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59、恋愛話

 アエラスはマラキアの驚愕した顔をみながらゆっくりと立ち上がった。マラキアの手が腰の剣にあてられるのをみて、自身も右手で剣に触れる。


 勢いよく抜かれた剣がアエラスの首に添えられるのと同時に、アエラスもマラキアの首元に剣をあてた。


 互いの首に剣を突きつけ合っている状況。殺そうと思えば殺し合える。

 アエラスとマラキアの視線が交差する。

 部屋を静寂が包み込んだ。


 奥歯をかみしめるマラキアを見ながらアエラスはわざとらしく笑みを浮かべる。


「急に剣を抜くなんて、危ないじゃないか」

「お前だって同じことをしているだろう」


 アエラスは剣をもつ右手に意識を向ける。

 アエラスはわざと右手で剣を持った。まだ自分の手札を明かしきらないために。


 焦った表情を浮かべるシレンテを視界に捉えながら、どう動くかを考える。


「私は交渉をしに来たんだ。穏便に剣を収めてくれるとありがたいんだけど」

「お前が俺を殺さないという保証はどこにある?」

「どこにもないね。それじゃあ、無理矢理そうさせるしかない」


 アエラスは風魔法を放つ。その風はマラキアの手元を狂わせ、彼は剣を落とした。アエラスは自身の剣を鞘にしまいながら、落ちたマラキアの剣を彼が簡単には拾えない位置へ風の魔法を用いてとばす。


「マラキア。もう一度いう。私は話をしにきたんだ」


 マラキアはアエラスのことを憎々しげに睨んでいたが、やがてため息をついて、アエラスの目の前に座る。

 アエラスもマラキアの向かいの席に座った。


「マラキア、君は随分豪胆になったね」

「は、お前は随分お利口さんなことを言うじゃないか。自分のことを『私』と呼ぶお前を見る日がくるとは」

「私もいい年だからね。それに……」


 アエラスはマラキアの一挙一動を見逃さないように目をこらしながら、口元には笑みを浮かべた。


「かわいい息子がいるからね。良いお手本にならないと」


 マラキアはアエラスがいきなりその話を切り込んでくるとは思わなかったのだろう。一瞬目を見開いた後、鋭い目でアエラスを見る。


「お前が結婚したという話はきいていないが」

「やだなあ、マラキア。私と恋愛話したかったの? 私はしたくないんだけど」


 エリーとの恋愛事情なんて聞きたくない。マラキアは再婚したのだから、そちらの女性の話があるかもしれない。どちらにせよ、アエラスはそんな話をしたくない。

 勿論、マラキアがそんな話をしたいとも思っていない。ただの挑発だ。


 マラキアが口角を上げた。


「そういえば、アエラス。お前はエリーが好きだったな。エリーと俺の話をしてやろうか? エリーのことなら何でも知っているぞ」


 分かりやすい挑発。アエラスがエリーのことを好きだと知っているからこそマラキアは言ったのだろう。

 ぞわりとした怒りを感じた。殺してやりたい。この目の前にいるこの男を。自分の手で、殺したい。今すぐに。


 それでも。辛うじて冷静さをなくさなかったアエラスは笑みを浮かべた。


「聞こえなかった? 君の恋愛話なんて興味ないけど」


 アエラスは自身の声が強張っていることに気がついている。マラキアに悟られないといいが。


 安っぽい挑発はどうでもいい。でも、この言葉だけは聞き逃せない。

 

「ねえ、君がエリーの全てを知っているって? 笑わせないでほしい。彼女の全てを理解することができる人間なんていない」


 アエラスをじっと見つめたマラキアが口元を歪めて笑った。


「やはりお前は変わっていないんだな。お前の弱点はいつだってエリーだ」

「君はすぐに再婚をしたんだっけ? エリーをそれほど大切にしていなかったんじゃない?」


 アエラスの発言に、マラキアが苛立ちをみせる。それをみて、アエラスは1つ確信を得た。マラキアはエリーに恋愛感情を持っていた。過去形だとしてもそれは確かだろう。


「は。お前に教える道理はないな」

「君から話を振ってきたんじゃないか。エリーは大切だったのは君の表情をみれば分かる。じゃあ、君とエリーの子どもは?」


 マラキアは目を伏せながら言葉をこぼした。


「そもそもあの子は俺の子どもだったのだろうか」

「はあ?」


 アエラスは悩み相談のためにここまで来たのではないのだが。この男は何を言っているのだろうか。


「エリーが不貞をしたと?」

「その相手はお前じゃないのか、アエラス」

「……はあ?」


 この男は今何を言った。さっきからよく分からない。エリーが不貞をした? しかも自分と?


「君は何を言っている? 私はエリーがコスモ国に行ってから、手紙のやりとりすらしてないんだけど。そもそも、エリーがそんな不誠実なことをするわけがないだろう。エリーの全てを知っているとかよく言えたもんだな」


 エリーのことなら何でも知っているというのは、明らかな挑発だった。それにしてはボロが出すぎだ。


 そうか。マラキアは不安なのだ。自分に自信がない。だから虚勢を張っているし、エリーが不倫をしていたのではないかと疑う。


 それが分かったところでどうでもいいが。エリーが魅力的な女性であったから仕方がないが同情はしない。

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