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P計画  作者: 黒十二色
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第3話 飛行男子ハサン

ハサン視点

「ハサン兄ちゃん。ねえ、ハサン兄ちゃんってば」


 昼休みを告げるチャイムが鳴ってすぐ、俺を呼ぶ高い声が響いた。


「うん? どうしたんだ、リン」


 俺を呼んだのは、リンという幼い女の子。


 年齢は、十歳だったかな。

 十歳にして、既に選抜学級の生徒になっているという優秀な女の子で、妹のような存在だ。


 リンは時々俺の所に来る。その時は決まって言うのだ。


「お兄ちゃん、お空飛んで」


 わくわくといった様子で、爛々(らんらん)とぱっちりした瞳を輝かせながら。


「飯食った後ならな」

 俺はいつものようにそう答える。


「僕はもう食べたよ」


 リンは自分のことを僕と言っている。女の子らしくはないが、これはこれで可愛いので気にすることでもないだろう。


「もう食べたって……まだ昼休みになったばかりだぞ……」


「授業中に食べたの!」


 十歳から既に早弁というものを身に付けているのか。将来は有望……いや、むしろ将来が不安と言っておいた方が良いか。


「だけど俺がまだ食べてない。『腹が減っては空も飛べない』って昔からよく言うだろ」


「僕知らないよ、そんな言葉」


 そりゃ、今作ったからな。


「とにかく、俺はミキトと学生食堂という場所にだな……ってあれ? ミキトは?」


 いつも昼食を共にする親友のミキトの姿が無かった。


「ミキト兄ちゃんなら、さっきユーナお姉ちゃんと廊下に出て行ったよ」


「ユーナと? 何で?」


「知らなーい」


 まさか、恋人として付き合い始めたのか?

 あの『魔女』と名高いユーナと……。


 親友として忠告したい。ユーナはやめておけと。俺のようなバカでもわかるぞ、そんなことくらい。遊ばれて捨てられて傷ついて終わりだ。後で言ってやらないとな。


「あ、僕の握ったおにぎり食べてよ」


 リンはどこからか取り出した握り飯を目の前に差し出してきた。


「え?」


 と言った口に、


「えい!」


 ジャンプして、無理矢理握り飯を押し込んできたリン。


「むば――」


 巨大な握り飯を突っ込まれた。


「どう? おいしい?」


 不味くはない。むしろ美味い。ただ、少ししょっぱい。海の水みたいな、飲み込みたくないしょっぱさ。


「ふぅむ、塩が少し多すぎるが、美味いぞ」


「そっかぁ。まだ改良の余地ありかぁ」


 研究熱心で、将来良い嫁さんになりそうだ。


「よい……しょ」とリン。


 握り飯をアホみたいに口にくわえて立ち尽くしている俺に、リンが絡みついてくる。まるで木登りをするかのようだ。おれの服をぎゅーぎゅー引っ張って、よじ登る。頭の上まで上りきり、肩車をする形になった。


「ねーねー、まだー? 昼休みなんて短いんだからねっ。早く飛んで!」


 たった一個の握り飯で昼休み中ずっと飛べと言うのか?


 俺はリンの飼い犬か何かか?


 ぐいぐいと髪の毛を引っ張られる。うざったいくらいの催促。


「まだー?」


 だが結局俺もリンが可愛くてしょうがない。ごくりと塩まみれ握り飯を丸呑みして、


「ごちそうさま。よし、しっかり掴まってろよ」


「うん!」


 肩車スタイルから、おんぶスタイルへと移行。リンを背中に乗せたまま、窓を開けて勢いよく飛び出した。


 教室があるのは地上四階。落ちたら大怪我する高さだ。下手をすれば死ぬかもしれない。そんな場所から迷わず飛び降りた。俺がバカだからではない。


「きゃー」


 楽しげな悲鳴を上げるリン。


 近くなる地面。しかし、ぶつかることはない。俺は、自由自在に空を飛ぶことができるからだ。


 垂直落下から、地面と平行して飛行した後に上昇する。他の生徒達の驚きの目が少し心地よかったが、


「何だ、またハサンが飛んでるのか」


「よく飽きないなー」


 すぐに心地よくなくなった。驚きは溜息に変わったようだ。もはや俺が空を飛ぶ人間だということは学校中の常識だからな。しばらく飛ぶとまた――


《ハサン君ハサン君。すぐに空を飛ぶのをやめて職員室に来なさい!》


 こんな風に校内放送で呼ばれる。というか、たった今呼ばれてしまった。いつもより早いな。

 参った、これではリンが楽しめない。


「あんなの無視しよう。無視」


 すごいことを言うなぁ、リン。本気で将来が心配だぞ。


「だがリン、次の授業、ワンダ先生の授業だぞ。俺らだけ延々と説教されるのは嫌だろ?」


 今職員室に来いという内容の放送を流したのは、ワンダ先生だった。ワンダ先生というのは、女の先生で、一応担任の先生ということになっている。俺にとっては口うるさいが、皆にとっては良い先生らしい。何度もあんな風に校内放送で晒し者にされて、俺もすっかり有名人だ。


「またハサンの奴が呼び出しくらってるぞ」


「あはははは」


 地上から、そんな嘲笑も聴こえてくる。でも、そんなものは空を飛べない人間の(ねた)みにしか思えない。俺はそんな自分勝手な思考回路を持っているのだ。


「仕方ない。リン、このまま職員室に行くぞ」


「えー、もっと飛びたいのに……」


 気持ちはわかる。というか、実は俺も本当は今日は飛ぶ気はなかったのだが、飛んでいるうちに楽しくなってしまった。つまり、俺ももっと飛びたいのに……。


 校舎二階の開いた窓から、校舎内に入り、廊下に着地した。目の前には職員室の扉。ノックしようとすると、勢いよく引き戸が開いてワンダ先生が出てきた。


「入りなさい」


「いやー、今日も暑いっすねー」


「そうね。暑いわね」


「あ、職員室は涼しかったりするっすか?」


「いいから、早く入りなさい」


 あんまり怒ると小じわが増えるぜ、と言いたい。そんなことを思った瞬間、その思考を読んだかのように(にら)みつけられた。眉をハの字にした表情もまた素敵である。


 ワンダ先生の背中を見ながら職員室に入る。


「あ、リンは、戻っていいわ」


「はーい」


 リンは素直に俺の背中から飛び降りると、


「じゃあ、ハサン兄ちゃん、がんばってね」


 そんなことを言って、廊下をスキップで駆けて行った。


 一体何をがんばれというのか。

 いいわけか。いいわけのしようがないぞ?


 ところで、廊下を走るのは禁止だが、スキップはどうなんだろうか。走るよりは危険じゃないが基本的にはやらない方がいいよな、うん。


 ……というか、また俺一人が怒られるのかな。


 ワンダ先生は引き戸を閉めると溜息を一つ吐いてから、腕組をして言った。


「ハサン……言われることはわかってると思うけど……」


「はい、わかってます」


 どうせ、空を飛んではダメだというお説教だ。もしもリンが落ちたらどうするの、とかだろう。


「もしもリンが落ちてしまったらどうするの?」


 ほーらな。


「ここに呼ばれるのは何回目? いつになったらわかってくれるの? あまり私を困らせないでよ」


 ワンダ先生は、自分は二十八歳だと言い張っているが、十年以上前から先生をしているので、二十八歳なはずがない。


 確かに二十八歳よりもむしろ若いような容姿をしているが、計算上、確実に三十歳は越えているだろう。まあ、女性の本当の年齢なんて知らない方が賢明だしその方がお互いのためにもベター。ただ、俺はワンダ先生が好きだ……可愛いからな。というか可愛い子は皆好きなんだけど。


「聞いてるの?」


「聞いてます」


「もうしない?」


「もうしません」


「前もそう言ったわよね。その前も、その前も!」


「反省してます」


「あぁ……もう……何であなたがいるクラスの担任を私がしてるのよ……」


 どうやら俺はワンダ先生の悩みの種の一つらしい。


「あと一年の辛抱です」


 俺は十九歳で、この学校は二十歳になると卒業となる。だから、来年卒業。二十年間の義務教育を終えるのだ。その後は……その後の人生はどうなるんだろうな。まぁ、なるようにしかならないか。


「私、今年が選抜学級を担任として受け持つの初めてなのよ……? なのにどうしてこんな手のかかる子ばかり……。去年までは優等生ばかりだったのに、何で今年に限って!」


 そんなこと、俺に言われても困るんだが……。


「あの、もう戻ってもいいですか?」


「ええ……できれば、もう二度とここに呼ばれるようなことはしないで」


「はい!」


 俺は返事した。


「返事だけなのよね……知ってるわ」


「じゃ、失礼します」


 引き戸を開けて閉めた。ちなみに、職員室はそれほど涼しくなかった。外に比べれば少しはマシだったけど。


 俺は廊下を歩いて、選抜学級の教室へと向かう。階段を上る。


 その途中の踊り場で、マリアを見つけた。


 マリアという女性は、同い年で、校長の娘。しかし校長の娘である前に、俺の幼馴染だ。


 選抜学級には、俺と幼馴染と呼べる関係の者が三人いた。一人はこのマリア、残りの二人は、皆から委員長と呼ばれるソフィアと、あまり目立たない縁の下系男子のサヨンという男である。


 その中でもマリアと俺はかつて非常に仲が良く、二人で、良い子が決して真似してはいけないような、死と隣り合わせとも言えるような過激な遊びをした。


 俺が空を飛ぶ力を手に入れたのも、マリアとの遊びからだった。三十メートルほどの高さに育った樹から飛び降りるという、限りなく愚かな遊び。


 俺は飛び降り、死を前にして飛行能力を覚醒させた。その時マリアは……確か飛び降りたりせず、ゆっくり樹を降りていた記憶がある。さすがに危険を(さと)ったのだろう。


 そんなマリアが選抜学級に入ってきたのは、ちょうど一年ほど前だった。その時から彼女は、少し変わってしまったように思う。元気が無いというか、いつか教科書でみた「一年のほとんどが氷に閉ざされている気候」のようだというか、何というか……。


 そんなマリアが、階段の踊り場の大きな窓を開けて、外を眺めていた。


「マリア」俺は声をかける。


「ハサン……。何?」


 低い声で、無表情。表情が無いもんだから、怒ったように見える。


「いや、特に用ってわけじゃないけど」


「用が無いなら話しかけないで。用があっても話しかけないで」


「え……いや……」


 明らかな拒絶。


 最近はいつもこんな感じで、かつての彼女のイメージからは考えられない変わり様だった。勘違いしないで欲しいのは、この態度は俺に対してだけではなく、ぴょんぴょんと可愛いリンや幼馴染で親友のはずのソフィアにも同じような拒絶をするのだ。


 一体何が彼女をあんな風にしてしまったのだろうか?


 マリアは長い髪を冷たい風になびかせて、俺と擦れ違う。階段を下りる。擦れ違う時に俺を一瞥し、目が合った。


 とても冷たい目をしていた。


 マリア……どうしちゃったんだ。昔のマリアの方が俺は好きなのに。


  ★


 校舎四階にある教室に戻ると、リンとファファが楽しそうに談笑していた。相変わらずルネは眠っていたが、その三人の他に生徒はいなかった。


 俺が戻ったことに気付いたリンが、またぴょんぴょんと跳ねてきて、


「ごめんね、僕のせいで」


「いや、いいんだよ。大して怒られてないしな」


 怒られるのは慣れているというのもある。


「また呼び出されてたね」


 そう言ったのはファファだった。頭の両端から寝癖みたいにぴょこんとはみ出す髪型が特徴。このファファという女の子はリンと同じくらいの年齢だが、年齢の割りに大人びているように見える。


 ファファとリン、年齢が近いせいもあってか、二人はとても仲が良い。


 リンはぴょんぴょんしてるが、ファファはふわふわしている。悪戯をするリンの知恵袋となる黒い一面も持ち合わせるが、基本的には、可愛い妹のような存在だ。


「ま、呼び出されるのなんか、しょっちゅうだからな」


「そうだよね、不良だもんね」


 不良と言うほど不良ではないのだが、ファファ的に俺は不良ということらしい。


「ねえファファ」とリン。


「何? リン」


「デヴお姉ちゃんとマリア様は何処に行ったの?」


 ここで、デヴという女の子の名前が出たので、また説明しなければならない。


 デヴは、二人よりも年上で、ふくよかな体型をしている女の子である。デヴとリンとファファは、マリアのことが好きで、いつもマリアの後を付いて歩こうとする。


 マリアはいつも険しい顔をしながらも、彼女達三人と一緒にいるところをよく見かける。いわゆる、『軍団マリア』と呼べる集団を形成しているのだ。いや軍とはいっても誰と戦うわけでもないのだろうけど。


「マリアならさっき三階の階段で見たぞ? デヴと一緒ではなかったけど……」


 俺はマリアの居た場所を教えてやったが、もうその場所にマリアは居ないだろうから意味は無いだろう。


「リン、マリア様とデヴに何か用事なの?」とファファ。


 この二人は、マリアのことを、「マリア様」と呼ぶ。たぶん、マリアはそれを嫌がってるだろうな、と思う。


「ううん。別に用は無いよ。ただ気になっただけ」


「そう……あ、リン。ルネお姉ちゃんの所に行こうよ」


 思いついた顔で、ファファは言った。


「あ、お昼寝だね!」


「ええ」


 やることなすこと唐突で、少女らしい無軌道さがある二人だから、俺みたいな男と気が合うのかもしれないと思う。


「じゃあ、ハサン兄ちゃん、さっきはありがとうね」


 リンがそう言って元気に駆けていく。その背中に、


「こちらこそ、おにぎり、美味かったぞ」


 すると、彼女は振り返って、


「また作ってあげるね」


 いつか図鑑でみた、太陽に向かって咲く黄色い花のように笑って、そんなことを言った。


 楽しみにしていよう。


 ファファとリンは窓際最後尾で机に伏して眠るルネを無理矢理机から引っぺがし、何と、教室の床の上にロッカーから引っ張り出した布団を敷いて、三人、川の字になって眠りはじめた。


 なんというか……ほほえましい光景だ。


 彼女達の眠りを妨げないように、俺も教室を出て、魔女のユーナに連れて行かれた親友のミキトを捜すことにする。



 俺はハサン。自他共に認めるバカだ。出席番号は、二番目。




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