61、父親
マラキアが無言であったため、肯定とみなしてアエラスはその場を立ち去ろうかと考える。
「待て」
ようやく口を開いたマラキアが口にしたのは制止の言葉だった。
「お前の要求を呑もう」
「懸命な判断だね」
アエラスは椅子に座り直した。そして微笑む。
「それじゃあ、話を詰めようか」
気圧されたマラキアが頷くのを見ながら、アエラスは詳細が書かれた書類を取り出した。それはフィニスが準備したものだ。
マラキアは確実にアエラスの要求を呑む。そう言い切っていたフィニスを思いだしながら、アエラスは書類をマラキアに手渡した。
◆
国と国としての話が終わった後、アエラスの個人的な要求へと話はうつる。
「私の息子に一切関わらない。マラキアの息子であるという事実はなかったことにする。それでいい?」
「……ああ」
「やけにあっさり承諾したね。さっきは返せとかふざけたことをぬかしていたのに」
「お前ほど、俺はあの子を愛していない」
「そうだろうね」
「俺はエリーが亡くなってから、俺にもエリーにも似ていないあの子をみて、思ったんだ。あの子は自分の子ではない、と。そう考えているうちに、お前とエリーの子なのではないかという気持ちが芽生えてきて、あの子をまともに見られなくなった」
「いや、だから私は君の話に興味ないから。次の話へ行こう」
恐らく、マラキアもエリーの死を受け止めきれなかった人間の1人。その行き場のない気持ちを昇華するために、エリーが不貞をし、ルースを自分の子ではないと思おうとしたのだろう。
もっとも、それはアエラスの予想に過ぎないし、仮にそうだったところでエリーの名誉を失墜させるような発言をしたマラキアを許すことはない。マラキアの心境の変化だってどうでもいい。
それにしても返せともう少し粘るべきではないか、と個人的には思うが。マラキアとルースの親子関係をなかったことにしたいアエラスとしては好都合だ。だからそれ以上尋ねることもなかった。
宣言通り、別の話題へと移る。
「エリーがここでどのように過ごしていたか。記録がほしい。フィニス国王陛下もそれを求めている」
「分かった」
「それから、エリーの遺品の一部がほしい」
「……一部だぞ」
「全部持っていくわけないだろ」
◆
一応マラキアから了承を得たアエラスは、エリーの私室へと向かう。まだ残されているらしい。ずっと黙っていたシレンテが口を開いた。
「俺、要りました?」
「決裂したときは、その場で国に戻る必要だから助かったよ。決裂しなかったから普通に帰るけれど」
「やっぱり今回は要らなかったですね。アエラス先輩についていくために対決までしたというのに」
「それは全部結果論でしょう?」
そもそも脅……いや、交渉はアエラスの役目だった。シレンテはその場にいるだけでいい。アエラスが連れてきた人間、というだけで警戒したはず。
そして、今回は奇跡的に上手くいっただけだ。アエラスの説得が失敗していれば、即戦争だったかもしれない。敵地のど真ん中で帰宅手段を持たないのは致命的だっただろう。
「まあ、俺としてはあのアエラス先輩を見ることができてよかったと思いましたが」
「え、あのってどういうこと?」
「なんか生き生きしていましたよね」
「え、うそ」
「本当です」
生き生きしていただろうか。アエラスとしては必死だったが。
「なんか、アエラス先輩の口調が乱暴なところが懐かしかったです」
「あはは、そうだった?」
「ええ」
今回はあまりに感情的になりすぎた。少し反省しているが、感情がなく説得ができたのかは不明だから、結果的にはよかったのかもしれない。
それにしても。アエラスは自分が相対していた男を思い出す。
「あの男も大分変わったよね」
「そうなんですか? 俺はマラキア国王と学生時代に話したことないので知りませんが」
「私も興味なかったからそんなに知らないけれど、もっと小心者だと思っていたよ」
勿論、人質のような形でスペス国へ留学させられてきたというのもあるだろうが。周囲をうかがい、慎重だった。スペス国に、アエラスに喧嘩を売ってくるような人には見えなかった。
「王座は人を変えることもあるんだね。フィニスはそんなに変わったと思わないけれど」
「王座が変えるのではなく、結局は誰が王座に座ったかじゃないですか」
「そうかもね。それにしても、マラキアの恨みの対象は私だったか……。フィニスかと思っていた。しかも、エリーとの不貞を疑われるとは……」
「……アエラス先輩。正直に教えてください。本当に違うんですよね?」
「本当に勘違いだって。……エリーに誓って」
真剣そうな声を出しながらもシレンテの目は笑っているため、シレンテは本気にしたわけではないだろう。アエラスを揶揄っているだけだ。
「エリー先輩に誓うなら、それが真実なんでしょう」
「ねえ、シレンテ。私で遊んでいるでしょう?」
「それもありますが……。アエラス先輩。あなたの言う『事実』をそのまま信じるのは不確実なので」
「え、どういうこと?」
アエラスは首を傾げるが、シレンテは苦い表情を浮かべるだけで、それ以上の説明はしなかった。




