第16話 疑惑 -2- ユーナ視点
ユーナ視点
「……私が親殺しだって聞いて、失望した?」
ワンダのその言葉に、私は反応していた。「失望した」と言ってやった。
「ラニ。職員室に来なさい」
ワンダはそう言ってラニの腕を掴んだ。
私は、平静を装っていたけど冷静でいられるわけもなくて、ラニがワンダに引きずられるようにして連れて行かれるのを見つめながら、
「……そんなこと、ワンダがするはずないわ」
そんなことまで呟いてしまった。
私は、まだワンダのことが大好きな子供時代の自分が残ってしまっている事に気付いて、すごくモヤモヤした。
「そうね」とデヴが言って、「私も、そう思う……けど……」キリもそう言った。
重苦しい空気が私、サヨン、キリ、デヴの四人の間に流れてしまった。
「あ、わ、私、ルネを連れて先に帰るね。遅くなっちゃいそうだから」
キリは耐えられなくなったのか、慌てて逃げるように教室を出て行った。既に眠っていたルネを連れて。
残されたのは、私、デヴ、サヨンの三人。
肌寒くなるような沈黙を破ったのは、普段は目立たない地味な男。
「……能力を邪なことに使いたいんだけど、いいかな」
サヨンだった。
「サヨン? どういうこと?」
デヴの問いに、一度自分を納得させるように深く頷いたサヨンは、深刻さが伝わるような囁くような声で、言った。
「覗くんだ。ワンダ先生とラニの会話」
いいアイデアだと思った。私は知りたい。信じたい。ワンダのことを。
「そんな、覗きなんて最低の――」
デヴが不安そうに呟いたが、それを遮るようにサヨンは言う。
「だけど、今回のことは、知っておかないといけないと思うんだ」
私は思わず、サヨンに掴みかかって、
「覗いて! 教えて! ワンダは何もしてないって!」
「お、落ち着いてくれよユーナ……」
「ご、ごめん」
私は手を放して、そのまま床の上にペタンと座り込んだ。立っている気力がなかった。
もしも、ワンダが本当に自分の親を殺してしまうような人であったなら、私は、今までずっと嘘を吐かれていたことになる。あの善良なワンダは、ただの仮面で、私は騙され続けてきたというの?
超能力を潜在的に持っている人が、人を殺してしまうことはあるんだ。むしろ、常人よりもそうなってしまう確率は高い。意図しない覚醒によって、肉親を手にかけてしまう人も少なくない。悲しい事実ではあるが、事実であることに変わりは無くて、ワンダもその一人だったっていうの?
そしてそれを平気な顔で告白できるくらいに、小さなことだと思っているの?
私に親はいない。親というものがどういうものか、なんてわからない。ワンダを、どれだけ母親のようなものだと感じたところで、本当の母親ではないんだ。肉親なんて一人もいない私には、本当の意味で「わかる」ことはできないとは思う。それでも、親子の絆というものに不思議で素敵な縁があると信じている私はおかしいだろうか?
私はワンダを信じたい。私をここまで育ててくれたワンダを……。
「くそ……見えない! 何でだ!」
席について千里眼を試みていたサヨンが机を両拳で叩いた。
「大事な時に役に立たないわね! サヨン」
私はそう言って、サヨンを責めた。
「やめなよ、ユーナ」とデヴ。
「黙りなさい、デヴ。私はどうしても知りたいのよ! サヨンとワンダの会話」
どうして、どうして千里眼を持つサヨンでも見えないの?
「そういえば、全ての超能力を遮断する装置があるって、昔ハウエル先生が言ってたような……それか?」
「そんな……それじゃあ、真実はわからないじゃない」
私が言うと、
「親を殺した人が誰か、そんなに知りたいの?」
デヴが、そう言った。その言葉を聞いて、とても胸が痛んだ。
「違うのよ……そういうことじゃないの……」
この私が、涙を流していた……。ぼろぼろと流れる涙を必死に拭っていた。
泣きながら、どこか客観的に、自分が泣いてることを傍観しているような感覚があった。。
「ごめん……」デヴが謝ってきた。「意地悪なこと言っちゃったね。……うん。ユーナはさ、ワンダ先生が人を殺したなんて、嘘だってことが知りたいんだよね。それを聞くことができたらいいんだよね」
「うん……」
子供に戻ったみたいに、大きく頷いた。
「なら話は簡単だ。俺じゃなくて、過去視を持ってるラニに覗かせれば良い」
「今日のサヨンくん、ちょっとワルだね」とデヴ。
「俺の大事なクラスメイトが泣いてるんだ。手段は選ばないさ」
「サヨン……カッコイイ……」
私は心からそう思っていた。こんなに格好いい人は、珍しいな、と思った。
「惚れるんじゃねえぞ」
「……惚れるわけ……ないわよ」
だって、私に惚れられても、迷惑よね。
「待っていても仕方ないわ。ユーナ、サヨン。とにかく職員室に行ってみましょう」
そう言って、デヴが歩き出した。
サヨンも「ああ」とそれに続く。
どうしても知りたい。ワンダの真実を。
ワンダの過去を。
私も職員室に向かって歩き出した。