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P計画  作者: 黒十二色
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第23話 M計画 -4- ハサン視点

ハサン視点

「いい加減にしなさい!」


 窓際の後ろから二番目の席の机を叩いて、ジュヒが叫んだ。


 責められているのは、ジュヒが叩いた座席に座る女子。キリだった。珍しい光景だ。


「いじめられたんでしょ?」


「いじめられてない!」


「本当のことを言いなさい!」


「いじめられてない!」


 キリは、頑として否定しかしなかった。


「嘘でしょう? 昨日、マリアに呼び出されてたじゃない! その時に何かされたんでしょう!」


「何もされてない!」


 キリもジュヒも頑なだった。


「ふざけんな!」


 ジュヒはキリの制服の襟を掴んで無理矢理吊り上げるように椅子から立たせた。


「ジュヒが言うようなことなんてなかった。マリアとは、他愛の無い雑談をしていただけ!」


「いじめられたんでしょ!」


「絶対にいじめられてない!」


 どう見てもいじめているのは、ジュヒのように見えるんだが、気のせいだろうか。


 しかし、そんなことを言って、俺に怒りの矛先を向けられても、俺には事情がさっぱりわからないので、どうにもならない。だから何も言わずにその光景を見ているしかなかった。


「キリは、泣いてたじゃない!」


「泣いてない! 泣いてなんかいない……泣く理由が……ない……」


 そう言いながら、キリは泣いてしまっていた。


「ジュヒ……もう手を放しなさい」


 ようやくソフィアが止めに入った。


「でも……」


「これじゃ、ジュヒがいじめているのと何も変わらないわよ」


「……くっ……」


 渋々手を放したジュヒ。


 キリは、すとん、と椅子に再び腰を落とすと、また立ち上がり、泣きながら教室を走って出て行ってしまった。


「あ、キリ!」


 ミキトがそれを追いかけて出て行く。


 頭の悪い俺には、何が何だかわからなかった。どうしてキリが責められ、泣いたのか、全くわからない。


「ジュヒ……そんなに気になるなら、マリアに直接訊けばいいじゃない」とソフィア。


「……でもあの女、あたしのこと相手にもしないから! ねぇデヴ。マリアから何か聞いてない?」


 ジュヒがデヴにきくと、


「うーん……確かに、最近のマリア姉さまは様子がおかしいとは思うけど……」


「キリを泣かせて……最低だわ、あの女」

 ジュヒはそんなことを呟いた。


 たった今泣かせたのは、お前だろうが、というツッコミを入れていいものかどうか。正直、俺はジュヒがこわい。


 と、その時、ソフィアが、どこか考え事をしているかのような表情をしていたので、俺は声をかけてみる。


「なぁ、ソフィア。やっぱり、今のマリアはおかしいのか?」


「ええ、そうねぇ。あんなことを考えるなんて……」


 ソフィアは何かを知っているようだった。


「どういうこと……?」


 そのソフィアが(こぼ)してしまった言葉を凶悪的な地獄耳で聞きつけたジュヒが、今度はソフィアに詰め寄った。


「ソフィア! 何か知ってるのね? マリアがキリをいじめる原因を知ってるのね」


「え、全然、全然知らないわ」


 首を振って、手も振って否定する。


「何故隠すの! 委員長でしょう! 幼馴染だからって、いじめを見逃すの?」


 やっべぇ、ジュヒこええぇ……。


 今にも刺し殺しそうな瞳でソフィアに詰寄る。俺はジュヒから離れたい一心で教室内を飛んで逃げ、腕組をしながら遠巻きに事態を見ていたサヨンの側に降り立った。


「ところで――」


 ソフィアが、単純で強引な手段で話題を逸らそうとする。さすがに大馬鹿な俺でも、それには引っ掛からないだろう。


「話題を逸らそうとするな! 話題を逸らしたいということは、やっぱりソフィアは何か知ってるってことね! 言いなさい! さあ言いなさい! 早く!」


 ジュヒの逆鱗に触れ、更に火を点けてしまったらしい。ジュヒはキリにもそうしたように、ソフィアの襟を掴まえた。教室の温度が何度か上がる。と、その時だった。


「……何、してるの?」


 声がして、教室の温度が、何度か下がった。マリアが、開いていた戸から入ってきたのだ。


 マリアは教室の窓際後方でソフィアの襟を掴むジュヒを見ていた。ソフィアは抵抗する素振りを見せてはいない。


「何、してるのって、聞いているんだけど」


 マリアの冷たい声。


「別に、何してようが、あたしの勝手でしょう? それとも何? キリをいじめて泣かせたあんたが『暴力はいけません』なんていうつもりなの? ふざけんな。あたしは、あんたになんか絶対に騙されない。あんたがキリをいじめていた証拠を挙げて、謝らせてやる」


 早口でまくし立てるジュヒ。


「ジュヒ、いい加減にしなさい」ソフィアが優しく叱るように言った。


「あんたもだ! ソフィア! あんたこそ、いい加減白状したらどうなの?」


「まず、手を放しなさい。冷静に議論しようという者の態度じゃないわ。そんなことも判断できないの?」


「っく……」


 委員長の本領発揮とでもいったところだろうか。ジュヒはソフィアの襟から手を放し、今度はマリアを睨みつけた。三人の中で最強の女を決めるバトルのようで、何だかおそろしい。この状況だったら、俺はソフィアを応援する。マリアのことは大好きだが、委員長は最強であるべきだ。


「まず……こうなってしまった以上、私がこの場を仕切るけど、異論はないわよね」

 ソフィアは教室を歩き、教卓の前に立った。


 異議を唱える者はいなかった。


「今の状況を馬鹿なハサンにもわかるようにポイントごとに整理すると……まず一つ目、キリの様子がおかしいのは、マリアに廊下に呼び出されてから。マリアがその時、キリに何かしたんじゃないか、ということ。これは、マリアが自白するか、キリが被害を訴えるかしない限りは問題にすらならない。二つ目は、マリアの様子がおかしいこと。マリアが……何か……変な事を考えているんじゃないかということ……マリアが……。三つ目は……マリアが、変な計画をたてて――」


「やめて! ソフィア!」


 マリアが叫ぶ。そんなに知られたくないことがあるのだろうか。


 ソフィアは、なおも「マリアが……マリアが……」と悲痛に呟いている。


 どうやら、ソフィアが、マリアにとっては知られたくない秘密を知っていて、それを暴露しようとしている様子だった。そこに、ジュヒが入り込む隙などなく、ただ、その迫力に飲み込まれ、口を開けて静観しているしかない。


「言うな! ソフィア!」


「マリ……アが……自分で立てた計画で……」


「あー! あー! 聞くなぁー!」


 マリアは、俺達全員に向かって大声で叫ぶ。こんな大声で叫ぶマリアなんて、何年ぶりだろうか。


 ソフィアは、いつの間にか涙を流していて、声も震えていた。


「それは、北極に氷を作る計画で、マリアは永遠に北極で氷を作り続ける存在になって……」


「ソフィアー!」


 口を塞ごうと飛び掛るマリア。俺達は、言葉を失い、マリアとソフィアを遠くから眺めているしかなかった。


 馬乗りになって押さえつけようとする。ばたばたと暴れるソフィア。子供の時、何回も見た喧嘩の形だ。いつもマリアが喧嘩には勝った。マリアは幼馴染四人の中でも最も強かった。俺も運動神経には自信があったのだが、マリアと喧嘩して一度も勝ったことがない。もっとも、クラスが別々になってしまった六年前からは、一度も喧嘩したことはなかったのだが……。


「んん……」


 そして、自分の口を塞ぐマリアの手を、思い切り引き剥がしてソフィアは叫んだ。


「――自分の命を犠牲にして世界を救う計画をマリアが進めてたから!」


「ソフィアー!」


 破裂音のような、大きな音が響く。


 ソフィアの頬をマリアが引っ叩いた。


「何で、何で言うのよ! 秘密にするって言ったじゃない! 委員長のあなたが、約束を破るの?」


「委員長? 約束? そんなもの知らない! 私は、マリアに死んで欲しくないだけなのよ!」


 死ぬ……?

 マリアが……?

 何で……?


「私の計画を皆に知らせて何のメリットがあるのよォ!」


 泣き叫ぶマリア。


「知らないわよ! 私が、この私が! マリアが自分から死ぬのを黙って見ているとでも思ったの? 見損なわないでよ!」


「バカソフィア!」


「言ったわね! バカマリア!」


「何で! 何で言うのよ……最低」


 氷が溶けるように、幼い頃のマリアが姿を現しはじめた。


 俺の目には、幼い日のマリアと重なって見えた。俺はマリアが好きだった。今だって好きだ。一年前、選抜学級で再会したマリアは、昔とは随分変わってしまったと思っていた。でも、今、確信した。


 ――少しも変わっていなかった。


 思えば、俺がリンと空を飛んでいると、窓の向こう、階段の途中、いつも同じ場所にマリアがいた。そして、あの日の目で俺とリンを見るのだ。空を飛ぶ事に憧れたあの日の目で。自由になりたいと訴えるような目で。


 昔はリンみたいにぴょんぴょんしていたマリア。俺の大好きなマリア。


 結局、マリアの親父である校長の邪魔が何度も入ったこともあり、墜落事件の後、一度もマリアと一緒に空を飛ぶことはなかった。


「嫌いだ。ソフィアなんか、大嫌いだ」震えた声で、マリアは言う。


「私は、マリアのこと大好きよ」


「ううぅ……」


 声を上げて泣き出してしまったマリア。


 今、マリアに手を伸ばせるのは、俺しかいない。


 だから俺は手を伸ばす。ようやく全ての謎が溶けて、マリアに届くようになった手を。


「マリア……つかまって」


 行こう、マリア。


「ハサン……?」


「飛ぼう!」


 俺の左手が、マリアの右腕をしっかりと掴んだ。強く。しかし拒む。


「ちょっと……やめ……て……」


「飛びたいんだろ!」


「ハサン……?」


「ずっと飛びたかったんだろ!」


「……なんで……」


「リンと一緒に飛んでるのを、見てただろ! あの日の目で!」


「あの……日?」


「俺がマリアを連れて初めて飛ぼうとしたあの日だ! 俺がマリアを落っことしてしまって、マリアの親父にぶん殴られた日だよ!」


「そんな、大昔のこと……」


「俺にとっては忘れられない日なんだ。マリアはケガしたから、忘れたい日だったかもしれないけど、でも、俺にとっては……」


「私も、覚えてる……うれしかった。初めて空を飛んだ。でも、ハサンったら二人分の重みに耐えられなくて墜落して。だけど、私の手は放さなかった。最後まで、(かば)おうとしてくれてた。結局、私だけがケガしたけど、私、うれしかった。ずっと、空を飛びたかった。本当は、遠くに行きたかった。今だって――」


「行こう! 俺と一緒に行こう!」


「うん!」


 マリアは、少し悲しそうな笑顔でそう言った。


 俺はマリアを連れて教室の外へ飛び立った。


 もう、マリアを落としたりなんかしない。怪我なんかさせない。そのために、もう一度マリアと一緒に空を飛ぶために、俺は飛び続けてきたんだ!


 この教室から抜け出して、何時間でも飛び続けよう。


 マリアが、家に帰りたいと言う瞬間まで。


  ★


 上空高く、海の上を飛ぶ俺とマリア。


 俺の背中の上で立ち上がる素足のマリア。落ちていく二つの何かが見えた。おそらく靴を脱いで捨てたのだろう。


「マリア、あぶないよ」


「大丈夫。落ちても助けてくれるんでしょう?」


「……当り前だろ」


「ありがとう……」


「今度は、絶対怪我なんかさせない」


「うん……それにしても、本当に……海ばかりなのね……世界って」

 真っ青な空の下にある真っ青な下界を見渡して、マリアは言った。


「いつか皆が、でっかい大陸造るさ」


「うん」


 選抜学級の生徒の卒業後の進路は、ほとんどP計画に関わるものだ。マリアだって校長の娘だ。何らかの形で関わることになるだろう。噂に聞いた話では、マリアも、俺も、既に計画の中に組み込まれているらしい。


「マリア……大丈夫か?」


「……ハサン」


 悲しそうな声で呟く彼女を、どうにか笑わせることができないかと考えて、俺は、


「このまま、どこかへ行くか?」


 そうきいた。


「……そうね、どこかへ行っちゃいたい」


「わかった。誰も知らない場所に行こう!」


「え?」


 スピードを、上げた。


  ★


「ハサン……」


 しばらく飛んで、超能力学校が見えなくなった頃、マリアが俺を呼んだ。


「何だ? マリア」


「やっぱり戻ろう……」震えたマリアの声。


「どうして?」


「笑わないで聞いてくれる?」


「ああ」


「私、ハサンのことが好き。だけど、それと同じくらい皆のことも好きなの。デヴもリンもファファも大好きなの。ジュヒでさえ、好きだって気付いた。確かに、私はハウエル先生と計画を進めていたわ。それを今さら白紙にはできないだろうし、する気もない」


「ハウエルの計画? マリアが死ぬんだろ。そんなのダメだよ」


「私は死ぬわけじゃないの。氷を維持し続けるために、氷山の中心で生き続けるのよ」


「それ、死ぬのと同じじゃないか」


「……騙されないか……」


「ひどいな。そこまでバカじゃないよ」


「それと、ハウエル先生の計画じゃなくて、私が計画したものよ。それをハウエル先生に実現してもらおうとしているだけ」


「俺は、マリアに死んで欲しくない」


「……ありがとう。でも、良いの。私は、人を助けたいの。何よりハサン……あなたを。それから、ハウエル先生は、私を生かしたまま北極を凍らせる方法を探してくれてるのよ」


「どうしても……戻りたい?」


「うん……私、最後の日まで、皆と離れたくない。お父さんにも、お別れしてないし」


「はぁ、また殴られるんだろうな。俺……」


「私。もう空を飛べないんじゃないかって思ってた。ハサンも私も、もうすぐ二十歳でしょう……子供じゃなくなっちゃうから……最後に……こんな広い空飛べて……嬉しい……あれ? 私、何で泣いてるのかな……私は、泣いちゃいけないのに……もう大人なのに……氷を作るために、あったかい感情なんて、いらないはずなのに……」


 泣いているようだった。


「マリアは相変わらず子供だなぁ」


「ハサンにだけは言われたくないわ」


「……うん」


「戻るか……マリアに泣かれたら、言うこと聞くしかないから」


「泣いてなんか、いないわよ、バカ」


「バカで結構!」


 俺は引き返し、超能力学校の上空まで戻ると、ゆっくりと旋回しながら下界へと降りた。




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