60、一触即発
マラキアの話をきいていられなくなったアエラスは、興味ない感情を隠すことなく言い放った。
「君の話にいつまでも付き合っている暇はないから、結論だけ言ってくれない?」
「今、ベルノ・パラドクスムはお前の元にいるんだろう?」
「ベルノ……? ああ。あの子のことか。そうだよ。それが?」
「あの子を返せ」
「え、嫌だけど。あの子はスペス国の国王承認の下、私の息子だ。不当に連れ戻そうとするなら……」
アエラスはマラキアの様子をみながら、表情の笑みを消した。ゆっくりと口を開く。
「私の全力を以て、コスモ国と戦おうか」
マラキアが隠しきれない怯えをみながら、アエラスは軽く首を傾けた。
「ああ、そういえば。君はこの前暗殺者を送ってきたよね。……あれは私への宣戦布告と捉えていいの?」
アエラスは立ち上がる。マラキアと間にある机に手をおき、軽く身を乗り出しながら、できるだけ声を低めた。
「国の1つや2つ、滅ぼすなんて造作もない。私に倫理観や道徳観がなければ、とっくに実現していただろう。試してみる? この国で」
アエラスにとって、スペス国を巻き込む必要はない。コスモ国対スペス国の戦にする必要はないのだ。アエラスが全てを倒せばいい。
以前は全兵士に特殊魔法を使ったが、それ以外の方法だって存在する。
アエラスは口元だけに笑みを浮かべた。マラキアの後ろに立つ兵士が剣に手をおいたのがみえた。
「それで? 私は君の選択をきいているんだけど。この国を実験台にしていいの? 君が私にしたように」
お前が自分の家を実験台にしようとしていたことなんて気がついている。そんな意味を込めた言葉に、マラキアは顔を歪めた。
「お前は何を望む?」
「まずは武力の放棄。そしてスペス国には金輪際攻め込まないと正式に誓え」
「お前はそんなに平和主義者だったか?」
「君、そんなに私に興味があったの? 私は君に興味ないんだけど」
アエラスが面倒そうに言うと、マラキアが苛立ちを浮かべる。その様子に、アエラスは不思議に思った。それでも、やはり興味はない。
「次にスペス国へ牙を向けば、地図からコスモ国の名が消えることを覚悟しろ」
「……」
マラキアが軽くため息をつく。そして口を開いた。
「それで、わざわざお前が自ら来た理由は?」
「ああ。それは個人的な要求だ」
アエラスは椅子に座り直さず、立ったまま言葉を続ける。
「まず、私の息子に金輪際関わるな。それからコスモ国でのエリーの記録を寄越せ」
「そんなことか?」
「そんなこと……? こっちは戦争にならないようにわざわざ来ているというのに」
アエラスの周囲から勝手に風が巻き起こる。風は弱いものではない。窓ガラスが軋む音がした。
アエラスは笑みを浮かべようとした。上手く笑えているだろうか。多分失敗しているだろう。マラキアの部下達から怯えがみえるから。
まあ、どうでもいい。怖がるくらいなら、牙を向かなければよかったのだから。
アエラスはマラキアを真っ直ぐ睨み付けた。
「あんまり俺を怒らせるなよ、マラキア。魔法の制御ができなくなるから」
自分の口調が乱れている。危ない。このまま魔法を放置すると、この城ごと壊しそうだ。
アエラスは意識的に魔法を消した。そして微笑む。
「ねえ、それで交渉の余地はあるの? ないなら今からこの国の名を地図から消そうか?」
それぐらいはできる。その算段はある。フィニスからはできるだけ滅ぼさない方法で、と言われたが、できなかったとしても、文句は言わないだろう。
「私の出した要求を呑むの? 選択肢はいくつでもあるよ。地図から名を消すまでしなくてもコスモ国をスペス国の属国にしてもいい」
コスモ国の名を残したままスペス国のものにすることだってできる。
「戦争を望む? 私が一人で相手になろうか」
前の戦争と同様。再び、アエラス一人に負けたという状況にもっていく。そう暗に告げたアエラスだったが、マラキアは黙り込んだままであった。
「君に選択肢は与えた。こちらはできる限り配慮した対応をした。いきなり軍を率いてこなかったのだから。もう、これ以上手心を加えることはない」
もともと、選択肢はアエラスにあるのだ。それをわざわざ与えているのだから、容赦はいらないだろう。
「武力の放棄、スペス国へ敵対しないという宣言。するの? しないの? その答えで今後が決まる」
緊張感が走る部屋の中、アエラスはマラキアの返事を待つことはなく喋り続ける。
「今すぐに決められない。そんな舐めた回答は認めないよ。すでにコスモ国が武器の購入をしていると知っている。証拠はある。その状態で、猶予なんて与えない」
仮に猶予を与えたとして。良い方向へいくとは思えない。コスモ国を信用することはできない。一度牙をむいた以上、それは仕方がないだろう。
「君が決めるんだ。マラキア・パラドクスム。コスモ国王である君が」
ちゃんとした交渉をしに来たのではない。脅しだ。それをするしか戦争は避けられない状況まできている。
突如、マラキアの部下の1人がアエラスに剣を抜いた。それをみたアエラスは、魔法で風を起こす。しかし、魔法で剣はぶれなかった。
恐らく無効化の性質を含んだ剣だ。
このまま自分が大人しく攻撃されたほうが、今後の交渉が有利に進むだろうか?
一瞬そう考えたアエラスだったが、脳裏に泣きそうなルースの顔がちらついた。
あの子をまた泣かすのは忍びない。
アエラスは特殊魔法の方を発動させた。魔法の吸収をする意思を捨てろ、と魔法にこめる。そして剣を鞘から抜いたが。
相手の剣がアエラスの剣によって飛ばされるよりも速く、目に見えない力が作動した。マラキアの部下の剣は、何かにぶつかって宙を舞う。
その部下も、マラキアも、呆然としている。
アエラスは、1つ思い当たることがあった。ルースの保護魔法だ。
アエラスの特殊魔法を吸収したことで、相手の剣は、魔法を吸収しなくなった。それにより、ルースの保護魔法の効果が現れたのだろう。
全ての状況を把握しているアエラスは余裕にみえるだろう笑みを浮かべた。
「部下の躾がなってないんじゃない?」
アエラスは表情を消す。マラキアのことを睨み付けた。
「同じ手を二度も使えると思うなよ?」
低めたアエラスの声が響き、部屋は静寂が訪れる。
「交渉は、決裂でいいのかな?」
本質は脅しだが、一応は交渉という体で来ているのだ。対話をしにきているのだ。最初にマラキアが剣を向けてきたのは、驚いた咄嗟の行動と見逃していたが。
武力という手段に訴えようとしてきた時点で、会話をする気がないのだろうか。
コスモ国がその気であるなら、アエラスが遠慮することはなにもない。




