第32話 破綻 -1- マリア視点
マリア視点
何の変哲もない、ある日の授業中だった。
二つのグループに分かれて行われる授業があった。
音楽だった。
ワンダ先生が、思いついた顔で、
「二つのグループに分かれて対決しましょう」
と言い出したことから始まったもので、もう何週間か、交互に音楽室を使って練習するという流れだ。
教室にいる時は、自習なのだが、ハサン以外全員が、真剣に授業に取り組む人が揃ったので、自然に音楽についての話し合いが、デヴを中心に行われた。
教室にいたのは、私、ハサン、デヴ、ソフィア、ジュヒ、ラニ、ユーナの七人。
残りの六人、ミキト、サヨン、キリ、ルネ、ファファ、リンは、音楽室で楽器の練習をしているらしかった。遠くの音楽室から、全く足並みの揃わない、不協和音のような音色が微かに聴こえてきていた。
その時、デヴの机から、消しゴムが落ちたのが見えた。デヴは、それに気付いていない様子だったので、私は、念動力で、それをデヴの机の上に密かに戻してあげようとした。
ところが、軽いはずの消しゴムは、全く浮き上がることなく沈黙している。
――何故?
もう一度、精神を集中してみる。
動かない。やっぱり動かない。びくともしない。
どうして?
背筋が凍るような感覚だった。
まるで、お父さんが大事にしていた高級なお皿を意図せず割った時のような、そんな感じだ。
できれば、誰かに暴かれるまで隠しておきたい。だけど私は、隠し通せる立場にない。
……なくしてはいけないものを、なくしてしまった。
本当になくなってしまったの?
だとすれば隠したい。
でも、なくなったなんて、そんなの信じたくはない。
何秒間も、その浮き上がらない塊を見つめたまま動けないでいる私の心と体だった。
隠したい気持ちと、確かめたい気持ちが、せめぎ合った結果……後者が勝った。
私は、何も言わずに教室を飛び出して、階段を飛び降りるように駆け下り、昇降口を抜けて校舎の外へ。中庭に出た。
視界の端で、窓から身を乗り出して、心配そうに私を見る皆が見えた。
何か私に呼びかけているようだったが、そんな声は聴こえない。
――最大限の精神集中。
私は、大きな氷の塊を生み出そうとした。
しかし、氷どころか水さえも出て来なかった。
小さな氷柱を生み出そうとした。
何も出て来なかった。
「嘘だ。こんなわけない。こんなこと……あっちゃいけない……」
私は、誰かに向かってそう言った。
小さな小さな氷の塊を作り出そうとした。
何も出て来なかった。
私は、両手両膝を地面について、泣いた。
「何で? 何で出来ないの……?」
私は、超能力と呼ばれるものを全て失っていた。
理由は全くわからない。
とにかく、私が氷を造れないということは、『M計画』が破綻するということだ。私は軸なんだ。私が居なければ計画は回らないんだ……。
「どうしたの? マリア様……」
心配そうなリンの声がした。
「マリア……もしかして……」
ハサンの声もした。
二人で、空を飛んで、中庭に降りてきたようだ。
私は正直に言うしかない。
「出ないの……氷が……出ないのよ……どうしよう……これじゃ、世界……救え……ないよ……」
誰も、何も、言わなかった。