68、春
春は別れの季節だと言い出したのは誰だろうか。アエラスは玄関の外にいた。目の前のルースは支度を済ませている。
今年はルースが13歳になる年だ。つまり、ルースが学校に入学する年で、今日はルースが学校に行く日。全寮制であるため、長期休暇まで、しばらくのお別れだ。
持ち物を確認し終わったルースがアエラスの方にやってくる。
「お父様、支度終わりました」
「もう終わったの?」
「はい!」
少し不安そうであるが、それでも表情は明るい。きっと、学校を楽しみにしているのだろう。
ルースがアエラスに抱きつく。アエラスもルースを抱きしめ返した。
「お父様、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。いつでも帰っておいで」
「はい! 長期休暇には必ず!」
そう言ったルースは名残惜しそうにアエラスの方を見ながらも馬車に乗った。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
馬車から笑顔で手を振るルースに、アエラスも手を振り返した。
馬車が遠くにいってしまった後も、アエラスは馬車の向かった方面をじっと見つめる。
「どうか君のこれからが、明るいものでありますように」
光のように輝け、だなんて言わない。だってそんなことを言わなくても。
「君は私の光だから」
光と名付けた少年は、いつの間にかこんなにも成長した。
アエラスは誰かを救いたかった。エリーのように。それでも。
「救われたのは私の方だ」
空虚で、つまらなかった日々はがらりと変わった。迷いも悩みもあったが、それ以上に輝かしい、光の中にいる日々だった。
「さびしくなるな」
それでも。アエラスの中に光はあるから。ルースの帰ってくる場所はアエラスのところだ。帰ってくる場所をなくさないために。彼のために、ちゃんと居場所を守っておこう。この国を安定させておこう。
凪のように受け止めることはできなくても、風のように包み込もう。
アエラスは仕事に行く準備をするために、家の中へと入っていった。
外を優しい春風が吹いた。彼らの未来を祝福するかのように。
補足
凪→ラテン語でマラキア
風→ギリシア語でアエラス
春風→12話でニクスが「アエラスはエリーのことをこう思っているだろう」という例えに使っていた
最後まで読んでいただきありがとうございました!
「かつて天才と呼ばれた男と男に拾われた少年の話」はこれで完結となります!




