第29話 これは夢、きっと夢 ファファ視点
ファファ視点
私は眠っていた。
だけど、脳は眠っていなかった。むしろ起きている時よりも活発に動き、この世界を滅ぼす方法を考えていた。
誰かに操られているわけじゃない。私は、ファファという人格は、破滅を目指していた。
そして、私は、最大級の災害である、隕石の落下をイメージした。
この星の四分の一ほどの大きさの巨大で歪な塊を何も無い場所から作り出した。
――全ては私の夢の中。
その中で、この星は滅ぶんだ。そして、誰も辛い思いをしない天国が、私達を待っているんだ。
私は眠っているはずなのに、皆の姿が見えた。
まるで幽体離脱して、自分の姿を客観的に見るように、私の意識は宙に浮いていた。
「どうしよう、どうすればいいのよ」
あのソフィアが慌てている。何故だろう。
私は、空を見た。
そこには、私がイメージした歪な形をした巨大な塊があった。
「逃げよう!」と、ハサン。
「どこに逃げ場があるっていうのよ! 空飛んだって無理よ!」
マリアは怒るようにして言った。
その時、開いた扉から、ハウエル先生と、ユーナが入ってきた。
「ハウエル先生! アレは……何ですか!」と、ワンダ。
「あれは……隕石じゃ」
老人は深刻ぶった口調で、当たり前のことを言った。
「それは見ればわかります!」
「おそらく……ファファの無から物質を作り出す能力で創り出されたものじゃろう……。この星に接近するあれほど巨大な天体は、今まで一つとして無かったのだから……」
ハウエルは諦めたような口調でそう言った。
「あれを、何とかする方法は?」ソフィアが訊くが、
「現状では不可能じゃ」即答するハウエル。
「生き残る可能性は?」ユーナの質問には、
「聞きたいか?」ハウエルは質問で返した。
そして、ようやくラニがバルザックを連れてやって来た。
「生き残るために必要なことは何だ? 生き残る可能性を生む方法は?」
バルザックの渋い声が響いた。
「……聞きたいか?」また同じように、ハウエルは質問で返す。
「聞かせたくないのか?」
バルザックは英雄らしい勇ましい目でハウエルを見据えた。
「生き残る可能性を生む方法。一つ目は、ファファが目覚め、隕石を分解すること。二つ目は、隕石の破壊で、被害を小さくすること。三つ目は、これは最悪の場合だが……あの隕石を生み出した者の命を奪う事……現代のどのような兵器を用いても、あの巨大すぎる物体を被害がゼロとなる大きさにまで破壊することはできない。あのような質量を持った物質が落ちたら、少なくとも今地上に居る人間は全滅だ」
ハウエルは無表情でそう言った。
――ああ、私、殺されるんだ。仕方ないよね。
実験され続けるよりいいよね。
「今、ファファを起こすのは危険ね」
「そうだな、ワンダ。危険だ。しかし起こさないことには……」
ハウエルが呟いたその時、教室の窓際最後尾で物音がした。
今までずっと眠っていたルネが、ぱちりと目を開いた音だった。
「ル……ネ……?」
ルネの一番近くにいたハサンが、ルネの様子もおかしいのに気付いて呟いた。
なおも大きくなる隕石。超高速で近付いてくる。
その物体に太陽の光も遮断され、薄暗くなった世界。
摩擦音がする。幾重にも張られたこの星の防御壁を次々に破るゴッゴッゴッという身体が震えるような轟音が鳴り響く。
隕石が大気圏に入ったようで、空気との摩擦熱で隕石が赤く色付き、夕焼けの中にいるようだった。世界が赤みがかる。それは、終わりの風景のように思えた。
ルネは自分の手でガラリと窓を開き、そこから中庭に向かって飛び降りた。教室は校舎の四階にあった。一瞬の出来事だった。いつもの緩慢な動きからは考えられない俊敏さ。それは、まるで獲物を狩る時のネコ科の動物のようだった。
「あぶねえ!」
叫んだハサンが、頭から落下するルネを空中で捕まえ、中庭の中心まで飛んで緩やかに着地する。ルネの茶色い髪の毛が、ふわりとした。
「どうした? ルネ」
語りかけるハサン。しかし、ルネは応えない。何かをぶつぶつと呟いている。逆立つルネの髪の毛。
そして、ルネは両腕を天に向かって伸ばした。
ルネを中心に、強風が巻き起こり、
ルネはボンヤリとした光に包まれた。
「うあああああああああああ!」
叫び。神々しさに、誰もが言葉を失っていた。
ルネを包む光と同じ色の光が、落ちてくる隕石を包んだ。
「ああああああああああああああああ!」
高く大きな叫び声が響く。ルネは、なおも大きく口を開ける。
「ああああああああああああああああ!」
明らかに、隕石の動きが止まった。
「りゃああああああああああああああああああああああああ!」
そして、そして、一気に遠ざかっていく。
「飛んでけぇ! そらの果てまでぇぇえええええええ!」
叫びを終えたルネは、脱力し、倒れそうになったところをハサンに支えられたが、すぐに膝をついた。
ハサンは、空を飛んでみんなの居る場所に戻ろうなどということも考えられないほどに呆然としていた。
ハサンだけではない。
完全に隕石が見えなくなるまでの数分間、誰も、一言も喋らなかった。
まるで夢を見ているようだ……といった表情で、ルネを見つめたり、空を見つめたりしていた。
「ハサン! ルネを連れて戻ってきて!」
長い長い沈黙を破ったのはワンダ先生のそんな言葉だった。
「あ、はい……」
ハサンは、ふわりと宙に浮かび、ぐったりとしたルネを、ワンダに渡した。
「ルネ、ルネ……? 大丈夫?」
ワンダがルネの頬をペチペチと叩いてみる。薄目を開けるルネ。
「ふふ……、この程度のこと……私にとっては寝返りを打つようなもの……」
そう言ったルネは、苦しそうに咳を一つ吐いた。
キリは、ワンダ先生からルネを奪い取るように抱き寄せた。そして心配そうに彼女の名を呟く。
「ねえ、キリ……私、ずっと眠ってた意味がやっとわかったよ……。こうやって、世界を救うためだったんだね……」
そしてルネは、静かに目を閉じる。
「ルネ! ルネ! どうしたの? ルネ! まさか……そんな……」
頬をつまんでみる。
額を斜め三十度から叩いてみる。
しかしルネは目を開けない。
「嘘でしょう? ルネ! ルネってば!」
額を何度も叩くキリ。すると、
「あぁ。うるさいわね! 眠いんだから寝かせてよ!」
ルネはそう言って、また目を閉じた。
「あ……よかった……ルネ…………」
ルネを抱きしめるキリは、安心の涙を流していた。