【幕間 探検準備風景】
■準備その一 ソフィアとジュヒ
「ねえ、ジュヒ、もちろん行ってくれるわよね」とソフィア。
ジュヒは沈黙を返した。
「勝手に決めたのは悪かったと思ってるわ。だけど、全員で行くって約束してしまった以上……」
「……行くわよ」
「本当に?」
「だけど、別に、ソフィアの為に行くわけじゃないから!」
「リン、どう思う?」
すると、二人のやり取りを横で聞いていたファファがリンに向かって、「どう思う?」ときいた。
リンは答える。
「ジュヒは本当は最初から行きたかったけど、素直じゃないし、学校的に違法だから自分から行くとは言い出せなくて、ソフィアが声をかけてくれてむしろラッキーだと思ってるんじゃないかな」
ジュヒは黙り込んでしまった。
「えっと……ジュヒ……行くんだよね?」とソフィア。
「……行くわよ」
「よかった」
「でも、皆がバカなことしないように見張りとして付いて行くだけだから!」
「リン、どう思う?」と、ファファ。
「素直じゃないよね」と、リン。
「ジュヒ……行くよね……」と、ソフィア。
「うるさい! しつこい! 行くわよ! 行きたいから!」
「うぅ……怒られた」
リンが怯えていた。
「怒ってないわよ!」
怒っているようにしか見えなかった。
と、そこにマリアがやって来て、優しげに語り掛けるのだ。
「こら、リン、ファファ。ジュヒをいじめちゃダメよ」
「はい! マリア様!」
二人揃って良い返事。
「……いじめられる? あたしが? ガキに…………?」
■準備その二 サヨンとラニとミキトとハサン
ハサンは明かりの点いた部屋の窓からサヨンとラニの部屋に飛び込んだ。
「うわ」
サヨンが驚いた顔でハサンを見た。
「手紙、読んだか?」ハサンが言った。
「は? 手紙…………」とラニ。
「お前の机の上に置いておいただろう!」
「……ああ! あれハサンが書いたのか! バカな悪戯だと思った」
「悪戯じゃねえよ! 真剣に書いたんだよ!」
「え、本気って、まさか……お前……そっち系?」
「そっち系ってどっち系だよ!」
「オカマとかゲイとかいった類の系統……」
「そんなわけあるか!」
「だって、自分で読んでみろよこの手紙……」
「ん? ああ」
がさがさ。そんな音を立てて手渡された紙を広げて読み上げるハサン。
「……サヨンへ……よかったら、今晩付き合って。女子寮で待ってる」
確かにハサンが書いたものだった。
「な? 恋文みたいだろ?」
考えすぎだろう、真面目すぎなんじゃないのか、とハサンは思った。
「……確かに俺が書いたものだが、これはつまり、『今夜、夜の学校を探検するために忍び込む。マリアとソフィアも誘うつもりだから、これから女子寮に行ってくる。暇なら女子寮で待っているから来い。午後から午前に切り替わる時間までに来なかったら、置いていくから早く来い』という意味だ」
「省略しすぎだぞ馬鹿野郎! 時間の指定なんて欠片ほども無いじゃないか」
「……まぁ、そんなことは置いておいて、これから選抜学級全員で学校に探検に行くぞ」
「探検って……そんな、子供じゃないんだから……」
「マリアがさ、少しでも、楽しいって、思ってくれたらいいなって思って……」
「ハサン……お前……」
「暇じゃないなら、良いんだ。無理して参加してもらっても楽しくないだろうしな」
「いや、行く。行くよ」
「おお! ありがとう」
「それで、どうすればいい?」
「ええと……今から十分後に猫岩の前に集合だから……先に行っててくれ。ミキトとラニが何処にいるかわかるか?」
「えーと、ラニが風呂。それで、ミキトは、部屋で寝てるぞ」
「よし、わかった。便利だな、千里眼」
「そうでもないぞ……見たくないものとかも、すげえ見えるしな……」
「じゃ、俺は急いでるから、また後で」
ハサンは手を振りながらそう言うと、がちゃりばたんと部屋を出て、すぐ隣の部屋に入った。そこは、ミキトとハサンの部屋だった。
明かりを点ける。
「んぅ…………」
ミキトの声がして、布団の中で何かが蠢いた。
眩しさで、渋い顔をしながら、ミキトは起き上がった。
「まぶし……」
「ミキト!」
「ん……? どうしたんだ? ハサン」
「女子と遊ぶぞ、付いて来い!」
「えぇ? 眠いよ。寝かせてくれ……」
「マリアもいるぞ!」
「へぇ、それはよかったね、ラブラブで」
「リンやファファも一緒だぞ!」
「その二人がいるってだけで飛んでいくのはラニだけだよ」
「ジュヒもいるぞ」
「むしろ行きたくないよ。ジュヒこわいもん」
「ユーナ!」
「この間、お前がユーナはやめとけって言ったんじゃないか」
「デヴもいるぞ!」
「太ってるよ」
「ルネとソフィアもいるぞ」
「ワンダ先生は?」
「さすがに先生はいないけど……好きなのか? ワンダ先生のこと」
「いや言ってみただけだ。俺は年下が好きなんだ。ワンダ先生に興味はない」
「そうか。えーと、あとは…………キリか」
「……行く」
「え?」
「何して遊ぶんだ?」
「……ああ、探検という名の冒険だ。ていうか、ミキト、キリが好きなのか?」
「うるさいよ。まぁそんなことより、面白そうだな。今からか?」
「もちろん今からだ。五分後に猫岩の前に集合だ。遅刻したら怒られるから注意な」
「了解した。すぐに向かう」
ミキトが寝癖を直したりする為に鏡の前に立ったのを見たハサンは、
「じゃあ、また後でな」
と言って、部屋を出た。
急ぐハサンは走って大浴場の脱衣所に入る。
そこには、風呂上がりのラニがいた。全裸だった。
「ラニ!」
「え? どうした? ハサン、俺に何か用か?」
「リンとファファが呼んでたぞ。二分後、猫岩の前だそうだ」
「何だと! 本当か!」
「ああ、本当だとも!」
嘘である。呼んでやしない。
「だがハサン……それを二分前に伝えるとは何事だ! 嫌がらせか! こ、心の準備というものが出来ていないぞ!」
何という気持ち悪さ。
「とにかく、伝えたからな。二分後に猫岩の前」
「ああぁ! ようやく僕と遊んでくれる気になったんだ、二人ともぉ!」
シャツに袖を通し、神にでも祈るように、天井に向かって手を伸ばす半裸のラニだった。
ハサンは、三人の男たちに必要なことを伝え終えると、再び真っ暗な空に向けて飛び立った。
■準備その三 マリアの探検セット
がたがたと、部屋の中の物を動かすマリア。何かを探しているようだった。
「マリア……? 何してるの? 待ち合わせの時間になっちゃうわよ?」
「ああ、ソフィア……ごめん、先に行っててくれていいよ」
「え? どうして……」
「ちょっと、探し物……あ、あった。じゃじゃーん! 探検セットー!」
「えっと、マリア……? 何……それ……」
あまりに子供っぽいマリアの言動に、ソフィアの表情は引きつっていた。
「ふふふ……これはね、探検に必要な七つ道具だよ」
「七つ……?」
「トランシーバーでしょ、サバイバルナイフでしょ」
「待った、刃物はダメ」
「えー、六つになっちゃう……」
「ダメなものはダメ」
ソフィアはナイフを取り上げて、自分の横に置いた。
「……あと方位磁針と、非常食の乾パン」
「何処に探検に行くつもりよ? というか、この乾パン賞味期限十年以上過ぎてるわよ?」
ソフィアは乾パンを箱の中に戻した。
「……それから、Sセット」
「何それ」
「ロープとライターと蝋燭」
「何でSセットなの…………って……バカマリア!」
マリアの頭部を、ソフィアが叩いた。
「痛い……何するのよ、ソフィア」
「火気は没収! ついでに蝋燭も」
「ひどい……」
「このロープもボロボロじゃない。こんなの役に立たないわ」
Sセット壊滅、ソフィアに没収された。
「次は、これ。杖!」
「素敵なステッキね」とソフィアがすかさず言った。
「……持って行くのやめるわ」
「ちょっ……私のせい? 今の私の発言が悪いの? ねぇ」
マリアは無言で色あせたステッキを箱の中にしまった。
「……あとは……あと一つは……何?」
マリアがソフィアに訊いた。
「私に訊かれても……」
「何か忘れているような……」
「ねぇ、マリア。水を差すようで悪いんだけど……方位磁針、壊れてるわ」
「あ……本当だ……ぐるぐる回ってる……昔はこんな風にはならなかったのに……」
「こんなにぐるぐる回って、疲れないのかしらね」
「この子は、自由なのかな……。それとも、望まない労働を強いられているのかな……」
「どうでもいいわ。そんなこと」
「…………」沈黙するマリア。
「あと、トランシーバーさ、一個だけだと意味ないよね、マリア……」
「あ、ほんとだ……誰とも繋がれない……こんな古いもの、誰も持っていないだろうし……」
「七つ道具、全滅ね……」
「うん……」
「あれ? でも、六つしか出てないわよ? ステッキと、トランシーバーと、ナイフとSセット。それから乾パンと方位磁石……。あと一つは……?」
「……さあ、忘れた」
「マリア。今、何隠した?」
「え?」
「うしろの手に何か隠したでしょう?」
「隠してない」
「見せて」
「やだ」
「見せなさい!」
「やだ!」
「この……っ、力づくでっ!」
マリアが超能力を失ってしまった今、力の上ではソフィアの方が圧倒的に上だった。ソフィアが、ぐっと念じると、マリアの手が開き、パラパラと乾いてカサカサになった緑色の物体が落ちた。
マリアは、右下に視線を落として、申し訳無さそうにしている。
「何これ……葉っぱ?」
「え……」
「ん? 何よ、マリア。そんな悲しそうな顔して」
「憶えて……ないの……?」
「あ、もしかして、あのときの……草の冠……?」
「うん……ソフィアがくれた勇者の冠……」
それは昔、はるか昔。幼い頃、ソフィアがマリアのために作った草の冠だった。
「バカね……何でそれを隠すのよ」
「こんなボロボロにしちゃって、ソフィアに怒られると思って……」
「子供か、あんたは」
「……ごめん、ソフィア……私、あの頃に、戻りたくて……大人になりたくなくて、卒業なんて、したくなくて……」
「気持ちは少しだけ、わかるよ。私も、皆と別れたくはない。だけど、『P計画』を進めることが、この学校に入った者の義務だから……」
「うん、わかってるよ……」
マリアは両の目に涙を溜めながら、そう言った。
「あ、やばい。もうこんな時間、早く猫岩行かないと遅刻よ。ジュヒにネチネチ言われるわ」
「うん。ジュヒに文句言われないように、急ぎましょうか」
「探検七つ道具は? 持って行かないの?」
「一つだけ持って行くわ」
「どれ?」
「勇者の冠」
「どこにも見えないわよ?」
「バカには見えない冠なのよ」
立ち上がった二人は笑いながら部屋を出る。
扉は開いて閉じられた。
■準備その四 噂
女子寮と学校を繋ぐ一本道の途中に、猫の形をした大きな岩があった。生徒達の間で猫岩という名称で親しまれているその岩で、十三人は待ち合わせていた。
猫岩によじ登るリンとファファは、先に登っていたユーナに気付いた。ユーナの方も二人に気付いたようで、妖しい笑いを浮かべた。
「実はうちの学校って、墓の上に建っているらしいよ?」
ユーナがそんなことを言ったとき、リンが明らかに恐怖の表情を浮かべた。
「え、じゃあ……出るの……?」
「何が出るの? リン」
「そんなの決まってるよファファ! オバケ! オバケに決まってるじゃん!」声を荒げるリン。
「出るかもね」ニヤリと笑うユーナだった。
その時、デヴの声が遠くからきこえてきた。遠くからでもよく響く、良い声だ。
「リンー! ファファー! 降りて来なさーい」
「あ、リン、皆もう集まったみたいよ? デヴが呼んでるわ」
リンは答えない。ファファの言葉にさえ答える余裕のない、凍りついた表情のリンがいた。
「大丈夫よ、リン。オバケなんて非科学的なもの存在しないわ。もしいたとしても、皆がいるのよ? 絶対撃退できるよ」
「う……うん……。あ、ちがうよ。怖がってなんかいないよ!」
強がっていた。