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6、この世の全てを学びたい

「確かに、出会ったばかりだ。でも、君を捨てるようなことはしない、と誓おう」


 そしてアエラスがルースに書類を手渡してきた。ルースは不思議そうにその紙を眺める。そして困ったようにアエラスを見上げた。


「ごめんなさい、アエラス様。ぼくは文字を読めません」

「ああ、そうか。じゃあ、ニクス。読み上げて」

「はい。『アエラス・クレアティオはルースを養子にむかえ、アエラスからの養子解除をしないことをクレアティオの名に誓う。ルースからの解除希望がある場合には、この限りではない』」


 書類の一部を読み上げたニクスが、変なものを見る目でアエラスの方を見つめる。


「正気ですか、アエラス様。クレアティオの名に誓うって」

「勿論。だって、破らないのだから問題ないでしょう?」

「それはそうですが……」


 強張った表情を浮かべるニクスを見て、ルースはアエラスの方をジッと見つめた。


「やぶったら、どうなるんですか?」

「魔力が全てなくなるんだよ」


 その言葉で、ルースはパチリと大きな金色の瞳を瞬かせた。


「魔力って、何ですか?」


 アエラスは、ルースの言葉に瞠目した。そして、一瞬ニクスに視線を送った後で、ルースに目線を合わせて腰をかがめた。


「魔力があるとね、魔法が使えるんだ」

「魔法?」

「そう、魔法は不思議な力で、火をおこしたり、水をだしたりできるんだ。無から有を生み出せる。そしてすでに存在してるものを操ることもできるんだ。それで、魔法にはそれぞれ適性があって、人によって使いやすい魔法が違うんだ」

「へえ、すごい!」


 ルースはキラキラと瞳を輝かせた。そして、アエラスの方に身を乗り出す。


「まあ、魔法の話はまた今度しようか。今は、これを受け取るだけでいいんだ」


 そう言ったアエラスは、ルースに紙を差し出す。ルースは、のばしかけた手を引っ込める。


「でも、魔力がなくなったらどうなるんですか? アエラス様が苦しむ可能性があるなら、ぼくはその書類いらないです」


 ルースは、アエラスがこの誓いを破ったときのことを考えている。破る、と決めつけているわけではないが、何が起こるか分からない。仮に何かが起こったときにアエラスが苦しむのはいやだ。心配そうな表情で見つめるルースに向かって、アエラスは微笑みかける。


「魔法が使えなくなるっていうだけだよ」


 その言葉は嘘ではないだろうが、全てではない、とルースは思った。ニクスが気まずそうに目を逸らしているのが視界に入ったからだ。でも、何にも知らないルースには、それ以上を知ることはできない。書類を破り捨てたら、無効になるのだろうか。それとも、アエラスの名が書いてある以上、アエラスに害が及んでしまうのだろうか。恩人を苦しめたくない。分からない。分からない。


 今の自分には、聞いても分からないことかもしれない。学びたい。全てを。学べば、このアエラスが持ってきた書類をどうするのが正解かも分かるだろうに。


「この書類を受け取るも、捨てるも、君が選んでいい」

「じゃあ、アエラス様が預かっていてください」


 ルースの言葉に、アエラスは驚いた表情を浮かべる。


「いいの? 私が持っていたら捨てる可能性もあるけど」

「いい、です。ぼくが持っていても、何も分からないから」


 ルースの言葉に、アエラスは頷く。そして、ルースを見て、口を開いた。


「ニクスの言う通り、順番が逆だったかもしれないね。ごめん、ルース。改めて聞くけど、私の子どもになってくれる?」

「はい、よろしくお願いします」


 ニクスの今更か、という視線を無視しながら、アエラスは嬉しそうに笑った。


 ◆


 ニクスはルースを見つめた。いきなり家に子どもを連れて帰ってくるアエラスも、それについてくるルースも少し変わっている。普通、初対面は警戒するものではないか。まあ、それを受け入れることができている自分も同じようなものだが。

 そう思いながらニクスがルースを見つめていると、ルースが真っ直ぐにアエラスを見つめて口を開いた。


「アエラス様、お願いがあります」

「なあに?」

「ぼくに、学ばせてください」

「いいよ。何を学びたい?」

「全部です。生きるのに必要なことも、必要はないことも、役に立つことも、役に立たないことも、全部。この世の全て」


 ニクスとアエラスは驚いてルースを見つめる。あまりにも、貪欲で、強いエネルギーを持っている。今は無知である上の知識への渇望。無謀ともいえる望み。アエラスが声を上げて笑った。


「あはは、いいよ。じゃあ、まずは最低限の知識を学んだあとに、興味がありそうなものから片っ端から勉強していこうか」


 アエラスは、本当に楽しそうだ。エリーへの恋が叶わなかった後、抜け殻のように空虚な瞳をしていた男はいなかった。心の底から楽しげであり、ニクスはその主の様子に安心した。


 ルースという少年は、アエラスに良い影響をもたらすかもしれない。先ほど、アエラスの容姿をルースが褒めたとき、アエラスは素直に受け取っていた。アエラスは自身のコアについて褒められると複雑な表情を浮かべることが多かったというのに。

 顔だけではない。彼は自分が持っているものに自信がない。アエラスは、彼女が振り向かなかったのは、自分の持つものが足りないせいだと考えているのだろう。だから、満足していない。

 そんなアエラスが素直に礼を言った姿は珍しい。


 それと同時に、ニクスには疑問が生じる。なぜ、アエラスは急に子どもを拾ってきたのだろうか。先ほど、ルースに聞かれたとき、アエラスは論点をすり替えるようにして答えなかった。

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