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P計画  作者: 黒十二色
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第20話 M計画 -1- マリア視点

マリア視点

 教師バルザックが、デヴを襲った日。


 デヴが去って、氷の壁がそびえたつ廊下に残された私とバルザックの二人。


 バルザックは私の顔をチラチラと窺いながら、逃げる隙を探しているようだった。到底教師とは思えない最低なこの男だが、副校長のハウエル先生が言うには「英雄」らしい。


 十年以上前に起きた戦争では、一騎当千、獅子奮迅の活躍を見せたというのだが、その成れの果てが、これである。英雄色を好むと言うが、色を好む部分だけが残って、英雄の部分はどこかに眠ってしまったのだろう。


 眠れる虎を起こすこともないと考え、私はわざわざ彼の周囲を囲んでいた氷壁を壊してあげた。そして、腰を抜かす情けないその男の横を過ぎ去って、ハウエル先生の待つ図書室に向かうのだった。


 その後バルザックが、どんな様子で立ち上がったのか、興味がないし、見ていないのでわからないが、廊下を走る音がしたので、その場からはすぐに去ったのだということはわかった。あんな男が英雄だったなんて、私には、信じることができなかった。


  ☆


 図書室に続く細い通路を一歩進む度に、ぎし……という音が鳴る。


 私はその音が嫌いだった。自ら望んでいることとはいえ、その一歩一歩が死刑台へ近付く音のような気がして憂鬱(ゆううつ)になるのだ。


 死刑台……。


 ――そう、私は、もうすぐ死ぬのだ。


 図書室の三階奥。そこにハウエル先生の書斎がある。超能力で透視や破壊ができない秘密の部屋だ。その場所は、あらゆる超能力を使っても中を見ることができないし、また壊すこともできない。全ての超能力を無効化する性質を持った不思議な物質が使われているらしい。


「ハウエル先生、また遅れてしまって申し訳ありません」


「かまわんよ」


 ハウエル先生はいつもの低い声で言って、いつものように優しそうな笑顔を浮かべる。


「計画の方は、どうなってますか?」


「今のところ進展は無いな。マリアが提案してきたのが最も有力な計画だ」


「そう……ですか……」


 私がハウエル先生に自分の計画を提案したのは、半年前のこと。


 今では『M計画』という名まで付いた。M……私のマリアという名を冠した計画。どのような計画かというと……簡単に言えば、私を生贄にしてこの青い星に陸地を復活させるというものだ。


 私の超能力は、氷を生み出すことができる。その力を使った計画だ。


 北極に高い山がある。大昔、氷で閉ざされていた頃はその高い山は高くないどころか、氷河によって閉ざされており、その存在すら知られていなかったし、まさかその場所に大量の水が眠っていて、それが噴出するなんて予想されていなかった。


 氷で栓をされていた場所の地下には、とても大きな空洞があった。その場所に圧縮されるように眠っていた水が目覚めて噴出したことから、現在も続く大洪水時代が幕を開けたのだった。


 現在でも、その空洞は空洞のままとなっている。その場所に海水が流れ込んでも、常に信じられないほどの高温になっているため海水は瞬時に蒸発。水蒸気となり、空に上っていってしまう。というわけで、空洞の中は常に空洞のまま保たれていた。ちょうど超巨大なマグマだまりから、マグマが退場して、そこに高温の水が溜まっているイメージ。


 吹き出す水蒸気に含まれる成分が次々に固まり、フラスコみたいな形の高い山ができあがり、今も少しずつ高くなり続けているという話だ。


 発熱したこの惑星が、氷を溶かし、そして高い山の地下に眠っていた大量の海水を目覚めさせた時、北極の氷は全て溶け、急激に海面は上昇し、そして、残っていた陸地のほとんどは水に沈んだ。


 僅かに残された南極の氷が全て溶ける時が来れば、この星はどこから見ても真っ青なものになってしまうだろう。


 『M計画』は、北極の山の空洞に私が入り、私の能力を暴走に近いレベルまで増幅するか、あるいは暴走させ、北極に氷河があった時代にまで星の環境を戻そうとするものだ。海を覆うほどの巨大な氷があれば、当然、気温は下がる。人が住める環境にまでこの星を戻すことができるはずだ。


「わしも、色々と調べてはいるのだが……計画を実現し、北極の栓を作るには、氷を生む超能力自体を人工的に作り出すか、マリアの超能力が今よりもっと協力になり、遠隔発動できるようになるか……そのどちらかが実現しない限りは……」


「はい……」


 たった今ハウエル先生が言ったことができなければ、私はM計画の果てに人柱になるという結果しかない。少なくとも、今の状況で私が生き残るには、私が更に上手に氷の力を操ることができるようになるしかないんだ。氷のコントロールだけじゃなく、生み出す氷の温度を下げて氷の発生範囲も広げなくてはならない。巨大な惑星が発する高熱を相手にして勝たなくてはならないのだから。


 そのためには、この時間にハウエル先生と行う訓練は重要だ。訓練の内容は、主に氷というものに対する理解を深めるための知識をつけることと、精神力を鍛えるための瞑想(めいそう)だった。超能力の基本は「原理の理解」と「精神力」というのがハウエル先生の持論なのだ。


「それじゃあ、ハウエル先生……訓練を……」


「ふむ、それなんじゃが、この後、パンゲア計画の関係で用事が入ってしまっていてのう……すまんが今日はゆっくり休んで……」


「そんな! 私は北極の栓になるためにレベルアップしなければならないんです! そのためには、この訓練を……」


「マリア。焦っても、良い結果は生まれない。わしが必ず、マリアを犠牲にせず、北極の氷を復活させる方法を見つけ出す。休む事も時には訓練じゃよ」


 ハウエル先生は、もしかしたら訓練に遅刻した私に腹を立てているのかな……。


「わかりました……」


「……気をつけて帰りなさい」


「はい……」


 私は、渋々寮へ帰ろうと、ハウエル先生の書斎を出た。


 そして二歩か三歩、図書室の床を歩いた時、視界に人影。そして人の気配を感じた。


 誰……だろう……?


 私が隠れてハウエル先生と会っていることは、誰にも知られてはいけないんだ。その為にわざわざソフィアと一緒だった部屋も出たんだ。誰にも、誰にも知られるわけにはいかないんだ。


「……誰?」


 おそるおそる、私は訊いた……。


「マリア……」


 おとなしそうな声。

 姿が見えた。そこに居たのは、キリだった。


「キリ?」


「あ、あの」


「何も、見ていないわね」


「え、えと」


「何も、見て、いないわね?」


 キリはこくりと頷いた。


 それを見た私は、早歩きでキリの真横を通り抜けた。


 階段を降りて、出口へと急ぐ。図書室の出入り口の、ロビーと呼べるような広間のソファで眠るルネを見つけた。幸せそうな寝顔が、今は憎らしい。ぎしぎしと鳴る狭い木の通路を抜け、階段を二段飛ばしで下り、昇降口から外に出た。寮にある自分の部屋へと急ぐ。


 まさかキリが放課後まで図書室に来るなんて思わなかった。


 私は、焦りからか、いつの間にか走ってしまっていることに気付いた。気付いた途端に息が苦しくなる。だけど、私は走るのをやめない。走って部屋まで帰り、制服から部屋着に素早く着替えると、そのままベッドに飛び込んだ。


「うー、まさか、キリが……」


 きっと、聞かれた。頭の良いキリのことだ。全ての言葉の意味がわかってしまうだろう。


「ううー……失態だぁ……」


 明日の朝になって、皆に知られてしまっていたらどうしよう。背筋が凍るような寒気を感じる。いつの間にか、部屋がキンキンに冷えてしまっていた。


 こんなんじゃ、全然ダメだ。自分の冷気をコントロールできないようでは、生き残ることなんて、できない。


「……考えても仕方ない! お風呂!」


 私は立ち上がると、大浴場へ向かって歩き出した。


  ★


 翌日の昼休み、教室でいつもと同じように過ごす私の前に、どんよりとした表情をしたキリが立った。


「あの、マリア。昨日のことなんだけど」


「……何のこと?」


「図書館で……」


「キリ。ちょっと来なさい」


 私は彼女の腕を掴み、教室の外へ出た。


「マリア姉さま?」

 追いかけて来たデヴの声。


「デヴは来ないで!」


 デヴは私に付いて来そうになったが、私が厳しい口調で言うと、「は、はい」と呟いて、教室に戻っていった。キリをつれてしばらく歩き、誰にも会話を聞かれることのないような、誰もいない廊下に立ってキリと話し合いをする。誰が何と言おうと、これは話し合いだ。


「キリ。誰にも言わないで」


「何で? 何をしてたの?」


「見ていないならそれで良いわ」


「見たよ。マリアが、ハウエル先生と一緒にいるの見たし、会話も聞いた」


「そう……」


「『計画』『氷』『北極の栓』。意味を考えたくないけど……」


「それだけ聞いたなら、もうわかるでしょう。私は……」


「死ぬ気……なの?」


「死ぬんじゃないわ。永遠になるの」


「永遠?」


「そう、永遠。北極で、永遠に氷を作り続ける存在になる」


「死ぬってことじゃない!」


「……誰にも言わないで」


「嫌」


「誰にも言わないで!」


「嫌。ソフィアに言うわ」


 私は思わず、キリの頬を平手で殴ってしまった。甲高い、乾いた音が響く。


「何で……叩かれたの?」


「何で叩かれたか、わからないの?」


 私は声を荒げてそう言った。


 キリは強く、頭を振る。


「わかんない」


「誰かに喋ったら、許さないから」


「……言うもん……ソフィアに……」


 泣きそうな声。


「殺すわよ」


 ――本当に、殺してでも。

 そんな思考が頭の中を支配する。


「……うぅ……くっ……」

 キリはしゃがみ込み、泣き出してしまった。


「本気で、殺すから」

 私は氷の瞳をしゃがみ込んでしまったキリに向けて念を押すと、教室の中に入って、自分の席に座った。


 その後キリは私の少し後に教室に戻り、いつもの席、私の後ろの席に座った。


 私は一度もキリの方を振り返ろうとはしなかった。


  ★


「マリア様ー」

「マリア様ー」


 長い昼休みも終わりに近付いた頃、ファファとリンが私の所にふわふわぴょんぴょんと連星のようにくるくる回りながらやって来て、絡みついてきた。


「二人とも、様付けはやめて。それから、今は少し、一人にして」


「えー、遊ぼうよー。ほら、ファファも遊ぼうって言ってよ」


「……リン、お昼寝しよ。眠くなってしまったわ」


 空気の読めるファファはわざとらしく欠伸をして言った。


「えー、しょうがないな……じゃあルネ姉ちゃんのところ行こう!」


「うん!」


 そして二人は、ルネを起こし、布団を敷いて、また三人で川の字になって眠り出した。


 私は、ふぅ、と溜息を吐いた。


 何とか乗り切った。これで皆には私の計画が知られることは無いだろう。


 私は勝手に安心していた。




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