65、秘密を知るとき
アエラスは手帳の方をルースに見える位置に置いた。
「それじゃあ、こっちを見てみようか」
「それは何ですか?」
「ルースが教えてくれたことだよ。この手帳が『花の後ろには美がある』の答えだ」
「お父様、見つけてくれたんですね」
「もちろん」
その手帳はシンプルな表紙だ。結構な厚さがある。アエラスはフィニスとルースに視線を向けた。
「誰が読む?」
「……アエラス、お前が見ろ」
「僕もそれがいいと思います」
「血縁のある2人を差し置いて?」
「いいから、速く」
フィニスに急かされて、アエラスは手帳の頁をめくる。1枚目は何も書いていない。文字が書いてあるのは2枚目からだった。
アエラスはそれをそっと読み上げる。
『これを誰かが読んでいるということは、私は死んだのでしょう。死というのは怖いものね。例え2回目だとしても』
……どういうことだろう。まるで。まるでエリーが今まで死んだことがあるかのようじゃないか。
動揺したアエラスであったが、震える声で続きを読み進める。
『私には、別の世界の記憶が存在しています。詳細は省くけれど、この世界とは大きく異なるものでした。私にはそこで一度生きていた記憶があります。そこで人生を終え、気がついたらエリー・テンペスタスとなっていました』
そこでアエラスは言葉を止めて頭を押さえる。
「待って。待って。どういうこと?」
アエラスはルースとフィニスに視線を向ける。ルースはアエラス同様、困惑していたが、フィニスの表情はあまり動いていなかった。
「……どこかの書物で見たことがある。『転生者』と呼ばれる存在。別世界の記憶を所持している人間がごく稀に存在するという」
「そもそも、人って生まれ変わるの? いや、エリーを疑っているとかではなく、学問的な解釈で」
「それは諸説あるだろう。ただ1つ、エリーのこれを信じるとすれば、その場合もあるということだ」
死後の世界が存在する。それが通説であった。アエラスもそうなのかな、と思っていた。エリーはそこから見守っているのだと思っていた。
すでに、エリーは誰かに転生している? アエラスたちのことを見守っていない?
急速に背筋が冷えた気がした。自分が信じていたことがまやかしであると突きつけられたような。
アエラスは口元を歪めた。動揺している場合か。以前、ルースに全てを疑うつもりでいろと言った。当たり前のように死後の世界を信じているなんて、それを自分が実践できていないじゃないか。
アエラスは深く呼吸をしてから、再び読み上げることにした。最初は敬語も交えて書いていた文章は砕けたものへとなっていた。
『スペス国での生活は楽しかった。たまに過去を思い出して苦しくなったけれど、フィニスお兄様やアエラスがいたからやってこれた。特に学生時代は楽しかったわね。アエラスにシレンテくんが挑みにきて。たまにソムヌスくんもアエラスのもとにきて。あら、アエラス関連ばかりね』
確かに、アエラスがフィニスやエリーといるときでも平気で会いに来たのはシレンテとソムヌスの2人くらいだ。フィニスやエリーも自分と同学年で友人がいただろう。それでも、不思議と3人でいるときにも来る人間は少なかった。
「フィニス、君の友人はどうして来なかったの?」
「よく分からんが、『割り込めない雰囲気がある』とか言っていたような気がするが」
「へえ……? なんでだろう」
「ニクスにきいてみろ。あいつも、アエラスが無理矢理連れてきたとき以外は来なかっただろう?」
「確かに」
やはりアエラスたちは昔なじみであるから、そこには入りにくいものだろうか。ソムヌスの場合は昔からアエラスたちに混ざって遊んだことがあった。シレンテの場合は、そんなことを気にせず来ていた。
後でニクスに聞いてみようと考えながら、アエラスは続きを読む。
『コスモ国へ嫁ぐことになったときは少し怖かった。だって当時のコスモ国の仮想敵国は恐らくスペス国だったもの。それでも、結果的にコスモ国での生活も良かったわ。マラキアは優しかったし、子どもにも恵まれたし』
エリーのコスモ国での生活についてはほとんど書かれていなかった。エリーの中で、不幸ではなかった。それを知ることができて良かった。
しかし、エリーがここに書いてあることが全てではないのは勿論わかる。
エリーの中の言葉にできないような苦悩、逆に独り占めしたいほどの幸福。それはここに書かれていないだろうから。
『種明かしをするわ。私は本当に未来を見たことはない。予言なんてものは存在していないの。私は、この世界が舞台の小説を前の生で読んだだけよ』
アエラスがそこまで読むと、フィニスがぽつりとこぼした。
「予言じゃなかったのか」
「それでも、未来の出来事をあてたこともあったんだから、予言となんの違いもないんじゃない?」
「確かにな」
エリーは予言じゃないと書いているが。予言と相違ない気がする。
「お母様、予言できたんですか?」
「うん。あれ、ルースの前ではしなかった?」
「はい。僕はきいたことないです」
その小説は、スペス国が中心であったのだろうか。コスモ国については触れなかったからこそ、ルースは知らないのかもしれない。
「エリーの予言はいろいろあったよね、フィニス」
「ああ。幼い頃、『コスモ国から急に戦争を仕掛けられる』と言い出した。俺は半信半疑だったが、対策を打診して……。結果的に被害は少なくすんだ」
「あったね」
エリーの『予言』は唐突で、脈絡も理論もなかった。ただ、出来事を言っただけであった。小説で断片的に知っていた、というなら納得だ。
「コスモ国で予言について言わなかったのは、かつてコスモ国からの奇襲を遠ざけるきっかけになったのがエリーって気づかれたくないからじゃない?」
「そうだろうな」
コスモ国で、過去に奇襲が失敗した原因がエリーにあると知られれば、平穏な生活は望めないだろう。恨まれる。下手すれば怒りのはけ口にされる。その予言が無くてもスペス国が勝っただろうが、そんな事実は関係がないだろう。黙っていたのは賢明だった。
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