第17話 疑惑 -3- 再びラニ視点
ラニ視点
僕の過去視は、先天的なもの。だから、望まなくても見えてしまった過去の映像がいくつもあった。そんな中で僕が歪みはしても崩れることなく育ったのは、充分奇跡的だったらしい。
先天的にこの過去視の能力を持った場合、多数の人間は、精神を崩壊してしまう。過去視は死に至る病のようなもの。
だけど僕は生き残った。それどころか、過去を盗み見ることを趣味にまでしていた。
記憶を辿って、その人が過去に居た場所の映像を覗き見る。印象に残った記憶は辿りやすいので、必然的にその人に大きな影響を与えている過去の出来事を見ることとなる。これは、とても難しいことだったという話を先生から聞いた時には驚いたものだ。
「ラニ……入って」
「……ここは」
連れられて来たのは職員室。その更に奥に地下へと続く道があった。明らかに怪しい。何をされるのか不安になってきた。
「安心して、拷問部屋とかじゃないから」
「じゃあ、何なんですか?」
「いいから、とっとと入りなさい」
どか、とワンダ先生に足蹴にされて、僕は階段をごろごろと転げ落ちる。
「いててて……」
広い洞窟の中みたいに、声が妙に反響していた。
「ここはね、あらゆる能力を遮断するシェルターなの」
「シェルター?」
「例えば誰かの能力が暴走してしまって、人が全滅しそうな時に、外からの超能力を遮断できるの」
「でも何で僕がここに……」
「覗き対策」
「あ、サヨンの……」
「そう。千里眼対策。……とは言っても、ハウエル先生にはここの会話監視されてるんだけどね……。さて、本題に入るけど、ラニ。あなたは、最低の行為をしていたわね」
「何のことですか」
「とぼけないで。皆の過去を覗いていたでしょう?」
「どうしてそんなことがわかるんです? 証拠は?」
叱られると思った僕は、とぼけてみる。
「証拠ねぇ……私の過去でも、覗いてみる? そこで証拠を提示してあげてもいいわ」
「覗けませんよ。先生は」
「でしょうね。私には、過去がないから」
「やっぱりそうなんですか? 道理で見えないわけだ」
そう、選抜学級の全員と、ハウエル、バルザック、そしてワンダ先生のことは全員覗いたことがあったのだが、ワンダ先生の過去だけは、どうやっても見ることができなかった。そこで僕は、推理した。
実はワンダ先生は、作られた人間で、過去というものを持たないのではないか、と。
精巧に作られたサイボーグの可能性も考えた。
でも、そこでワンダ先生は、予想外の反応をしてきた。
「引っ掛かるのね……意外だわ……」
「え?」
「私にだって過去はあるわよ。正真正銘の人間ですもの。私の本名は、ワンダ・ストライクフィールド。父は王族、母は神職。私は自分の経歴にも血筋にも両親にも誇りを持っているわ。ただ、見られてはいけない過去だから、あなたの侵入は防いだの」
「あ……」
やられた……。そうか。そうだ。本で読んだことがある。熟練の超能力者には、自分の過去を覗かれないように防壁を張ることができるってこと。そのうえ、ただでさえレベルの高いワンダ先生な上に過去視の能力も持っているとなれば、僕の能力の解析も遮断も容易いだろう。
こんな初歩的な話術に引っ掛かって自白してしまうとは、僕も相当冷静さを欠いているようだ。
「実はね、私も過去を知ることができるわ。ただ、その力は後天的なもので不完全だけどね……。私が先天的に持つ能力は催眠能力よ。
私はルネの過去もデヴの過去もジュヒの過去も知ってるわ。ファファの過去も、もちろんあなたの過去もね。この学校に居る十万もの生徒全員の過去を知っている。ただ……過去を知るという行為は、やはり苦しみや痛みを伴うわ。そして記憶の混濁をも招く。
もしもラニが私の過去を見たら、色々な記憶が混ざって、ラニの能力が暴走してしまう可能性があった。だから、あなたには私の過去を見られないようにしているの。でも、それよりも一番避けなければいけないのは、ルネが過去に自分の親を……殺してしまっているということを本人が知ってしまうこと。
故意ではないにしても、それは忘れさせなくてはならないこと。私は催眠で事実を捻じ曲げ、事故で死んだという強力な暗示をかけた。キリの催眠の能力も優れているけど、まだ私の催眠の方が強かったから、事故で死んだというところで行き止まりになった。
つまり、真実を知っているのは、私とラニだけなのよ。
……見たんでしょう? ルネの力。
何の訓練も受けていない幼女が、地形を変えるほどの力を持っていた。そんな事実を知れば、ルネの力がまた暴走してしまう可能性があるわ。
だから本人に教えるべきじゃない。今はまだその時じゃない」
「……僕が過去を覗いていたこと……知ってたんですよね?」
「ええ」ワンダ先生は平然と頷いた。
「何で止めてくれないんだ! 僕は……僕は……先生が止めてくれなかったから、色んな人の過去を覗いてしまった!」
「何で止めなかったか、ね……それは、ラニ、あなたの能力を伸ばすためでもあった。それから、その腐った性根を叩きなおすためでもあったの」
「能力を伸ばす? 叩きなおす?」
「いちいち説明が必要なの? 能力を伸ばすには、何度もその能力を使うことが最も効果的なのは授業で何回も言ってきたはずだわ。
性根を叩きなおす理由は、過去視が危険なものだからよ。過去視は、過去に何をしていたかがわかる。記憶を見るわけじゃないから、そうね……刑事や探偵に多いわね。
でも千里眼や未来視もそうだけど……悪用もできてしまう。たとえば過去視だと、近くに良い例があるわ。ファファを例にするわね。
たとえば……ファファは、ある組織で様々な人体実験をされていた。それは……何も無い場所から原子を作り出せる能力を持っていたから。そして、その組織には生き残りがいてファファを捜している。その情報を握ることができるのは、過去視を持つ者。その者達にファファを売り飛ばせば、多額の謝礼金が支払われる」
「そんなこと、しないです」
「可能性の話をしているの。生きるか死ぬかの状況になった時、ラニならやるわ。そういう男でしょう? あなたは」
それは、その時になってみないとわからないけど……確かに否定はし切れなかった。
「ラニ、いつか、過去を覗いたことは、誰かに裁かれなければいけないの。私だってそう。教師という立場だから黙認されているだけで、本来なら、これは犯罪。袋叩きに遭っても文句は言えないの。わかる?」
「そんな……」
「過去視は使い方次第でとても有益なものになるわ。それに、この世界の仕組みを知ることができるであろう唯一の能力でもある。世界誕生の瞬間を垣間見ることができる可能性を持った能力だから。だから、過去視を持つ人は、能力を伸ばし、人間性をプラス方向に修正する必要があるの。それが、あなたが選抜学級にいる理由だし、私がこの学校に呼ばれた理由の一つでもある」
この世界の仕組みを知るってことは……。
「もしかして……過去視を持つ人は、真理を見るのが役目ってことですか?」
「その通り」
ワンダ先生は、よくできましたとばかりに指を鳴らしてみせた。
「世界が生まれた日なんて、どれだけ前なんですか……」
「見当もつかないわ。ただ……ラニ、あなたはその神聖な力を、興味から悪用した。その自覚はある?」
「……はい……ファファの過去を覗いてから、ファファに脅されて……もうやめようって……思いました」
僕は、呟くように告白した。
「……そう。これからは、友達やクラスメイトの過去ではなくて、私の過去を覗きなさい」
「え……いいんですか?」
「覗けるものならね」
ワンダ先生はそう言うと、にやりと笑いを浮かべてみせた。
先生の過去……いつか絶対に覗いてやろうと思った。




