第15話 疑惑 -1- ラニ視点
ラニ視点
外はもう、真っ暗だった。
夜の教室には、過去視を持つ僕の他に、デヴ、サヨン、キリ、ルネ、ユーナ。そしてワンダ先生の……合わせて七人の人間がいた。
サヨンと僕とキリとデヴそして珍しく起きていたルネ。その五人で会話していた。ユーナは、バルザック先生の授業の宿題を忘れた罰で居残りさせられていて、そこにワンダ先生がたった今やって来たところだ。
「なぁ、ラニ。正直に言え。誰の過去を覗いたことがあるのか」
サヨンが言った。
先刻「会話」と言ったが、これは会話というより「尋問」に近い。
僕が他人の過去を覗いたという罪で裁かれようとしているのだ。はっきり言ってピンチだ。
ああ、そうだな。まずは何故こんなことになっているのか、という説明をしよう。
場面は数十分前の教室にまで遡る。
★
数十分前……。
外がすっかり暗くなってしまった放課後に僕らはいた、こんな時間まで皆で居残ることなんて普段は無いのだが、この日は、六人が居残った。原因は帰り際、珍しく起きていたルネが発した一言だった。
「ねぇ、キリ……私の眠りの原因、何だと思う?」
「え?」
キリは、この数週間で、ワンダ先生の放課後特別授業により、催眠能力を開花させつつあった。だから、ルネが発した言葉の意味は、自分の眠りの原因をキリの催眠で突き止めて欲しいということだろう。
「私、本当は、皆と同じくらい起きていたいのよ。だけど、それができなくて、その理由はやっぱり私の過去に原因があると思うの」
「つまり……私が……ルネに催眠をかけることを、ルネは望んでいるの?」
キリのストレートな問いに、ルネは頷く。
いつも二人一緒のキリとルネが、そんな会話をこの場所で展開させた理由は、僕やデヴやサヨンやユーナを証人にしたいからだろう。
――そして、キリは、ルネに催眠をかけた。
「では、私が、手を叩いたら、あなたはネズミです。もう一度手を叩いたら、あなたは元に戻りまーす」
パン!
「ちゅーちゅー」
パン!
元に戻って、無言になった。
しっかり催眠にかかっている事を確認して、僕らの顔を不安そうに見たキリ。しっかり頷いてみせると「よし」と呟いて、催眠を続ける。
「次に手を叩いたら、えっと……ルネに大きな影響を与えた事件について、あなたは語り始めまーす。もう一度手を叩いたら、元に戻りまーす」
パン!
「……お父さん、お母さん……あ……あぶない! 車が!……嘘……」
幼い口調で、ルネは言った。
「ルネ、どうしたの? お父さんとお母さんがどうしたの?」
「車に乗ってるお父さんとお母さんが、大きな車と正面衝突して……」
「どうなったの……?」
「形も残らなかった。きっと……死んじゃった……」
パン!
キリが手を打つと、ルネは目を開けた。
きっと、キリは、ルネの過去をそれ以上聞くのに耐えられなかったんだろう。
「どう……だった……?」
ルネが訊き、キリが答える。
「ルネの……お父さんとお母さんが……事故で亡くなったって……」
「そう……なんだ。よかった……私が、殺したんじゃ、なかったんだ……」
「え?」
キリは驚いた声を上げた。予想もしなかったのだろう。
僕としても、ルネのこの発言は予想外だった。
ルネは続ける。
「私、昔の記憶が無いの。気付いたらずっと一人で……もしかしたら、私が親を殺してしまったから、記憶を沈められているのかと思って……そういう、夢を何度も見て、不安になって……ごめんね……キリ。つらいことさせちゃって……」
ルネはそう言うと、苦しそうに、目を閉じて、すぐにいつもと同じ安らかな寝顔になった。
キリの、ルネ対する質問は「ルネに大きな影響を与えた事件」についてだった。しかし、これは過去視を持つ俺にしかわからないことなのだが、ルネが言った「両親の事故」というのは…………嘘だ。
嘘と判断する理由は二つある。
一つ目は、過去視を持たなくてもわかることだが、まず車が正面衝突した場面をしっかりその目で見たのなら、その時ルネがどこに居たのかというのが疑問となる。ルネが両親と一緒に乗っていたのなら、車同士が正面衝突して、形も残らないほどになった場合、ルネだって無事では済まないはずだ。もしも、その両親が死んだ衝撃場面を見ていない場合「記憶を引き出す」という催眠が失敗に終わったか、記憶自体が捏造されているかのどちらかだと考えて良い。
二つ目の理由は……これが決定的で、僕がルネの過去を覗いたことがあるからだ。ルネが過去に引き起こした事件は、両親の事故死よりも遥かにスケールが大きなものだった。ある日、幼いルネが、能力を暴走させてしまう。それは特殊な能力というわけではなく、おそらく念動力だろう。制御できないほどの大きな力は、一つの村を飲み込む大地震を引き起こした。
地震の後の津波、土石流。更に地面がうねりながら巻き上げられ、ルネ以外の人間は、全員、死んでしまった。
ルネに眠る力の大きさは計り知れないものがある。ただ一人生き残ったルネはハウエル先生によって保護された。そしてルネに超能力的な力が認められたため、超能力学校に入学することとなるのだが、数年は学校でも皆とは隔離され、記憶を捏造した上で消去された。
僕が知る真実はそれだけである。だから、ルネの両親が死んだのは本当だが車両事故で死んだというのは嘘なのだ。そして、ルネが抱えている疑惑のとおり、ルネの力によって両親……どころか故郷が崩落したのだ。無意識下ですら嘘を吐いてしまうというのはひどく悲しい事だと思った。
「ねぇ、何か……おかしくないかな……」
見かけによらず頭の切れるデヴが言った。
「おかしいって、何が?」
キリが訊ねる。
「だってさ、今催眠をかけて、ルネの記憶を見たわけでしょう? なのに、ルネが事故に巻き込まれたわけじゃなくてさ、傍観者目線だったから……」
デヴの言葉に反応して、僕は、つい会話に割って入ってしまった。
「そうだな。ルネの記憶は作られたものだ」
「え、ラニ……? 何か知っているの?」とキリ。
つい、口を滑らせてしまった。大失策だ。ここはダンマリを決め込む場面だった
「ねぇ、ありえないようなことだけど……もしも、人間の記憶ができてしまうとしたら……私の記憶も違っていて……本当は私も肉親を殺してしまっているのかもしれないわ」
デヴがそんなことを言ったので、また僕はついつい、
「いや、デヴは違うよ。肉親を殺してなんかいない。肉親を殺したのはデヴじゃない」
そんなことを言ってしまった。これも失策だった。
「え?」
「待て、ラニ。まるで、本当に親を殺してしまった人間がいるみたいじゃないか」
ここぞとばかりに、今まで冷静に傍観していたサヨンが言った。
いかん。これは、大ピンチだ!
「いないいない。違う。えっと……」
次の言葉が見つからない。このままでは、故意ではないとはいえ、ルネが親を殺してしまったことを話さなくてはならなくなってしまう。
その時であった。
「私のことでしょう?」
声のした方向に振り向くといつの間にか教卓の前に、ワンダ先生が立っていた。いつから僕らを見ていたのだろうか。
「ワンダ先生……」
「私よ、親を殺したの。ラニは私の過去を覗き見たのよね」
沈黙のなか、ワンダ先生は念を押すように、
「……私が親殺しだって聞いて、失望した?」
しかし、ワンダ先生がそう言ったとき、
「――失望した」
予想外のところから声がして、僕らは本当に驚いた。
今まで輪の外にいたユーナの突然の険しい声だったからだ。
「そう……」
ワンダ先生の呟き。
何故ユーナが突然会話に飛び込んで来たのか理解できない。というか、混乱した状態の僕の今の頭では何を口走ってしまうかわからない。
「なぁ、ラニ。正直に言え。誰の過去を覗いたことがあるのか」
「それは――」
「ラニ。職員室に来なさい」
「はい!」
教室に、僕のいい返事が響き渡る。
本当は嫌なはずのワンダ先生の呼び出しが、この時は救いの鐘のように聴こえた。