第21話 M計画 -2- ジュヒ視点
ジュヒ視点
「あの、マリア。昨日のことなんだけど、図書館で……」
そう言いかけたキリの腕を氷の手で鷲掴みにした。
そしてマリアはキリの腕を掴み、教室の外へ出てゆく。追いかけようとしたデヴに向かっても厳しい声で「来るな」というようなことを言った。
今日のマリアはいつも以上に機嫌が悪いようだ。
マリアとキリが教室の外へ出て行った後、デヴが心配そうに、呟いた。
「どうしたのかな……マリア姉さま」
「マリアがこわいのはいつものことでしょ」
ソフィアが冷静にそう言った。案外ソフィアも鈍いのかもしれない。明らかに今のマリアの様子は変だった。いつもと同じというのは絶対にありえない。
「でも、ソフィア。キリに何の用なのか気にならない? 様子も、いつもと違うみたいだし……」
あたしはそう言った。
「そりゃ気になるけど、でもジュヒさ、教室の外に出て行ったってことは、聞かれたくない話があるってことでしょ」
「まあ、そうなんだろうけど……」
それが何なのか、気にはなってもこの雰囲気じゃ、盗み聞きに行こうなんて言えなさそうだ。聞かれたくない話に首突っ込むのはやめろって感じの空気になって、またあたしが責められるのがオチだからだ。
数分して、帰ってきたキリは、誰とも話すことなくマリアの後ろの席、つまりあたしの隣の席に座ると、昼休みが終わるまで呆然としていた。いつもは本を読んだりするのに、ただ前方の一点を虚ろな目で見つめていた。一体何があったんだろう。
午後の授業が始まった。
「ねえ、キリ、さっきマリアに連れて行かれてたけど、何の話だったの?」
キリの隣の席のあたしは、キリに小声で話しかける。
「……………………別に」
キリの前方の空席を見つめていた。そこはマリアの席。しかし、この午後の授業をマリアは欠席していた。体調が悪いらしい。そして、キリはマリアの席を見つめたまま、涙を浮かべた。あたしはそれを見逃さなかった。
「キリ……なんで泣いているの?」
「え? あ、泣いてるわけないわ。泣く理由がないわ。ちょっと昨日夜更かしして眠くて」
取り出したハンカチで涙をゆっくりと拭いて、笑った。
「キリ……?」
「何でもないわジュヒ。授業中よ。授業に集中しましょ」
それからキリは、何を聞いても答えてくれなかった。
放課後、あたしは、鞄を取りに教室に戻ってきたマリアを待ち伏せていた。キリに何をしたか問い詰めるためだ。あたしはマリアの進路を塞ぎ、鞄を取らせまいと立ち塞がった。
「マリア」
あたしが彼女の名前を呼ぶと、
「誰だっけ」
そう来たか。相変わらずむかつく女だ。
「ジュヒよ! あたしはジュヒ! ふざけないであたしの質問に答えて」
「何?」
冷たい目を向けてくるマリア。だけどそんなことくらいであたしの正義は折れたりしない。
「キリに何したの?」
「何も」
「泣いてたわよ」
「そうなんだ」
「イジメたの?」
「何もしてないわ。キリもそう答えたはずだけど」
「そう答えたはず……? イジメをする人間は皆そういうこと言うわ」
「ねぇ、邪魔なんだけど。鞄取らせてよ」
「ダメよ。質問に答えて」
「答えたじゃない」
言って、ドン、とあたしを押しのけて、鞄を手にすると、マリアは早歩きで教室を出た。
「待ちなさいよ!」
あたしの呼びかけには答えない。あたしも急いで自分の鞄を手に取ると、走ってマリアを追いかけた。
「待ちなさいってば」
校門でようやく追いつき、両手を開いてマリアの前に立ちはだかる。
だけど、マリアは、あたしの身体を冷たい片手で軽々と押しのけて、「どきなさいってば」と早歩き。真っ直ぐ進むマリア。
勝ち負けで言うなら、その場はマリアの勝ちだと思った。
あたしは……また、負けた。
まだ強い西日を浴びながら女子寮への帰り道を歩くマリアを、あたしはまぶしそう見つめているしかなかった。
見えなくなるまで、見つめていた。