第24話 氷解 マリア視点
マリア視点
きっと私は、本当は死にたくなかったんだと思う。
死ぬのはこわくて、ずっと一人で怯えていたんだと思う。
誰に言う事もできずに、一人で……。
でも、またソフィアとハサンに、助けられてしまった。
ずどん!
校長室に、鈍い音が響き渡った。
「この、不良が! またマリアを連れまわしおって!」
「はい! ごめんなさい」
「謝るくらいなら最初からマリアに近付くな!」
どごん!
校長でありながら、生徒を殴る私のお父さん。大昔だったらきっと保護者からの苦情が殺到したに違いない。私のこととなると周りが見えなくなってしまうらしい。
「やめて、お父さん!」
「また止めるのか、マリア。こんな男のどこが良いんだ」
絶望したような顔をするお父さん。どこが良いとか……そういうことじゃ……ないんだけどな。ただ私の大切な、幼馴染だから……。
皆にお願いして、お父さんには、『M計画』のことを黙っておいてもらうことになった。もちろん、期限付きで。卒業する時に、お父さんにも私の最大の秘密を話すんだ。きっと、びっくりするだろうな……。きっと、怒られるんだろうな……。
ジュヒともキリとも仲直りした。
皆は、私のために、『M計画』を潰そうと言ってくれた。そして、新しい『M計画』を作ろう、とも。マリアが死なない方法を、皆で考えるんだ、と言ってくれた。
私達、選抜学級の生徒全員が一丸になれば、きっとできないことなんてない。私は皆を信じることにした。
私は、私が死なない方法で、世界を救うんだ。そのためには、卒業まで残された時間で、もっともっと努力しないといけない。
ハサンにも、ソフィア達にも迷惑をかけたんだ。恩返ししなくてはならない。そして、生き残って、お父さんにも恩返しを……。
「ふん、ハサンなど殴る価値もない。マリア、もっと殴り甲斐のある男を連れて来い」
散々殴っておいて、それはないんじゃないかな。
「お父さん、もう帰って大丈夫だから……」
「そんな、わが娘マリア……久しぶりに会ったのに冷たい……」
「ええ、私、お父さんの知らない間に、冷たい女になっちゃったの」
悪戯っぽく笑いながら、私はそう言った。
「ハサン! 貴様のせいか!」
「お父さん、やめてってば」
「マリア……また、『お父さん嫌い』なんて言うのか……?」
昔それを言った時、お父さんは全ての仕事をキャンセルして、私に好かれるための計画を立てて、必死にそれを実行したから、私にとっては禁句だ。お父さんにとってもよほど大きなトラウマになったのだろう。私に「嫌い」と言われるのを震えるほどに恐れていた。
「おとうさんきらい」
私は、悪ふざけのつもりでそう言った。
「そん…………な……!」
突然、何かのスイッチが入ってしまったかのように表情を点滅させるお父さんがいた。
やばい、と思った。
「ご、ごめん、お父さん、冗談……」
「マリアが……マリアが……私を……嫌い?」
耳に入っていないようだった。
これ以上刺激してはまずい気がする。どうしよう。
「マ……マリア……教室……帰ろうぜ……このまま居たらまた……」
ハサンがそう言う。
「ハサン! また貴様だな! 貴様がマリアにそう言えと脅したんだな! そうなんだな!」
「お、お父さん、また、また来るから!」
私は、慌ててハサンと一緒に校長室を出て、教室へと走る。
ああなってしまったお父さんが少し心配だ。だけど教室に向かう私が、一番心配しているのは、今までの氷の鎧を脱ぎ捨て、真の姿になった私を知ったデヴやリンやファファが、離れていってしまわないかどうかだ。
何となく、胸の中にあった大きな不安が、すっと溶けてしまったような気がした。