僕はずっと前から片想いをしていた幼馴染と平気な顔をして付き合ったイケメンに報いを受けさせたかった
「嘘だろ……」
ああ……。一体全体どういうことなのだろう。どうか間違いであってほしい。
事態を飲み込めず、何度も何度も目を擦ってみるも、視界に映る絶望的な状況は変わらない。これが現実であることを否が応でも思い知らされる。
僕――吉永翔は見てしまった。僕が長年想いを寄せていた幼馴染――長谷川結依奈が、イケメンと腕を組んで幸せそうに商店街を歩いているところを。
走馬灯のように思い出す。結依奈と過ごした楽しかった日々を。
一緒にチョコバナナを頬張りながら空に爛々と輝く花火を見た夏祭り。銀世界でキャッキャッしながら、ふわふわの雪を投げ合った雪合戦。どれもいい思い出だ。
自慢じゃないが、結依奈に彼氏が出来るまで彼女の男友達は僕だけだった。実際結依奈が僕以外の異性とは仲良くする気がないと言っていたのでこれは間違いない。
結依奈は10代後半になっても、一切男っ気がなかった。それどころか、僕以外の男を毛嫌いしている節さえあった。
だから僕は安心していた。幼馴染に彼氏なんてできる訳がないと高を括っていた。その結果がこの様である。
幼馴染という関係に胡坐をかいて、ポッと出の男に好きな人を取られてしまうなんて間抜けもいいところだ。
「くそっ!」
自分の意気地のなさに腹が立つ。それと同時に、女々しくもあの時こうしていれば良かったとか、今から告白すればまだ間に合うかもしれないだとか考えてしまう自分を情けなく思う。
それにしても、あのイケメンは一体何者なのだろう。僕の知る幼馴染の交友関係で、思い当たる人間はいない。
でも最近どこかで見たような気がする。家の近くのコンビニだったか、それとも学校だったか、記憶が定かではない。
彼はパッと見、女の子なのではないかと思えるほど中性的な顔立ちをしている。実は女の子でした! とか言うラノベ的展開も期待できそうではあるが、服装からしてそれはあり得ない。
イケメン野郎のかなり格好は遠目でもかなり目立つ。ブカブカのジーンズを履き、ド派手なロゴの入ったパーカーを着ている。
それに女の子であるならば、あんなギラギラとした目付きにならないだろう。彼の瞳の奥には、どす黒い欲望が隠れているように見える。
それよりもイケメンくんがどういう経緯で結依奈と付き合ったのかが気になる。これは憶測になるが、結依奈と彼はまだ出会って3ヶ月も経ってはいないのではないだろうか。
無論、僕の知らないところで2人が顔を合わせていた可能性はあるが、それにしたって突然すぎる。もし前々から結依奈がイケメンのことを気にかけていたのなら、僕にそのことを何も言わないのはおかしい。
「大好きよ。渚くん」
結依奈が潤んだ目でイケメンを見つめている。恥ずかしげもなく「大好き」なんて言えるあたり、幼馴染は相当彼に入れ込んでいるのだろう。
全く、羨ましい限りだ。一体どうしたらこんなに結依奈に好かれるのか。
何だか無性に腹が立ってきた。あの渚という男は僕から幼馴染を奪っておいて、何故あんなに飄々としているのだろう。
結依奈と付き合えることが当たり前だと思っているのか、彼には結依奈に好かれようという想いが感じられない。
こいつは何のために幼馴染の恋人になったのか。苛立ちと共にそんな疑問が頭に沸いてくる。
…………許せない! 僕の方が先に結依奈のことが好きだったのに、何故こんなことになってしまうのか。
こういうことを言うと、行動しなかったお前が悪いだとか、恋愛は自由なんだからお前にとやかく言われる筋合いはないとか言う奴がいる。
そういう奴に限って、やたらと他人に攻撃的だ。人を見下してくる上に、悦に浸りたいのかマウントまで取ってきやがる。
恋に敗れた者にだって心がある。ちょっとくらい負け惜しみを言ったっていいじゃないか。
僕は弱っている人に対して追撃を与えるような男は大嫌いだ。1度でいいから僕らと同じ苦しみを彼らに味わってもらいたいものである。
このまま引き下がるのは癪だ。どうせ何もできないんだろ? と、言われてるような気がしてならない。
どうにかして、渚に復讐してやりたい。だけど物理的な報復は今の僕には難しそうだ。
恐らく彼は僕より頭1つ分くらい大きい。高校生にもなってまだ150cmしかない僕では体格からして勝てないだろう。
そうなると精神的な報復しかない。1番手っ取り早いのは、彼の弱みを握ることだ。
決めた。彼を四六時中付け回して、私生活を丸裸にしてやる。
へへへへ。見てろよ渚。僕から結依奈を奪った報いを受けさせてやるからな!
僕が渚の監視を始めて1ヶ月が経った。最初は彼がどこで何をしているか全く分からなかったが、彼と付き合っている結依奈の行動を逐一監視することで、ある程度彼がどの時間にどこにいるか把握できた。
この1ヶ月渚をストーカー…………ゲフンゲフン、尾行して分かったことがある。どうやら渚は、僕と結依奈とは違う学校に通っているらしい。ただ彼の住んでいる場所は、僕の家からはそれ程遠くはなく、最寄駅は一緒のようだ。
渚に関してまだ分からないことは多いが、彼のバイト先は判明している。僕がよく利用する、駅の近くのコンビニだ。以前どこか見たことがある顔だと思ったのは、それが理由だった。
実は結依奈もそこのコンビニでアルバイトをしている。渚と結依奈はバイト仲間だったのだ。
幼馴染がバイトを始めたのは2ヶ月前。彼女と渚が出会ってそれほど時間が経っていないという、僕の予想は当たっていた。
これからもっといろいろなことが分かってくるだろう。きっとそのうち彼の弱みを握れるに違いない。
そして僕は今、バイト帰りの渚を尾行している最中だ。今日はなんとかして、彼の家を特定したいと考えている。
「……」
渚は僕の存在に気付いているのか、怪訝な顔でチラチラとこちらに目線を向けてくる。
とは言えバレたところでどうってことはない。
イケメンの彼のことだ。後を付けているのが男の僕だと分かれば、すぐに興味を失うだろう。特に大きな問題にはならないはずだ。
――そう思っていたのだが。
「よう吉永くん。そんなに俺のケツ追っかけて楽しいか?」
彼は急に振り返り、はっきりと僕の目を見た。僕の後ろには誰もいない。渚は間違いなく僕に話しかけている。
まずい。何でか分からないが、名前を知られてる。もしかしたら今までのストーカー行為もバレてるかも。
「ちょっと落ち着けるところで話しようや。俺がなんで結依奈と付き合ったか知りてーんだろ?」
「……」
どうしたらいい。確かに結依奈と付き合った理由も知りたいは知りたいのたが、尾行してたことを学校に通報されるのは避けたい。
「どうなんだよ? 俺と話す気があるのか、ないのか。はいか、いいえで答えろ」
「はい」
「よし」
これはもう仕方がない。本当は彼の弱点を知ってから話したかったがそうも言っていられないようだ。
渚に連れられて、僕が向かったのは彼の自宅だった。まさかこんな形で今日の目標を達成するなんて、何だか複雑な気分だ。
彼は友人を迎え入れるかのように、自分の部屋へ僕を案内する。
渚はあまり僕のことを警戒していないようだ。初対面――と言っていいのか分からないが――の僕を自分の部屋に入れるというのは、無防備すぎるような気がするけど。
部屋に入ってすぐ、僕は違和感を覚えた。内装が思いの外男っぽくない。女性受けを狙っているのか、可愛らしいぬいぐるみがそこかしこに置いてある。
「へへへへ、野郎をこの部屋に入れるのはこれが初めてだよ」
あーはいはい。そうですか。いつもは女の子を部屋に連れ込んでるって話ね。
彼に乗ってノコノコ付いてきた僕もあれだが、連れ込み部屋に僕を入れる彼もどうかと思う。
そもそも渚はなぜ僕を家に連れてきたんだろう? 僕なら付けまわした男を家に上げるなんて絶対にしない。
もしかして僕に気があるとか? ……いやそんな訳ないか。だって彼はイケメンなんだから。
「お茶でいいか?」
「え?……ああ、うん。ありがとう」
向かい合う形でテーブルに座ったと思ったら、渚はバッグからペットポトルを取り出し、僕の前に置いた。
気が利くというか、何というか、こうやってさっと飲み物を出すあたり、彼は相当気配りができる男なのだろう。でもだからと言って気を許したりしてはいけない。今僕がいるこの部屋は、彼のテリトリーなのだから。
「それで、翔くんはどうして俺が結依奈と付き合ったのか聞きたいんだっけか?」
「うん」
渚はお茶で喉を潤した後、さっそく本題を切り出してきた。しれっと下の名前で呼ばれたので僕は内心ビクリとする。
彼はどこまで僕のことを知っているのだろう。恐らく結依奈から僕のことを聞いたんだろうけど、まさか顔が割れているとは思わなかった。
「翔くん、俺は君に憎まれたかった。俺に興味を持って欲しかったんだ。君は俺と何度も顔を合わせてるのに、俺のこと無視してただろ? だから君の大好きな結依奈と付き合った」
「はぁ?」
こいつは何を言ってるんだ。自分に興味を持って欲しかった? 僕が彼を無視した? 何がなんだか訳が分からない。
そもそも僕と友達になりたいなら、バイト中だろうとなんだろうと普通に声をかけてくれればいい話だ。でも渚はそれをしなかった。
愛しさ余って憎さ百倍という言葉がある。人の心は単純じゃない。その逆の憎さ余って愛しさ百倍なんてこともあるにはある。
もし渚が、僕の憎しみが反転することを期待して幼馴染の彼氏になったのだとしたら、この1ヶ月間僕が渚を狙っていたのではなく、渚が僕を狙っていたことになる。
「なんで……なんで結依奈と付き合ってまで僕の気を引きたいんだよ!?」
「なんで? なんでってそりゃあ、俺の目当ては結依奈じゃなくて君だからだよ。翔くん、俺は君をバイト先で初めて見た時から、君のことが好きになったんだ」
!!!!????
頭がおかしくなりそうだ。渚はそっち系の人なのか? 冗談じゃない。渚は僕から結依奈を奪った上に、僕の尻まで汚そうというのか。
こいつはたまげた。彼は僕の手に負える男じゃない。弱みを握るとかどうこう以前に、生きている世界が違う。
…………鳥肌が立ってきた。さっさとずらかろう。こんなところにいちゃいけない。
「逃がさねーぞ。君は俺のモンだ」
立ち上がろうとしたその刹那、もの凄い力で右腕が掴まれる。チクチクと爪が手首に食い込み、振りほどくことはかなわない。
まずい……。まずいまずいまずいまずいまずい!!
「や、ややややめろ! 僕にそんな趣味はないぞ! 男とそういうことするなんて絶対に嫌だからな!」
「あら……? 俺――あたしがいつ自分が男だなんて言ったかしら? あたしは生まれた時から今に至るまでずっと女よ?」
………………は?
なぁ~んだ。渚は女の子だったのか。じゃあ何の問題もないね!
……ってんな訳あるか! なんでついさっきまで男だと思ってたやつとそういうことしなきゃいけないんだよ!
ああ……助けて結依奈。このままだと男の女に○されちゃう……。
「怯えた顔も素敵ね。あたしね、ずっと前から翔くんみたいなちっちゃくて可愛い男の子を自分のものにしてみたかったの! ああ……! もう我慢できないわ! ウフフフフ。翔くん、今からお姉ちゃんと一緒に大人の階段を上りましょうね!」
渚がまた強い力で腕を引っぱり、僕の頭を胸に抱き寄せる。鼻先が思いの外柔らかい彼女の胸をつつくも、今の僕にはラッキースケベを喜ぶ余裕はない。
恐る恐る顔を上げると、そこには目を血走らせ、色欲にまみれた笑みを浮かべる渚の顔があった。
じりじりと彼女の顔がこちらに近づいてくる。しかし僕は渚から離れることができない。頭を両手でガチガチにホールドされ、顔を後ろに下げるどころか、顔を背けることも難しい。
なんでこんなに力が強いんだよ! ふざけるな! こういうのってチビの僕でもなんとかなるパターンだろ!
お願い……止めて……。くるな……。くるなくるなくるなくるな!!
――ちゅぅぅううう~~~~~~ベロベロベロベロベロベロ!!
「翔くんのファーストキスゲットぉ♪ 男の子のお口ってこんなに美味しいのね。うふふふ、癖になっちゃいそう!」
うわぁ……最悪だ。渚のやつ、どさくさに紛れて舌まで入れてきやがったよ………。初めてのキスだったのに、これじゃあムードもへったくれもない。
「もう止めてくれよぉ……。僕が悪かったよ。2度とストーカーなんてしないから、許してくれよぉ……」
「ねえ? 何でそんな連れないこと言うの? ねえ? なんであたしのこと睨んだの? ねえ? 何であたしのこと付け回したの? ねえ? あたしのことが気になって仕方がなかったんでしょ? ねえ? あたしのことが好きなんでしょ? ねぇ!? ねえ!? ねぇ!? ねぇえええええ!!」
ああ……もうダメだ……。何もかも狂ってる……。これ以上抵抗したら、火に油を注ぐだけだ。グッバイ……童貞の僕……。
「いただきま~す♡」
「うわあああああああ!!」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
前々から敵だと思ってたキャラが、実は最狂ヒロインだったみたいな話を書きたかったのですが、なかなか難しいですね。。。