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8、空虚

「ねえ、ニクス。ルースの先生が全然決まんないんだよね」


 場の空気を変えるように口を開いたアエラスが言ったのは、先ほどルースと約束をした件だ。


「マナーの先生や初等教育の先生は決まるんじゃないですか?」

「うん。そのあたりは問題ない」

「それでは、何でお悩みなのですか?」

「魔法」


 アエラスの返事に、ニクスは不可解そうな表情を浮かべた。


「魔法なら、アエラス様が教えたらいいじゃないですか、あなたの得意分野でしょう?」

「でも、教えることに関しては専門じゃないよ」


 人に教えたことがないわけではない。アエラスの教えを乞うてくる人は何人かいたが長続きしなかった。そう考えて笑みを浮かべながら首を振るアエラスを、ニクスが灰色の瞳でジッと見つめた。


「流れに身を任すんですよね? 決まらなければ、あなたが教える。そう決めたらいいんじゃないですか?」

「たしかに」


 ニクスの言う通りだ。これも流れに任せるか。アエラスはため息を吐いた。そして、ニクスの方に視線を向ける。


「それじゃあ、ニクス。君も担当してくれるよね?」

「どの分野をご所望で?」

「護身術とか、剣術とか」

「構いませんよ」


 ニクスの返事をきいて、アエラスは護身術、と書いた隣にニクスの名を書いた。書類をのぞき込んだニクスが、自身の妻の名が入っているのを見つける。


「ステラの名も入っているじゃないですか」

「うん。だからこの手紙を渡しておいて」

「かしこまりました」


 アエラスは、準備していた手紙をニクスに手渡した。ニクスは受け取り、鞄にしまう。ルースと約束したからには迅速に人員を集めたいが、上手くいくだろうか。

 手紙をしまったニクスがアエラスを探るように見つめた。



「アエラス様、ルースを後継者にするつもりで?」

「さあ、どうだろうね。ルースが望むのなら」


 この国において、貴族という身分は後継者を自分の血筋で考えない。王ですら、そうだ。大事なのは、能力。

 何かの分野に秀でたものを持つ人間が、王に選ばれる。貴族から選ばれることがほとんどだ。平民とは教育の機会が異なる。金があり、教育にお金を費やすことができる。だから、血筋で後継者を決めなくても、自分の子どもに後継を任せるケースが多いというのは事実としてある。

 血筋を考えなくていいため、結婚をしない、子どもを作らないという選択肢もある。アエラスは元々そのつもりであった。

 また平民出身でも、貴族の地位を持つ人間に見いだされれば、貴族となる可能性は十分にある。


 現在の王、フィニス・テンペスタス。彼は非常に頭が良い。学生時代、一位をとり続けていた。彼はアエラスと同じ身分である、公爵家出身である。彼だって、王ではなく、公爵となる未来もあった。それでも優秀であったがゆえに、王となった。


「後継者、ね。これは、重荷だと思う? 信用されているようで嬉しいと思う?」

「アエラス様はどうだったのですか?」


 ニクスの言葉を受けて、アエラスは苦笑を浮かべる。彼は、椅子に背を預け、上を見上げた。真っ白な天井だけが広がっている。


「何も。何も感じなかったよ。嬉しくもなかったし、苦しくもなかった」


 それがアエラス・クレアティオの強みであり、弱みだ。彼にとって、世の中の大抵のことはどうでもいい。自分に関することだって、例外ではない。

 それは、アエラスが何事にも動じないという点で強みだ。しかし、それは強みだけではない。彼が心を傾けられるものがないということは、彼の人生が色のないようだということだ。


「本当、空っぽな人間だな」


 アエラスは自嘲するように笑った。ニクスは、返事を見つけることができなかったのだろう。静かに目を逸らした。


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