第37話 計画開始と計画中止 ユーナ視点
ユーナ視点
「そうよね。私達と対峙してしまった以上、先に進むにはプロジェクトパンドーラー……真P計画に参加する以外に道は無いわよね」
ワンダはそう言った後、どうやら私達全員に催眠をかけたらしい。
「ねぇ、ソフィア、私、妙にリアリティのある夢を見たんだけど……」
珍しく同室のソフィアに起こされることなく起きた私だった。昨日のワンダの話が全て夢だと信じたい私は、上の段のベッドにいるであろう、起きているかどうかもわからないソフィアに向かって話しかけたのだ。
「ええ、奇遇ね……私もよ」
返事があった。ソフィアも既に起きているようで、落ち着いた声が返ってきた。
「もしかしたら……夢じゃなかったのかな……」
私はそう言って、ベッドから降りて机の引き出しから日記帳を開いてみた。日記には、一日分の空白があった。日記は毎晩つけているので、空白があるのは不自然すぎた。
昨晩のことを思い出してみると……確かソフィアとデヴが、私が出かけようとした所に現れて、デヴの部屋でお泊り会をするからといって無理矢理部屋に連れて行かれたのよね……。そしてその後は選抜学級の皆と楽しくお喋りしたりしていて……。
ソフィアが、立ち上がって、急にどこかへ行ってしまって、それに続くようにマリアもいなくなったので、残りの皆全員で、追いかけることになって……それでマリアの部屋の前で正座させられているハサンをリンが見つけて……。
「ユーナ……私達、探検…………してたんだよね……」
ソフィアが確認するように言った。
「うん」私は答える。
そうだ。探検だ。サヨンといっぱい会話も出来て、嬉しかったのを憶えている。地下洞窟を探検をしていたはずなんだ。なのに私はいつの間にか寮のベッドに戻っていたのだ。
「夢じゃ……ないんだよね……」
「うん」
「あ、ユーナ。まずいわ。もう出かけないと遅刻しちゃう!」
ベッドから飛び降りたソフィアは、瞬時に制服に着替えると、扉の音を残して、部屋を出て行った。
私も急いで出かける準備をして外に出た。
猫岩の横を通り過ぎ、校門も無事通過。校舎内に入り、無事に教室まで着いた。昨日の探検気分が抜けないのか、何か嫌なことが起こりそうな気配がしたのだが、それは杞憂だったらしい。
教室に入るなり、
「しかし、昨日のバルザックは、何も喋らなかったから居ないのと一緒だったよな」
「存在感なかったな。何しに来たんだろ」
そんな声が聴こえた。ハサンとミキトの話す声だった。
ハサンとミキトだけではない。教室内は、昨日の探検の話で持ちきりだった。
しかし、室内にワンダが入ってくると、その全ての話し声はピタリと止んだ。
教卓に立つワンダは、いつもよりも更に真剣な目を私達全員に向けた。
「皆、昨日のことは、憶えているわね」
昨日の事……とは、雑草の生えた花壇にあった入口から地下に降りて教会のような場所から隠し通路を進み、病院や研究所のような場所を抜けて、階段を降り、坂を下って、そして階段を上って、いくつも曲がり角のある通路を進んだり、青白い部屋を過ぎた先にあった緑色の光を放つ場所で、ワンダから『P計画』の裏側で進行する数々の計画について聞かされたという出来事だ。
そして、私達は、ワンダの差し出した選択肢の中から、プロジェクトパンドラに参加するというものを選んだのだった。
「それで……突然ですがこれから、今現在『P計画』が行われている現場にあなた達を連れて行くことになりました」
ワンダはそう言った。
教室中の十三人は、驚いて言葉も出なかった。
今まで危険だという理由で、超能力学校を持つ生徒がP計画の現場に行く事はなかった。本来なら卒業して二年以上経たないと、海底から土を掘り起こし、それを一箇所に集めるという作業に携わることはできないはずなのだ。これは、事故を防ぐための決まり事であり、それに違反するということは、『P計画』に対しての反逆なのだ。
「せ、せ、先生。それは……つまり……どういう……ことですか……?」
ソフィアが隣の席のマリアを何度か横目で見ながら、先生の明確な意志を訊く。
「つまり」ワンダ先生は力強く、「校長を裏切るってことよ」
マリアが立ち上がりながら「そんな!」と叫んだ。校長先生は、マリアにとっては父親だ。だから、その校長を裏切るという言葉を聞き逃すわけにはいかなかったのだろう。
「大丈夫よ、マリア。別に校長を失脚させようだとか、殺してしまおうとかいうことではないわ。ただ、私達はパンゲア計画から離れ、パンドーラー計画に移行する。だから……この学校にはもう居られない。寮からも出て、P計画が進められている現場を、これから見に行くわ。そこに校長も居るはずだから、そこで話をつける。あなたたちにも立ち会ってもらおうってことよ」
どちらにせよ、私達が超能力学校から消えたら、校長先生は今までの地位ではいられないだろう。
「ワンダ先生、どうして、パンゲア計画をそのまま進めようとは思わないんですか?」
再びソフィアが訊くと、ワンダは、
「それは…………行けばわかるわ」
私達はワンダに連れられて、校舎を出て、校門を抜け出した。
もう引き返すことは出来なかった。地下洞窟の探検に行って、あの緑の石の前に立った時点で、引き返すという選択肢は消滅したのだ。
女子寮の方面に少し歩いた場所で、ワンダの足が止まった。
その場所には、猫岩があった。砂地に忽然とある猫の形をした岩だった。
「これに乗っていくわ」とワンダ。
「え? これ……って……猫岩……?」
「そうよ。来て、入口はこっちよ」
ワンダは猫岩の正面に回り、手をかざした。すると猫岩の口の部分が開き、顎を突き出すような姿になった。そうして出来上がった階段に足を掛けたワンダは、
「皆、私に続いて入ってきてね」
しかしその時、
「――皆、待ってくれ」突然、ミキトが皆を呼び止めた。
「どうしたんだ? 急に」とサヨン。
「いやな……」
「また嫌な予感がするってやつか? それで悪い事起こったことがないじゃないか」
ハサンが嘲るように言ったが、ミキトは真剣な表情で、予想外の言葉を吐き出した。
「嫌な……未来が見えたんだ」
みんな、ミキトの深刻そうな声を耳にして、戸惑った。ワンダ先生とミキト、どちらを信じればいいのだろうといった形だ。
「猫岩に、乗っちゃダメだ! ワンダ先生! やっぱりプロジェクトパンドーラーは実行するべきじゃない!」
ミキトはそう言うと、既に猫岩に乗ろうとしていたリンの腕を掴んだ。
「ふぇ?」首を傾げるリン。
「どういうこと……? 猫岩に乗っちゃダメって……どうして?」
ワンダは訊ねる。
「未来が、見えたんだ。このまま猫岩に乗れば、確かにパンゲアは完成する。だけど、その時、人類は滅亡してしまうんだ。未知のウイルスによって!」
「ミキトは……未来視の力を持っているから……ある程度信憑性があるけど……でも、それは、向こうに着いてハウエル先生に相談しないと……」
「ダメだ! ハウエル先生はもう、退かない。どんな手段を使ってでも、ユーナをパンドーラーにして、地殻変動を引き起こす気でいるはずだ」
私をパンドーラーにする?
それってどういうことだろう。
「だからダメなんだ。猫岩に乗って、ハウエルが校長を捕らえて待っている部屋に向かってはいけないんだ」
「どうして……それを……?」とワンダ。
「ど、どういうこと?」戸惑うマリア。
「嫌な未来を見たって言ったでしょう?」
ミキトは力強く言った。
「でも……ハウエル先生は、プロジェクトパンドーラーに代わる計画が無いと納得しないわよ?」
ミキトは頷いた。そして、言うのだ――。