第13話 委員長ソフィア
ソフィア視点
「マリア、マリア、これあげる」
幼い頃の私の声だった。
私は、草原に座るマリアの頭に、葉っぱで作った冠を置いた。ただ葉っぱを雑草で結び合わせただけの、お粗末なものだ。
「ソフィア……? 何これ?」
幼い頃のマリアは、私が作った冠を自分の頭から取って、まじまじと見つめた。
「それはね、勇者に捧げられる王冠だよ」
「何子供みたいな言ってるのよ。バカみたい」
どう見ても子供のマリアから、そんな言葉が飛び出した。
マリアは手に持った冠を草の上に置いて立ち上がった。そしてそのまま歩き出そうとする。私は、それが気に入らなかったので、背後から飛び掛った。
「きゃ! 何すんのよ!」
マリアは倒れず、逆に仰向けに倒された私。
私は泣いていた。
「ソフィア……?」
「私は……マリアに喜んでもらえると思って作ったのに……」
「ごめん、ソフィア……ごめん。ほら、見て? 似合うでしょ? 泣かないで……」
一度地に置いたその冠を拾い上げ、再びそれを頭に装備したマリアが笑った。
幼い私は、それを見て、とても安心していた。
……そんな夢を見た。
☆
目を覚ますと、夜中だった。懐かしすぎる夢を見たせいで、目が覚めてしまったらしい。
最近様子がおかしい幼馴染のマリアのことが気になりすぎた私の意識が、過去にあった出来事を夢に見せたのだろうか。何となく郷愁の念のようなものを感じながら、起き上がり、自分のこれまでの人生を振り返ってみた。
委員長と呼ばれるようになって、何年経っただろう。
今年で二十歳になる私、ソフィア。
間近に迫った卒業。
私は焦っていた。選抜学級の皆に、何か残せないかと考えても思いつかず、しかも、かつて無いほど山積みにされた問題たちに直面していた。
ワンダ先生も嘆いていたけど、今年ほど個性的な生徒が集まったのは初めてのことらしい。そもそも、選抜学級に十三人もの生徒が集められる事もまた、異例なことだった。先生の数の関係もあり、多くても七人までということだったのだが……。
異常とも言えることはまだある。念動力のような基本物理系超能力以外の特殊な超能力というのは、どんな能力であれ、十年に一人生まれるかどうかというほどに貴重なものだ。それが、今年は八人も集まっていた。
マリアは、周囲の物質を凍らせることができる。
ハサンは、空を飛ぶ事ができる。
ミキトは、未来を予知することができる。
サヨンは、千里眼を持っている。
ラニは、過去を見る目を持っている。
キリは、催眠能力を持っている。
リンは、瞬間移動という能力を持っている。
デヴは、離れた場所に火を起こすことができる。
今挙げた八人は、全て特殊な能力者だ。もしかしたら、私を含む残り五人、十三人全員に何かしらの特殊な能力があって選抜されているのかもしれない。
更にもう一つ、例年と違ったことがある。それは、選抜された生徒の年齢だ。
一昨年までは、ほとんどがその年卒業の十九歳の生徒を選抜していたのだけど、一昨年から大きく変わった。現在十九歳の私が十七歳で選抜されたのもこの年で、同じ時期にはミキトとラニとハサンが選抜された。
もちろん当時十九歳だった生徒も何人か選抜されたのだが、それまでの選抜の仕方とは明らかに違っていた。
一昨年、といえばちょうどワンダ先生が選抜学級の授業を担当するようになった頃だ。それまでは選抜学級の全てはハウエル先生が管理していた。だからこその少数精鋭だったのだが、おそらくワンダ先生が選抜学級も担当することになって人数を増やす事ができるようになったのだろう。
そして今年、ワンダ先生が初めて選抜学級の担任教師になった。正直、大変だろうな、と思う。私にとっても今年の皆は手を焼くというか、何というか……。
マリアは、あんな風になっちゃったし、ハサンは相変わらずだし、キリは自分に自信がないし、ミキトはカンニングばかりしてるけどかわいいし……。
ファファとリンは、ふわふわぴょんぴょんだけど悪戯ばかりするし、ルネは常に寝ているから私とキリで面倒見ないといけないし、ユーナは男遊びがひどいし、デヴもマリアにくっついて歩いてるのが少し気に入らない。マリアの参謀は私であるべきなのに……。
サヨンは頼りになるけど、何故か一番のトラブルメーカーであるジュヒには優しいし、わけがわからない……。
と、思わずこの場で思ったありのままを吐露してしまったけど、私は委員長だ。
嘘を吐いてでも、優しい委員長を演じなくては……。
私が部屋で思索に耽っていると、今日も誰かとの密会を終えたユーナが部屋に帰ってきた。「ただいま」も言わず、なるべく物音を立てないようにベッドに飛び込んだユーナに、私は言ってやる。
「おかえり、ユーナ」
「ひぃ」
と驚いたような悲鳴を上げ、
「た……ただいま……」
ばつが悪そうにそう言った。
「ユーナ……程々にしなさいよ」
「……はーい」
マリアがこの部屋を出て行ったのは去年の話。ちょうどマリアが選抜学級に入った時だった。同じ時期に選抜されたのが、デヴとリンとファファとルネとキリだった。その後ジュヒが入って現在の十三人が揃うこととなった。
新しい生徒が入る度に出席番号が変わったりするのが少し面倒だけど、出席番号で呼ばれることなんてほとんど無いので気にする事でもない。私は昔四番目だったのだが、今では十二番目になってしまった。
少し話が脱線した。つまり、今言いたいことはマリアと入れ替わる形でユーナが私の部屋に住むようになったということだ。
一昨年から既に委員長で寮長だった私と同じ部屋になれば、一つ年下ながら魔性の女として校内に悪名を轟かすユーナの行動も何とか収まるんじゃないかと思ったのだが……私が甘いからか、問題行動は尽きない。今日こそはビシっと言ってやろう。
「またバルザックと会ってたの?」
「え? いや、ううん、違う。違う人」
結局男の人と会っていることを自分から明かすユーナ。
私は、バルザック先生と彼女が、そういう関係を持ったことを知っている。確かにそれはいけないことだけど、私だって人間だ。恋する人の気持ちがわからないわけじゃないから、そういう関係になることもあるだろうと思う。
ユーナは顔も美しく、キューティクルもビューティフルで魅力的だし、バルザックだって、背が高くて頼りがいがある筋肉をしていて、見る人が見れば魅力的と言える外見をしている。
「男の人と……会ってたんだね」
私は言った。
「う……またソフィアの誘導尋問に引っ掛かった……」
引っ掛かる方が愚かだと思うが、罪の意識を感じている時に人は冷静な判断ができないこともある。ここは、攻める場面だ。
「ってことはやっぱり、バルザックと会ってたんだね」
「な、何でわかるの……? あ……煙草のニオイか!」
自分で決定的なことを言ってどうするのよ……。
ていうかバルザック先生……もう少し自分の立場を考えてほしい。
「そう煙草の臭いって、普段吸わない人からすると、結構きついのよ」
言われてみれば確かに、ユーナの方から煙草の臭いがするかもしれない。生徒と付き合うのも、煙草を吸うのもこの島じゃあ禁止なんだけどな……。
バルザック先生の中に「校則」という二文字は存在しないのだろうか。拘束を嫌うバルザック先生らしいとは思うけど……しかもバルザック先生って確か……。
「ソフィアって……こわいわね」
「……ねぇ、ユーナ。バルザックって、結婚してたよね」
「私のために別れるって言ってくれてるよ」
不倫……か。そして、そのバルザックの言葉は嘘だ。バルザック先生は発火能力の持ち主だし、きっと火遊びしているだけなんだ。
「ユーナ。もうバルザックと会うの、やめなさい」
「何で? 何でソフィアに縛られなきゃいけないの?」
「不倫は犯罪。不倫で死刑になった時代もあるんだよ」
「でも、今はそんなことないもん」
「それに、バルザックは、本当に真剣なの? ユーナも、本気なの?」
「それは……」
「寂しさを埋めたいだけなら、もうやめるべきだよ。これは警告だからね。次バルザックと夜中に会ったら、私もそれなりの措置をとらせてもらうわ」
「ソフィア……」
「返事は?」
「はい……」
反省はしている様子だった。悪い事だとわかってやっているようだ。
ユーナは、かつてマリアが使っていたデスクの前に座ると、右側に取り付けられた引き出しの中で、一番上の引き出しの鍵を開け、引き出しを開けると、一冊の手帳を取り出した。
そういえば、マリアも同じ場所に日記帳を隠していたなと思い出し、少し懐かしい気持ちになった。
「それ、日記?」
と、私が訊く。
「そう……だけど、別にソフィアの悪口なんか書かないから安心して」
あ、書くんだ。私の悪口……。
「そう、わかったわ。とにかく、もうバルザック禁止」
「……はぁい」
私はユーナのその寂しそうな返事を聴いた後すぐに、その夜二度目の眠りに就いた。
翌朝。
普段と同じ時間に起きる。
「ユーナ、ユーナ。起きないと遅刻するわよ」
「ふぁい」
学校での生活ぶりからは考えられないような、とろん、とした目をしたユーナは可愛くて、艶めかしくて、男でなくても襲いたくなると思う。寝顔の時点でもう危険な気持ちになる。
ユーナはそれほど魅力的な女性なんだ。
こればかりは天から与えられたものだと思うから、羨ましくても真似できない。毎朝こんなものを見せられて耐えられる私の精神力はかなりのハイレベルだと言っていい。
いつもと同じ朝の行動。私は、食堂に朝食を食べに行く。パンを食べ栄養を補給し、紅茶を飲んで気分を落ち着かせる。その後部屋に戻り、
「ユーナ! 起きなさい!」
二度寝してしまっていたユーナを起こす。
「はぁい……」
そして、完全に起きたのを確認すると、ドアノブに手をかけながら、
「じゃあ、先に行くからね。遅刻しないでね」
言って、扉を開けて外に出て、扉を閉める。
「はーい」
扉の向こうから、ようやくはっきりとした声が聴こえた。
だらしなく見えるユーナだが、実は一度も遅刻をしたことがない。男性との関係以外は本当にきちんとしているのだ。本当は優秀なのに、わざとできない女のフリをすることもあるが、何故そんなことをするのか、私には理解できない。
私の足は、キリとルネの部屋へと向かう。
キリは、とても強い心と力を持っているはずなのに、それを少しも発揮できていない。先日、ワンダ先生が「キリは催眠能力を持っている」というような失言をしたことから考えるに、きっと自分に「自分は何もできない」というような弱気な暗示をかけていたんだろう。
そのことがわかって、これからどう変わるのか……。
好転してくれることを願う。
コンコン、と扉をノックする。
昨日は、ルネのほっぺを引っ張るキリという不思議な光景が見れたけど、今日はそんなことはなかった。
扉が開いた。
「あ、ソフィア。おはよう」
「おはよう。ルネは?」
「もう準備できてるよ。行こう」
ルネとキリは部屋から出てきて、
ばたん、と扉は閉じられた。
いつものように私とキリで、ルネを学校まで歩かせる。もちろん念動力で。足や手まで動かしてバランスを取るので、非常に難しい。キリは本当に筋がいい。私がキリと同じ年齢の頃には、キリほどの力はなかったな。空中飛行並、とまではいかないが、精密な念動力調整が必要なのだ。
空中飛行ができるハサンは、私達二人分よりも遥かにハイレベルな念動力調整を行っていることになる。馬鹿だから目立たないけど、ハサンはもっと評価されてもいいと思う。
さて、キリについて、私が言いたいことは、もう一つある。
実は、ここだけの話だが、私はミキトのことが好きなのだ。そしてそのミキトが常に目で追っている女子というのが、このキリ。ミキトは明らかにキリの方ばかりを見ているのだがキリはそれに気付いていないらしい。そのことに対しては僅かな憤りを感じずにはいられない。嫉妬ってやつだ。
「ねぇ、ソフィア」
「何?」
「私、どうしても自分に自信が持てなくて……それじゃダメだって、わかってるんだけど」
「……キリ自身がわかっているなら、私に言えることは一つしかないわね」
「一つしかない……? 何……?」
「キリ……キリっとしなさい!」
しばらく、無言の通学路になった。
私はソフィア。優しい委員長であり寮長。出席番号は、十二番目。