」校長は戸惑いの声。「プロジェクトパンドーラーとは何だ? パンゲアが完成する? 完成予定は数百年後だぞ。何を企んでいた!」
「単刀直入に言おう。P計画は、間もなく志なかばで終焉を迎える可能性が極めて高い」
「どういうことだ?」
「戦乱の兆しだ。わしの未来視によれば、十年後までに、大きな戦乱が起こる可能性は、八十五パーセントある」
俺には、未来に戦乱が起こるかどうかなんてわからない。まだ新たに生まれた力も安定していないし、確定した未来ではないから視ることができないのだ。対して、ハウエルの未来視は、未来の可能性を見通す能力だ。だから、今のハウエルの言葉の意味は、ハウエルが百回未来を視た結果、八十五回戦乱が起きたという意味に近い。
「何だと……?」と校長。
「もう、これまでのパンゲア計画では遅いのだ。一瞬でパンゲアを創り出してしまわなければ、人は滅ぶ」
俺は、何度か頷いてみせた。ハウエル先生の未来視は、とても正確だ。このまま何も選択せずにパンゲア計画を進めていたら、まとまれなくなった人々が争いを起こして、今度こそ人類が滅んでしまう。
ハウエルはそんな俺の方に目を向けて、言う。
「それで、ミキト……プロジェクトパンドーラーが失敗に終わるというのなら、より確実性の高い具体案があるのだろうな?」
「あります」
俺は未来を選択する。
俺の新しい計画を語りだす。
「まず、パンゲアを生み出すと、確実にウイルスが発生する。そうなった場合、人は生き残ることは不可能。そこで、北極に氷を張るんです。そうすれば、パンゲアは生み出されなくても、人が住みやすい環境に戻すことができる」
「どういうことだ」と、校長。
「……M計画」ハウエルの呟き。
「何だ、それは」校長は戸惑いっぱなしだ。
「そうです」と俺は頷く。「……『M計画』というのは、ハウエル先生が今言ったように、以前言っていた、マリアを永遠に氷を作り続ける存在として北極に置くと言う計画です」
とはいっても、マリアを人柱にするわけではないけど。
「そんな計画が……あったのか……マリア……本当なのか?」
校長は、マリアを見つめてそう言った。
「うん、ごめん、お父さん……でも、これは誰かに強制されたわけじゃなくて、私が計画したもので……」
マリアはそう言って、校長を見つめた。
「そんな……いや、しかし……もうマリアは……」
「そう。マリアは、もう能力を失ってしまっている。……どうやって氷を張ろうというんだ?」
ハウエルが俺を見つめてきいてきた。
「ファファです」俺は答えた。「ファファの能力が万能なのは、もう、皆が知っている通りだと思う。もしも、北極の氷を溶かした原因を突き止めることができれば、その氷を溶かしたものを分解するか、あるいは、マイナス数千度の氷によって冷やすことができれば、北極に氷が復活するはずです……」
「実現の可能性は?」
「知りませんよ、そんなの。でも、このままP計画を続ければ、戦乱が起こり、プロジェクトパンドーラーによってパンゲアを造れば、ウイルスによって滅亡する。今、俺に思いつけるのは、ファファを使ったこの計画だけなんです。ユーナの同調能力、サヨンの千里眼、デヴの発火能力を遠隔的に発生させる力。それらをキリの力で増幅して、俺達が一つになるんです。それで無敵で、不可能なことなんて何一つ無いはずなんです」
俺の目には、それで、成功する未来が見えたから……。
「私、やるよ」ファファが言った。
「同調の能力なんて……私に……あるの……?」
異端者として扱われてきたユーナが言った。
「ある。未来を視る俺のこの目で見たんだ。ただ、その能力の開花には、ワンダの催眠が必要だった」
「いいわ……ワンダなら、私は、信頼できる」
「え……ユーナ……でも、ユーナは私に……失望したって……」
ワンダはそう言って、俯いた。
「フッ」ユーナは鼻で笑った。「失望? 何を言ってるの。信頼してるわよ。私は知ってるの。ワンダが誰も殺していないこと、ラニが過去視で見たっていうの、知ってる。それから、ワンダが、私の、お母さんであることも……。だから、ワンダがどれだけ、最低の女を演じても、私はそんなの、絶対に信じない! 私は、ワンダと血が繋がった親子であることを、誇りに思う!」
「え……ハウエル先生……私とユーナが……親子……って……」
ワンダは驚いて言った。どうやら知らなったらしい。
「事実だ」
ハウエルはきっぱりと言い切った。
「そんな……」
そして、ユーナは、ワンダを抱きしめた。
「親子って……何かな……? 私には、わからない。だけど、ワンダと血が繋がってるって聞いて、うれしかった。どうすればいいのかわからないけど、こうするのが、いいんじゃないかと思ったから……」
親子の再会だった。
ユーナとワンダ。
俺は、抱き合う二人を、眩しそうに見つめた。
「ミキト……」とハウエル。「面白い計画だ。わしは、ミキトの計画に賛同するぞ」
「私もだ」校長も賛同してくれた。
「さあ、ミキト……それではファファやユーナの力を用いたこの計画に、名前を付けるんじゃ」
ハウエルの言葉を受けて、皆の視線が、俺に集中した。
「名付けて……超能力者計画! 『プロジェクト……サイキック』だ!」