第30話 ルネとファファ キリ視点
キリ視点
ルネが完全に心地よい眠りに就いたすぐ後に、ファファが起き上がった。
私の催眠の力なんてまだまだこの程度なんだ。ワンダ先生に意見できるような立場じゃないのかもしれない。
「夢じゃ……ないんだよね……」
私の言葉に、デヴが「ええ」と呟いた。
ファファは落ち込んだ顔で、
「私……取り返しのつかないこと――」
そう言いかけたが、私がそれをさえぎった。
「ううん。取り返しのつかないことなんてないよ」
取り返すも何も、何ひとつとして失ってはいないのだから。
確かにファファは、大変なことをして、皆に精神的苦痛を与えてしまったかもしれない。だけど、ファファ自身にそんな風に思われたら、ルネが隕石を跳ね返した意味がない。瞬間移動のような能力で、デヴとマリアを助けたリンの勇気の意味がない。
「……でも…………」
ファファの記憶は、ワンダ先生が言うように消してしまうべきなのかもしれない。だけど、催眠で人の心や気持ちを操るのは、最低最悪の行為だ。私が一番好きな恋愛小説の中にもそう書いてあったはずで、その作者は、ワンダ先生のはずなんだ。
「ファファが反省してるなら、何の問題もないわ……謝って、本当のことを全部話して、それでおしまい。わかる?」
リンの頭を膝の上に乗せたデヴがそう言うと、ファファは、
「それで……本当にいいの?」
と言って、泣いていた。
「……ファ……ファ?」
リンも目覚めたようだ。起き上がり、布団の上に座る形になる。
布団の上には、四人。リンとファファ、そしてデヴと私がいた。
「あ…………リン……」
ファファは目を逸らしてしまう。
それでもリンは、無理して笑うのをやめない。
「よかった……いつものファファに、戻ってる……」
「いつもの、私……?」
「うん……」
「リン……ごめん、私、嘘吐いてた。本当は人まで殺してしまっていたのに……」
「それでも……嘘のファファでも、過去に罪があっても……僕はファファのこと好きだよ」
「リン…………」
「別に、ファファのこと責めるつもりじゃなかったんだ。だけど、僕が追い詰めてしまったようなもので、だから……僕が謝りたいんだ。ごめんファファ。辛い思いさせてしまって……」
「私は、ここにいても……いいの?」
「うん」
リンはそう言った。
「当り前でしょう!」
デヴは二人に近寄り、その大きな体でリンとファファを抱きしめた。
取り返せない罪だって、ある。
ファファは、罪を忘れることなく抱えて生きるだろう。
それで十分罪の償いになるかと言えば、やっぱりそんなことは無いんだろうな。
これからの日々が、ファファにとっては大切だ。ファファには、たくさんのものを殺してしまえる力もあるけれど、たくさんの人々を助ける力があるんだ。
「二人とも、無事でよかった!」
歌で鍛えているだけあって、デヴの声量はすごい。教室を震わせるくらいに大きな声だった。
ファファは、ぼろぼろと涙を流し、そして、
「おかあさん!」
と言って、デヴのやわらかいお腹に顔を埋めた。
☆
それから……ファファは少し変わった。
星の危機まで生み出したファファの能力は、事件以後、格段にレベルアップしたらしい。以前は、青龍刀以外、はっきりとした形で生み出す事はできなかったのだが、だんだんと正確な形に近付くようになった。もしも自由自在に物質を生み出したり消したりすることが出来るようになれば、P計画は確実に加速する。
たくさんの命を救うことができる。未来を救うことができる。そういうはっきりとした可能性になった。
ファファの事件のその後について、私、キリの口から、少しだけ語ろう。
皆に謝ったファファを、誰も責めることはなかった。
何事も無かったように……とはいかないものの、誰も咎められることなく、日常が再開されたように思えた。もちろん、ファファの事件がある前と後で変わってしまったこともあったのだが……。
リンとファファは、離れることなく、いつも一緒にいる。デヴにべったりくっついて行くのが相変わらず可愛い。マリアとも以前より仲良くなったようで、本格的に軍団マリアと呼べる集団となった。
ただ、事件以後、ルネがしっかりと起きてくれないのが心配だ。あれほど好きだった美術の授業になっても起きない。描きかけのルネの絵に落書きでもしたら起きるんじゃないかという極悪な考えが頭をよぎったが、私が犯人だと知ったルネに大気圏の外まで吹き飛ばされたくはないので、やめた。
しかし、起きないとは言っても、して欲しいことを寝言で言ったり、寝ながら食事をしたり、寝ながら用を足したりすることができるようになったらしく、そういう意味ではルネもレベルアップしたのかもしれない。手が掛からなくなってしまって、かえって私には物足りないかもしれない。ただ、眠っている状態で頬を引っ張ったとき、怒ったり、笑ったりするようにもなって、少し楽しい。
ルネが目覚めなくなってしまったことで、気に病んだのがファファだった。「自分の所為でルネが目覚めないんだ」と言って、ルネの世話を手伝うと言ってきた。ファファが来るということは、リンも来るということで、二人が来るということは、デヴも来るということ。となれば、当然マリアと話す機会も増えるのだ。
気付けば私とルネは、すっかり軍団マリアの一員になってしまった。それが少し、うれしかったかもしれない。
ソフィアが、「キリをマリアに取られた」と言って嘆いていたけど、私は元々ソフィアの所有物じゃない。
――そんな風に思えるようになった。
これからは、キリっとできそうだ。
もう、ソフィアに「キリっとしなさい」なんて言わせてあげないんだ。




