9、魔法
次の日。アエラスは王宮での仕事がない日だ。朝ご飯を食べたあとに、アエラスはルースを中庭に連れ出した。
「ルース、魔法についての話をしようか」
本当は誰かに頼むつもりであったが、まだ魔法の先生を誰に頼むかを決めきれていない。そして、アエラスは総じて魔法が得意な人間と折り合いが悪い。それは、アエラスに全て非があり、そのせいで魔法が得意な人間には頼みにくい。結果的に、アエラスが教えることになる気がする。そう思いながらも、アエラスはルースに笑いかけた。
ルースは真剣な表情で頷く。
「魔法は無から有を生み出すこと、すでに存在してるものを操ることもできる。適性があって、人によって使いやすい魔法が違うっていう話をしたのを覚えてる?」
「はい」
「それじゃあ、適性を探していこうか」
「アエラス様は、何の適性ですか?」
「私は風だよ」
そう言ったアエラスは、左手のひらを体の前で上に向けた。瞬きのするうちに、彼の手のひらからは風が巻き上がり、小さい竜巻を作る。それを見たルースは緑の瞳を輝かせた。
「わあ、すごいです」
楽しそうに見ているルースへ、アエラスが声をかける。
「ルース、手をかざしてみて」
「? こうですか?」
ルースが手をかざす。風が強くなるという変化や逆に消えるという変化があれば適性があると判断できる。しかし、風は特に変化をしなかった。
「風じゃないみたいだね」
「そうなんですか?」
「うん。じゃあ、他を試してみようか」
そう言ったアエラスは、手の上に巻き起こっていた風を消した。そして、アエラスは手の上に炎を起こす。
「え? え?」
「ん? どうしたの?」
混乱した表情を浮かべるルースに、アエラスが尋ねる。驚くようなことがあっただろうか。アエラスが不思議に思っていると、ルースは、アエラスの出している炎を指さした。
「アエラス様の適性は、風なんですよね。なんで、火を出せるんですか?」
何を疑問に思っているのか気になっていたアエラスであったが、ルースの言葉で納得したように笑みを浮かべた。
「ああ、そのことね。適性って、『向いている』って意味だから、向いていないものを使える人だっているんだ」
ただし、自分に向いていない、適性でないものを使う人は少ない。自分の適性ではないものも好きなように操ったからこそ、アエラスが天才と言われた要因の一つだ。
自分にとっては当たり前のことだから、つい説明するのを忘れてしまう。アエラスは苦笑した。やっぱり、自分は教えるのに向いていない。
「ルース、今みたいに分からないところがあったら、遠慮なくきいてくれる? あんまり丁寧な教え方を知らないんだ」
「分かりました!」
ルースの良い返事を聞いたアエラスはニコリと微笑む。そして炎をルースの方に向ける。
「じゃあ、手をかざしてみて」
ルースが緊張した面持ちで手をかざす。しかし、何も変化はしなかった。ルースの落胆した表情をみて、アエラスは手の炎を消しながら微笑みかける。
「次も試してみようか」
「全部でいくつあるんですか?」
「基本的には全部で六つ。風、火、水、土、そして光と闇」
「基本的には?」
「ちゃんと話をきいてて偉いね」
ルースは、アエラスの「基本的には」という細かい言葉に首を傾げた。アエラスは、ルースの頭を撫でた。人の話をちゃんときける子だ。くすぐったそうな表情を浮かべながらルースはアエラスを見上げた。
「基本魔法は今言った六つだ。光と闇は基本というよりも特殊に近いけれど、分類では基本魔法に入るから、基本ということにしておかせてもらうね。特殊魔法っていうのもあって、そっちは決まったものじゃないんだ」
「決まったものじゃない?」
「そう。分類もない。その特殊魔法を持っている人によって違う。その人固有の魔法を持っている場合があるんだ」
「それはどうやって分かるんですか?」
「王宮に行けば、判断する機械があるよ」
アエラスのその言葉に、ルースは首をかしげた。
「特殊魔法を判断する機械があるなら、基本魔法を判断する機械もあるんじゃないですか?」
アエラスは、苦笑した。そこを言われる気がしていた。ルースは、本当に人の話をよくきいている。賢い子だ。
それでも、今から伝える事実はルースを傷つけないだろうか。アエラスは、言葉の選び方に注意しながら口を開いた。
「あるかないか、と聞かれればある。でも、基本魔法を判断する機械は、生まれたばかりの子どもが使う場合が多いんだ」
ルースは十歳くらいであるが、自分の基本魔法をどれだか知らない。ルースのような子どももいるが、それは幼い頃に捨てられた、親に連れてきてもらえなかったということだ。普通魔法を識別する機械に十歳の子どもを連れていけば、彼が親に大事にされていなかったことが他の人も分かってしまう。だからこそ、アエラスは自身で判断する手段を選んだ。
「そう、なんですね」
俯いたルースの頭をアエラスが撫でる。顔を上げたルースの表情は、意外にも暗いものではなかった。