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P計画  作者: 黒十二色
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第35話 洞窟探検をしよう ミキト視点

ミキト視点

 暗闇の中で、(うごめ)く十三人の影。


 すでに(ミキト)たちは学校の敷地内に足を踏み入れていた。


「ねえ、ハサン。本当にこんな所に、地下への通路があるの?」とソフィアが不審感を込めてきいた。


「ああ。普段は土の下に隠れているんだが、一度だけ開いているのを見たんだ。普段は雑草が生い茂ってて隠されているから、たぶん「隠し通路だな。この学校の秘密に迫れそうだぜ」


 ハサンは、雑草だらけの花壇の土を払いながらそう言った。


「この学校に秘密なんてあるのか?」


 サヨンがそんなことを言った。まぁ、秘密はあるだろうと思う。


「あったあった。ここだ」


 カコン。そんな音を立てて、花壇に隠された地下へと続く扉は開いた。


「これでただの下水道とかだったら、怒るわよ」


 マリアがそう言うと、ハサンが、はっとした顔をした。その可能性すら考えていなかったらしい。


 ハサンは入口の板を外し、地面に置いた。


「階段があるぞ。それに、下水道ではないな。たぶん」


 勇気のあるハサンとマリアが、降りて行った。


 ぞろぞろとそれに続いて皆も降りて行った。いつも最後に残るサヨンは、ユーナに無理矢理連れて行かれたので、既に地下に降りていた。珍しい出来事だ。


 残された俺が、皆が降りていた穴を見つめていると、横にいたソフィアが俺に話しかけてきた。


「ねえ、ミキト」


「何? ソフィア……?」


 最後に残されたのは、俺とソフィアの二人。


「この学校、実は墓場の上に建ってるんだって」


 俺は黙り込んだ。恐怖だ。ここまで歩いてきた道のりだって、絶対に一人じゃ無理なくらいに真っ暗でおそろしいのに、その上さらに、そんなことを言われたら、何か幽霊(オバケ)のようなものが出るんじゃないかと思ってしまうじゃないか!


「こわいの?」とソフィア。


「こわくないの?」

 質問に質問で返した。


「……行かないの?」

 ソフィアは、足元の一メートル四方の地下への入口を指差した。


 急に先に進みたくなくなった。ソフィアのせいってわけじゃない。ほんの少し嫌な予感がした。はっきりとはわからないけれど、嫌な予感だ。誤解の無いように重ねて言っておくが、別に幽霊がこわいから、こんなことを言っているわけではない。わけのわからないものに対する恐怖のようなものという意味では、確かにこわがっているが……。


「やっぱこわがってる」


「レディーファーストだよ」


「情けないわね」


 ソフィアは、地下へと降りた。俺もそのすぐ後に続く。


 地下は、暗闇ではなかった。


 すでにみんなが待っていた。


 何だここは……と俺は思った。


 ぼんやりとした明かりを発する装置が至る所に意図的に置いてあるのだが、内部の風景は、巨大な蟻の巣の中に居るようだった。皆が居るからか、不思議とこわくはなかった。


「なんかワクワクしてくるな!」


 ハサンはそう言って、先頭を歩く。


「皆、行くよ!」


 マリアが楽しそうにそう言った。超能力を失うという一大事があった後だから、落ち込んでいるのかと思ったが、元気そうで安心した。


 さて、蟻の巣のような道を歩いて行くと、下りの階段があり、一段下りるごとに気温が下がっている気がした。階段を下りると、また同じように蟻の巣のような道。一本道をそのまま進むと、扉が見えた。


 躊躇なく扉を開くマリアと、付いて行く十二人。扉の向こうは、教会のような場所だった。その場所も、岩をくりぬいて作られた空間だったが、今まで通ってきた通路に比べると、広い場所だった。


 元々は絢爛豪華(けんらんごうか)な装飾がされていたのだろうが、何十年も使われてすらいないようだ。色あせた彫像、散乱した背もたれの無い長椅子。既に朽ち果てていた。天井を見上げると、そこには空の絵。天国に向かっていく天使が描かれていた。


 デヴとリンとファファは、オルガンを発見して、音を鳴らして遊んでいたが、


「こら! 三人とも! こんな浅い所でそんなつまらないものに捕まらないで! もっと地下に行けなくなるでしょ!」


 と、先導するマリアが言った。


「はい! マリア様!」


 三人は声を揃えてそう応えた。


 地下にこんな教会があって、博物館レベルの骨董品(オルガン)が音を鳴らすというのは相当すごいことだと思うのだが、マリアにとってはそんなことは些事(さじ)らしい。一体何を最終目的に探検を進めているのだろう。


 というか、この教会が終着点でこの先に道があるとは思えないのだが……。


「ねえ、ミキト」


「ん?」


 俺は誰かに呼ばれ、その声のした方に振り向くと、そこには、ジュヒがいた。


「何? どうしたの? ジュヒ」


「ミキトは、こういうの、好き?」


「こういうのって?」


「何ていうか、神様とか、天国とか……」


 ジュヒは、教会みたいな祈りの場所が好きかという質問をしているようだ。俺は答える。


「そうだなぁ……神様がいて、天国があったら、素敵だろうね……」


「あたしは、神様もいると思うし、天国もあると思う。だから……こういう、人の願いが集まった場所が好き。一種の廃墟マニアみたいなものかもだけど……」


 はっきり言って、驚いた。まさかジュヒが、神だの天国だのと言い出すとは思わなかったからだ。


 人は死んだら無になる。ということが信じられている今の時代。その時代に逆行するという意味では、ひねくれたジュヒらしいと言えなくもない。


「廃墟か。そうだな……こういう、祈りの場所で、廃墟になっていない場所なんて無いもんな……」


 今は、『P計画』という名の宗教が、世界を支配する時代だ。他に信じるものがあってはならないと言って、排斥して、全てを飲み込んだ。巨大大陸を造るという思想が、神にとって代わったのだ。信仰されなくなった神は、存在しないのと同じ、いやむしろ悪とされたものだった。悪を排斥しようとし続けてきたジュヒが、排斥されたものを信じていたなんて、何だか皮肉だ。


「それで、あのね、ミキト……今の話とは全く関係無いんだけど、あたしね……ミキトのこと――」


「俺のこと? 俺がどうかしたの?」


「――好きなの!」


 ジュヒの予想外すぎる叫び声が俺の頭の中に、何度も響いた。


 ありえない。こんなこと。またてっきり、気に入らない点を指摘されるのか、と思ったのに、好きっていうのは、何なんだ。好きってあれだよな。恋とか愛とか。そう言う類の話だよな。俺がキリに対して抱くような、そんな感情をジュヒが、俺に……。


「もし……ミキトが嫌じゃなければ……あたしと……付き合って……欲しいの」


 と、その時。


「きゃあああああ!」


 リンの叫び声が広い空間に響いた。


 見るからに怪しげな彫像のあたりで、リンに危機が訪れたようだった。


「ちょっと待って、ジュヒ、また後で!」


「あ……」


 俺は悲鳴の上がった方へと走ろうとする。しかし、ジュヒの手は、一世一代の告白から逃げようとした俺の腕をしっかりと掴んだ。


「……答えて……。お願い」


 怪しげな彫像の手前に、落とし穴のようなものがあったらしく、皆がその穴を覗いていた。リンは無事なのか、ということを現実から逃避するように考えたのだが、そんな俺の心を見透かしているかのように、ジュヒの手は、更に握られた。痛い。腕が千切れそうだ。


「ミキト……あたし……本気なの……冗談なんかじゃないんだから……真剣に……答えてよ……」


 逃げられそうになかった。


 俺はジュヒのことは、嫌いじゃない。だけど、ジュヒを「こわい」と思っていた。それに、ジュヒよりも好きな人がいるんだ。真剣にと言うのであれば、そのことを伝えるべきだと思った。


「俺、好きな人が居るんだ……そして、それはジュヒじゃなくて……」


「誰よ……。それ……誰? マリア……? ソフィア……?」


「違う。キリだよ……」


「やっぱりね。そうだと思ったわよ。いつも見てるもんね、キリのこと」


「ジュヒ……」


「別に、悔しくなんかないわよ。泣いたりなんかしないわよ。本気じゃなくて冗談だったんだから。ほら、早く行くわよ。もう皆どこかに行っちゃったわよ」


 ジュヒは、早口でそんなことを言って、走りだした。そして、皆が降りた穴から落ちた。


「きゃあ」


 ドスン。そんな音がした。


 俺は大急ぎでそんなジュヒの後を追って、穴に架かっていた梯子(はしご)から降りた。皆は先に降りて、先に進んでいて、俺が最後だった。


 ジュヒは尻餅をついたらしかった。


 目からは、涙。あのジュヒが、泣いていた。


「大丈夫? ジュヒ」


「痛いわよ! 痛くて泣いてるんだからね。勘違いしないで」


 俺は、立ち上がろうとするジュヒに手を貸そうとした。


「触らないでよ!」


 一度立ち上がったジュヒは、俺の手を払いのけると、その場にうつ伏せになり、自分の腕の中に顔を埋めてしまった。


「あっち行ってよ!」


 拒絶された。


「あ、ああ……わかった……ゆっくり行くから……ちゃんと……後から……」


「わかってるわよ! 一人にさせてよ……」


 俺は、それ以上ない気まずさを感じつつも、ジュヒを置いて、歩き出した。


 皆は怪しい扉の前で、俺とジュヒが来るのを待っていた。


「ジュヒは?」とソフィア。


「ちょっと、一人になりたいって」


 俺はそう答えた。確かにジュヒはそう言ったから、嘘ではない。


 胸にもやもやを抱えながらも、


 ジュヒ以外の皆で扉から未知の部屋に入る。扉の向こう側は、青白い明かりに照らされた部屋だった。割られたガラスが散乱したり、ちょうど人が一人寝ることができそうな台が二つほどあった。何かの研究室のように見えたし、病院の手術室のようにも見えた。


「何かしら、ここ……」マリア。


「さぁ……? さっきの教会も不思議だったし……謎だな」ハサン。


 ようやくジュヒも入って来たが、俺との会話が原因か、しゅんとしていた。


「ここは……」


 ラニが呟き、ファファの方を見た。


「ん? ラニ? どうしたの?」


 デヴがファファへの視線に気付き、ファファの方を向く。ファファは何かに怯え、震えていた。まさか、本当に幽霊が存在して、それが見えてしまっているのか、などと思ったが、そんな馬鹿な。非科学的だ。


「ちょっと、ラニ。何でファファを(にら)んでるのよ。こわがってるじゃない」


 キリがラニを責めるように言ったが、ラニは小さく首を振った、


「違うんだ。実は……この場所が、俺が過去視の力で見た、ファファが実験されていた設備に、似ているんだ……」


「え?」


「ファファ……」リンはファファの手をぎゅっと握り、「大丈夫……?」


「……大丈夫だよ、リン。ここは、似ているけど、違う。それに、もう実験されることはないって、わかってるから。ワンダもハウエルも、私を守ってくれるから。皆もいてくれるし……」


「そう……よかった……」


 ファファは何かを乗り越えたようだった。きっともう、あの無から物質を創り出す能力を暴走させることも無いだろう。未来視の能力を持つ俺が言うんだから間違いない。なんてね。


 さて、その場所には、薬品の瓶がいくつかあったが、どれも中身は入っていなかった。教会同様、もう何十年も使われていない様子だった。もう一つの扉が奥に見え、それ以外の場所で怪しい場所は無かったため、マリアはその奥にある扉から先に進んだ。俺もマリアとハサンに続いて、青みがかった明かりに包まれたその部屋を後にする。


 部屋を出るとすぐに、階段があった。


「地上に戻る時、大変そうね……」

 憂鬱そうに呟くデヴ。確かに階段を上ったり梯子(はしご)を上ったりするのは大変そうだ。


「デヴ、大丈夫よ。上るときはハサンが運んでくれるわ!」


 マリアがそう言って、階段をトントンと下った。


「本当?」


 デヴがハサンに訊くと、ハサンは、


「重量オーバーだ」


 と言った。冗談めかして言った言葉ではあるが、暴言であることに違いはない。


「ひどーい」


 デヴはそう言って笑いながら、ばしんとハサンの背中を叩いていた。


 彼女は、自分の体型に関して何か言われることがあっても、それを重く気にしたりしなかった。もう慣れてしまっているのだろうか。だとしたら、少し悲しいかもしれない。とはいえ、太っていても十分に可愛いので、いつか彼女のことを好きだと言ってくれる人が現れるだろう。


 階段を下り切ると、今度は急な下り坂だった。この辺りまで来ると、もう肌寒く、俺を含む半袖でやって来た人間は、ガタガタと震えていた。


「マリア、寒いよ……」


「ええ……寒いわね……ならば……走りましょう!」


「何故っ?」と言いながらも、ハサンもマリアに続いて走る。


 なるほど、体を温めようというわけだ。


 しかし、床はその冷凍庫並みの寒さにより凍っていたので……。


「うぉあ!」

「きゃぁあああ」


 マリアとハサンは仲良く滑って行ってしまった。


 何と言うか、以前からハサンは馬鹿だと思っていたが、マリアも実は負けず劣らずの馬鹿なんじゃないかと思った。


 残された俺達十一人は、滑らないように慎重に歩を進めた。


 一体どこまで下るのか、そして、一体どこに繋がっているのか、いつの間にかワクワクしてしまっている自分がいた。


 坂が終わり、数十メートル先に、ハサンとマリアが居るのが見えた。


「あんた達、遅いわよ!」


 腕組をしたマリアが皆を叱りつけた。


 あの氷の女だった時代からは考えられない豹変(ひょうへん)ぶりだ。だが、俺は今の、少しおかしなマリアの方が好きだ。


 下り坂の先にあったのは、部屋ではなく、平らな床と上りの階段だった。


 上りの階段の五段目あたりに立ったマリアは、


「さあ! ゴールは近いわよ! 付いて来なさい!」


 マリアは、この場所に来た事があるんだろうか。よくわかんないけど、何となくゴール近そうだからそう言った、ってのが有力である。


 そしてマリアは、くるりと体を回転させて、一段上の段に足を掛ける。


 つるっ。


 マリアはそんな音が聴こえてきそうな見事な滑りっぷりを見せたが、すぐ後ろにいたハサンが転びそうになった彼女を捕まえて、誰も怪我をすることはなかった。


「ほっ」とソフィアが安堵の溜息。


 マリアとハサンの勢いに、相当心を削られているようだ。俺はそんなソフィアが何となく気になったのだが、ソフィアに話しかけたりはしなかった。正直、それどころではないからだ。今、俺が気になっているのは、ジュヒの方だった。


 ジュヒは、ちゃんとみんなについてきている。


 しかし、話し掛けても、また拒否されるだろうと思ったので、ただ、何度か視線を送って、無事を確認するだけだった。


「ねえソフィア……ルネをお願いできる?」


「え? キリ……? 何で急に? まぁ、いいけど……」


 キリが、ソフィアにルネを預けると、階段を降りてきて、俺とジュヒの手を掴んだ。


 ソフィアは先に行き、俺とジュヒとキリが階段の下に残される形となった。


「本当のことを言って……何が、あったの……?」


 突然キリがそんなことを言った。


「何のことだよ?」


 俺はそう言った。


「……ジュヒの様子がおかしいでしょ? 何とぼけてんの? ミキトくん、ジュヒに何かしたの? ジュヒ、ミキトくんに何かされたの?」


「何もしてないよ……」俺は答えた。

「何にもされてないわよ……」ジュヒもそう答えた。


「それにしては、様子が変だわ。本当のことを言って、ジュヒ」


 その時、ジュヒは、爆発した。


「ふざけんな! この無神経鈍感女! あんたさえいなければ、あんたさえ……存在しなければ!」


 いつも以上の暴言だった。


「何、言ってるのよ……。私が何したって言うの? いい加減にしないと私だって怒るわよ?」


「あたしはミキトのこと好きなのに、何でミキトに好かれてる貴女は、それにも気付かずにあたしのこと気遣ったりしてんのよ! それが、許せないのよ!」


 八つ当たりに近かった。


 ばしん。と、キリの頬を叩いたジュヒ。


「何するのよ! わけわかんない。もう許せないわ。今まで我慢してきたけど、ジュヒは頭がおかしいわよ!」


 ばしん。と、キリも殴り返した。


 喧嘩がはじまってしまった。とにかく止めないと。


「やめろよ、二人とも!」


「ミキトが悪いんじゃない! あたしが、あたしが好きだと言ってるのに、こんな陰気な女の方が好きだなんて言うんだから!」


「私が陰気ですって? ジュヒの方が暗黒じゃない!」


 ジュヒがキリの髪の毛を掴んで引っ張る。


「痛いっ! 痛いよっ!」


「ジュヒ! やめろってば!」


 俺は、ようやく、キリを掴むジュヒの手を無理矢理引き剥がすと、涙ぐむキリを守るように、ジュヒと対峙した。


「何で? 何でこんな、鈍感で、無神経な女を(かば)うの?」


「――好きだからだよ」


 俺はかぶせ気味に、そう言った。


「え……」とキリが声を漏らす。


「そう、俺は、キリが好きだ。でも、そのことは、ジュヒとはもう関係ないじゃないか」


「ミキト……くん……?」

 背後から、キリのそんな声が聴こえた。どんな表情をして、どんなことを思っているのだろうか。気になったが、今は、ジュヒから目を離すわけにはいかない。


「もう、知らない! 好きにすればいいわ!」


 ジュヒは叫ぶと、よく滑る階段を上って行ってしまった。


 そして、滑って、また、うつ伏せになるように転んだ。顔面を階段の(かど)に強打したようだった。


 キリは階段を駆け上がり、


「大丈夫? ジュヒ」


 そう言って、手を差し伸べたものの、


「触るな! クソ女!」


 その手は払いのけられた。


 ジュヒは立ち上がって、また階段を駆け上がって行った。何度か涙を拭うような動きをしていた。


 キリは振り返って、一度俺のほうを見て、また目をそらし、


「ミキトくん……」


 と、俺の名を呼んだ。


「な、何? キリ」


「私のこと……好きだったの……?」


「うん」


 俺は頷いた。


「そう……だったんだ…………」


 キリは呟き、俺と目を合わせることもなく、複雑そうな表情をした後に俯いた。


  ★


 滑りやすい階段を何段も上り、その階段も終点となった。


「ここからは気をつけて、モンスターみたいのに出会ったら、大変だから!」


 マリアはそんな事を言ったが、俺達以外に生物の気配はしなかった。マリアが楽しんでいるようで何よりだ。リンとファファも楽しいだろうな、と思って目を向けたが、何だか眠そうだ。そうか、子供はもう寝る時間だもんな……。


 ちなみに、もちろんルネは寝ている。その寝ながら歩くルネを操作しているのはソフィアだった。最近は、キリが面倒を見ていたのだが、今は、ジュヒと大喧嘩した影響だろうか、キリは精密な念動力が使える状態じゃない。だからソフィアが、ルネの面倒を見ていた。


 俺は、ジュヒとキリの間に挟まれるという、とても気まずい空気の中にいたため、ちっとも楽しくなくて、マリアとハサンだけが楽しんでいるようだった。


 いくつもの曲がり角を気まぐれに曲がりながら、更に進む。先頭を歩くマリアとハサンの幼馴染コンビは楽しそうに進んでいく。


 氷を生む能力を失ってからのマリアは、もう、思わず「誰だ」と言いたくなるような変わり方だ。何度でも言うけれど、現在の温かいマリアの方が俺は好きだ。きっと今のマリアが、本当のマリアで、自然な姿で、皆も今のマリアの方が好きなはずだ。


 と、その時、ハサンとマリアの向こうから薄緑色の光が洩れた扉が見えた。


「ねえ、あの扉……怪しいわ……」


 先に気付いたマリアが、扉を指差して言った。


 皆が、ぞろぞろとその光が見える位置に歩き、その扉を眺めた。

 そして、口々に感想を述べる。


「怪しいわね」「見るからに怪しいな」「ああ、怪しい」「何だ、あの光」


「……行きましょう!」


 マリアが、おそるおそるその扉に歩み寄る。


「待て、マリア。俺が行く」


 そのマリアの肩に手を置いたハサン。


「何よ、冒険のクライマックスじゃない。私に最後まで勇者の役やらせてよ」


「冷静になれ、マリア」


「ハサンに言われたくないわ」


「あのどう見ても怪しい光が危険なものだったらどうするんだ? 何が起きても変じゃないこの世界で、触れたら死んでしまう光があっても不思議じゃないだろう?」


「でも……」


「まぁとにかく、俺が行くから、もし俺に何かあったら、引き返すんだぞ?」


「……うん」


 あれ? おかしいな、ハサンが格好よく見えるぞ……。これは俺も負けてはいられない。キリにいいところを見せつけないと。


「俺も行くぜ」


 そう言った俺は、ハサンの横に並ぶ。


 ハサンは何も言わなかった。本当に何かありそうな怪しい光に対して、緊張しているらしかった。


 俺はおそるおそるドアノブに手をかける。


「……開けるぞ……?」


「ああ」


 二人で押し開ける。


 視界は、やさしい緑色の光に包まれた。




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