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P計画  作者: 黒十二色
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第33話 破綻 -2- ジュヒ視点

ジュヒ視点

 超能力者が、その能力を失う原因というものは、わかっていない。

 高齢によって能力を失う者も居れば、突然に失う者も居る。

 統計の割合から見ると、二十代前半が最も多く、十代後半がそれに次ぐ。


 あのマリアが、能力を失ったらしい。

 あたし(ジュヒ)よりも優秀で、圧倒的で、最も強い能力を持っていたマリアが。


 ……いい気味だと思った。


 だけど、戻ってきたマリアが教室で涙を流し続けるマリアが放ったたった一言を、あたしはどうしても許すことはできなかった。


「もう、生きてる意味、ないよ。死にたい」


 そのマリアの呟きが、許せなかった。どうして、そんな言葉を吐けるのか?

 あたしは見てきたんだ。幼い頃から、死にたくないのに死ななきゃならない人を。


「あまったれんな!」


 だからあたしは、マリアの頬を思いっきり引っ叩いた。


「いたい……」


「能力が無いから何? そんなことで死んでどうすんのよ! もうすぐ二十歳になるんでしょ! とっくに大人でしょ! 死にたくなくても死んじゃう子がいっぱいいるのに、自分から死ぬなんて言うな! クソ女!」


 そんなことを言いながら、あたしは、昔の事を思い出していた。


  ☆


 あたしは昔、「世界で一番汚れた地」と呼ばれる場所に住んでいた。その場所では、突然人が死ぬなんてことはありふれていて、しかも、その殆どが苦しみながら死ぬんだ。


 その死んでいく人々は、必ずと言って良いほどに、言うのだ。


「――死にたくない……」

「――もっと、生きたかった……」


 ……地獄だった。


 あたしの父も母も医者で、とても立派な人だったから、その汚れた地の人々の体を治しに移住して、診療所を開いた。あたし達家族の他にも、世界中から医者が集まって来て、その場所の学校と呼べるような施設には、体に異常を持った人と、そうでない人の二種類が暮らしていた。


 子供(ガキ)は、馬鹿だ。


 だから、その地で、世界を汚染させるような兵器の直撃を受けた者であるとか、そうでないとか、関係なく、自分と違う者を排斥する。


 子供達は簡単に二つのグループに分かれ始めた。その時に権力を握ったのが、後から入ってきた子供達だった。あたしも含める「汚れていない子供」と呼ばれる子供達だ。理由は、健常で五体満足な人間が多いからだった。それは、侵略だった。異民族の侵略と言って良いものだった。


 あたしは、もう一度、二つのグループが一つになる方法を探した。


 そして、その学校の一番の権力者になるのが最も効果的な方法だと確信した。


 子供世界での最高権力を手に入れ、大人を味方につけたあたしは、恐怖政治を敷き、皆に恐れられた。それでも、汚れていない子供達から、汚れている子供達に対する差別や偏見は、なくならなかった。


 それどころか、元々医者の子供たちが多いわけだから、そういう輩はエリートの子供というだけあって頭が回る。汚れていないとか言っている汚い連中は、あたしに知られずイジメをする方法を次々と編み出そうとした。


 あたしはそれを許さなかった。


 全て見破って、殴ってから大人の前に突き出してやった。


 当時のあたしは、どんなに小さなイジメでも見逃すことの無いように、(まばた)きすら惜しんでいた。


 そういった経緯もあって、あたしは、こんな言い方をするのは本当は嫌なのだが、……汚れている子供達の方と、とても仲が良かった。


 どれほど大人ぶっていても、当時のあたしは子供でしかなくて、死というものがどんなものなのか、全く知らなかった。


 そして、その時は来てしまった。


 最初に倒れたのは、三番目に仲が良い女の子だった。


 血を吐いて、倒れて、


「嫌だ、もっと……生きたい」


 そう言った後、何も言わなかった。あたしは、言葉が出なかった。色々な感情が渦巻いて、結局よくわからないまま、


「こわい……」


 と言った。


 次に倒れたのは、一番仲が良かった男の子だった。


「苦しいよ、助けて……死にたくない。だけど……ジュヒ……殺して……」


 その時、あたしの超能力は目覚めた。思念波を飛ばして、父親を呼んだのだ。


 あたしは、死の直前の苦しみというものがどのようなものか知らない。本当に殺して欲しいほど苦しいのかもしれない。だけどそれでも、あたしはその子を殺すことはできなかった。好きだったんだ。


 結局、父が来た時にはもう、その子は死んでしまった後だった。


 そんな風に、汚れた子達は次々と死んでいった。


 いつの間にか、最高権力を持っていたはずのあたしは、恐れの対象から同情の対象に成り下がっていた。それでも、孤立してでも、一人でも仲間はずれになってしまっている人の為ならと思って、頂上に名実ともに君臨し続けた。


 いじめる生徒いれば、駆けつけて糾弾(きゅうだん)し、いじめられる生徒いれば、いじめられるような原因を無くすために性根から鍛え直した。


 やがて、逆らう者もいなくなり。あたしは、その、世界で一番汚れた地の中に、一つの子供の国を作ってしまった。


 誰よりも頭が良く、誰よりも強く、誰よりも人格的に優れている。そんなあたしが、全世界から選抜された超能力的才能が集まる場所に来るのは当然だと思った。あたしは、惜しまれながらも汚れた地を後にして、この学校に入った。


 あたしは、この学校でも最上の地位を手に入れるつもりでいた。未だその野望は果たされていない。それどころか、超能力者の、つまり人間の最高峰とも言える超能力学校の中にも、あたしが憎んで根絶したはずのイジメや差別が根付いていて、理想の実現には程遠い。


 あたしは、この世界を争いのない平和な世界にしたいのだ。誰かが誰かを憎むなんて狂っている。だって、人の命は有限なのだから。


  ☆


「でも……」

 マリアは、あたしの言葉に対してそんな煮え切らない言葉を発した。


 あたしはどう考えても正しいことを言っているのに、この女にはそれがわからないのか。


「ジュヒ、落ち着けよ」

 ラニとかいう奴が、そんなことを言った。


「嫌。誰が落ち着くもんですか。この際言いたいこと言わせてもらうわ。あたし、マリアのこと嫌いなのよ」


「何でそんなこと言うんだ! ジュヒはいつも輪を乱す人は嫌いって言うけど、いつも一番輪を乱してるの、ジュヒじゃないか」

 と、馬鹿なハサンが言った。


 どいつもこいつも、やっぱりマリアの味方をする。


「うるさい、バカ!」言い返す。


「確かに、トラブルメーカーだな」

 ラニとかいう最低のトラブルメーカーにそんなことを言われた。


「うるさい、ロリコン!」言い返す。


「ジュヒ!」


「あ……ソフィア…………」


 生徒の中で一番高い地位にいて、皆からも認められているソフィアが、あたしを、叱ってきた。


「いい加減にしなさい! 皆に謝って」


「だって……」


「貴女の気持ちもわかるわ。『死にたい』なんて口にしたことも許せないわよね」


 ソフィアはそう言いながらも、マリアの肩に手を置いていた。つまり、この女も、マリアに味方しているのだ。


 いつもそうだ。結局のところ、校長の娘であるマリアとかいうクソ女を中心にしてこの学校は回っているんだ。腐ってる。そう思う。


 あたしは、この場所では少数派で、軍団を形成している奴らの意見力に敵うはずがない。


 だけどあたしは、マリアとは違う。権力ではなく実力でその頂上の座を奪ってやる。


 マリアも、その取り巻きにも、あたしがどれ程の数のどうにもならない悲しい死を目の当たりにして来たか、わかるはずがないんだ。だからこそ、簡単に「死にたい」と言ったマリアを、許す事は出来ない。殴ってでも謝らせてやる。


「そうだな、悲しい死を多く見てきたジュヒにしてみたら、許せないかもな」

 と、ラニが言った。


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。けれど、聡明なあたしは、すぐにラニの言葉の意味を理解する。


「ラニ。何で知ってんの? あたしの、過去」


 ここに最低な男がいた。この男こそ、この学校に居る価値が無い。


 しまった、という顔をしている。


「覗いたの?」


 他人の過去を視る。もしかしたら、そういうことをしているんじゃないかと疑ったことがあったが、まさか本当に過去視の力を悪用していたなんて。万死に値する。


「ごめん! 覗くつもりじゃなかったんだけど……」


 けれど、皮肉なことだけど、もし本当にあたしの過去を覗いたんなら、あたしのことを一番理解できる存在でもあるのかもしれない。


「……覗いたんならわかるでしょ! どれだけマリアが自分勝手なことを言ったか……」


 マリアは、「だけど……もう死ぬしか……」なんて、まだめそめそしている。

 そんな姿を見て、あたしは本当に腹が立った。はらわたが煮えくりかえるとはこのことをいうのか。


「何で死ぬなんて言うのよ!」


「だって……」


 そこでソフィアがパチンと手を叩く。まるで催眠でもかけるように、手のひらを打ち鳴らした。


「マリアもジュヒも、もうやめなさい。お互い謝るの。ごめんって」


 ソフィアがそう言って、あたしとマリアのわけのわからない言い争いを仲裁しようとした。


「ごめんなさい……ジュヒも、皆も……」マリアが謝った。


 だけど、あたしは――。


「あたし、謝らないわ。何も悪いことしてないし、言ってないもの」


 そう言ってやった。


 言ってやったと思った。勝った気分になった。その時だ。あたしの顔が、あたしの意思に反して動いた。鈍い音が、耳に響いた。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。何故だか痛みが無かった。


 引っ叩かれたのだと理解するまでに、数秒かかった。


 あたしを叩いたのは、何と……デヴだった。あの温和なデヴが、暴力を振るったのだ。


 シンとした。


「叩かれないと、わからないみたいだから、叩いたわ」


 呆然としていた。何も言い返せなかった。


「ジュヒは、いいとこいっぱいあると思う。なのに、長所磨かないで、短所ばっかり目立ってる。勿体ないなって思う。あたしに無いものいっぱい持ってるのに、磨いてくれないのが、なんていうかな……悔しいのよ。お願いだから、自分とちゃんと向き合ってよ。他人に暴言吐いてる場合じゃないでしょ」


「な……何よ、ブタおん……な……のくせに……」


 ボロボロと涙をこぼしながら、あたしは呟くように暴言を吐いた。


「ねえ、私も叩いていいかな。さすがに今のは許せないな」ユーナまであたしを責める。


 駄目だ。駄目だ。


 四面楚歌だ……。


 これじゃあ、どう考えてもあたしが悪くて、こんなふうになって、やっと気づいて、恥ずかしくて、謝るしか、ない。


「デヴ、ユーナ……ごめん……なさい……皆……ソフィアもハサンも……マリアも」


 するとマリアは首を横に振って、


「いいの。私、確かに甘えてた。本当は、死にたくないのに、皆に私の悲しみを知ってほしくて、だからきっと、『死にたい』なんて言っちゃったんだと思う。そうよね……生きたくても生きられない人が、いるんだものね……本当の意味でそのことを、私はわかっていないのかもしれないけど……ジュヒが言った暴言よりもずっとずっと暴言よね……ごめんなさい」


 あたしはもう、何も考えられなかった。


 ただ、自分が悪いんだという確信があって、能力を失ってしまったマリアの気持ちを全く考えていなかった自分に気付いてしまって、それがショックで、思考を停止した。


 そのとき、ふと、気付いた。


 思えば、マリアだけじゃない。この超能力学校に来た最初の瞬間から「こいつらはあたしとは違う」と自分に言い聞かせて他人と接してきた。


 それは、おかしなことだったと思う。


 ――あたしは、自分勝手だった。


 ようやく、その事に気付いた。


 でも、どうしよう。これからどうすればいいのか、よく、わからない。


「さ、ボサっとしてると、ワンダ先生の授業に遅れるわよ。次音楽室でしょ。行きましょう!」


 ソフィアがいつものように、号令をかける。そしてそれに皆が続く。


 ――あたしは、いまさら、「皆」の中に入れるだろうか。


「よし、急いで空飛んでいくぞ!」


 ハサンが言って、涙を拭い続けるマリアを抱えて窓から外に飛び出して、最短距離で音楽室へと向かった。それを、何だかひどく新鮮な目で見ているあたしがいた。


 サヨンとラニが歩く。そのすぐ後ろを、あたしが歩く。右横にはデヴがいた。


 デヴは、あたしを殴ってしまった負い目からか、少し申し訳無さそうな表情。


 最後に、教室に残っていたユーナが、皆が音楽室へと移動したのを確認して、教室の明かりを消して、廊下に出た。


  ☆


 後になって、あたしは思う。


 ――何であたしはあの時、あんなに怒ったんだろう。


 きっと、あたしは、マリアに強くあって欲しかったんだと思う。マリアのような圧倒的な強さと能力に本当のところは憧れていたんだと思う。


 だから、あんなマリアの弱った姿を、許すことができなかったんだ。


 あの日の夕方、マリアの能力の消滅と関係があるのかどうかはわからないけれど、白くて冷たいものが空から降って積もった。


 雪と呼ばれるものらしい。


 私は雪が冷たいことを知った。


 雪が降り続く風景は、とても綺麗で、見たことがないはずなのに、何だか懐かしさのようなものを感じた。


 ――あたしは、今まで何をしていたんだろう?


 この学校に来てからのあたしは、あたしらしくなかったな……。


 マリアの心の氷と共に、あたしの心にかかっていた呪いのようなものも、溶けたような気がした。





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