55、交渉(おどし)
数日後。アエラスは王宮へ来ていた。フィニスの執務室で、フィニスの向かい側の椅子に座る。
「それでどうする?」
「コスモ国の話だろう?」
「うん」
フィニスがアエラスに資料を渡す。そこにはコスモ国の輸出入状況が書かれていた。
「これさあ……。隠す気ある?」
「ないだろうな」
圧倒的に輸入量が多いのは武器関連。武器そのものではなくても、武器の材料以外に用途のないものを輸入している。これが何を示すかは明白だ。戦争の準備を始めている。
「今すぐには戦争起きないだろうね」
「ああ。武器を輸入して終了ではない。魔法の無効化するための成分を使うだろう。剣や銃弾に練り込む工程が必要となる」
アエラスはため息をつく。アエラスはコスモ国を、特にマラキアに報復はしたいが、関係ない人間まで巻き込む気はなかった。
「やっぱり、戦争は避けられないか」
「マラキアがなぜここまで敵意を出してくるかは謎だが」
「勿論、国としてスペス国が邪魔というのはあるだろうけど……。フィニス、君への劣等感じゃない? スペス国を上手く統治しているから」
「俺はお前への劣等感だと思うが」
アエラスかフィニス。どちらかに劣等感を抱いていることは否定できないだろう。
ドアを叩く音がして、フィニスの部屋の外にいる護衛担当者が入ってきた。
「フルヴィウス伯爵がお越しですが、いかがなさいますか?」
フルヴィウス伯爵。シレンテ・フルヴィウスのことだ。
フィニスがアエラスの方を見る。アエラスが頷くとフィニスが入室の許可を出した。
「失礼します。あれ、アエラス先輩もいらしていたんですね」
「うん。ちょっとね。シレンテはどうしたの?」
「魔法科からの予算請求です」
「早くないか?」
「去年は遅かったせいで行政科から苦情が入ったので、まずは初期案を早めに出しておこうという話だそうです」
魔法科の思惑としては、昨年の反省を活かし、今年は高く予算を割いてもらえるように交渉の余地を残しておきたいのだろう。
交渉? アエラスは1つ思いついたことがあった。
「フィニス、良いこと思いついた」
「なんだ? 嫌な予感がするんだが」
「私が交渉しに行ってくるよ。コスモ国に」
フィニスは目を見張った後で、首を振る。
「止めておけ、アエラス。お前はこの間刺されたばかりじゃないか」
「フィニス」
アエラスは柔らかく微笑んだ。アエラスは立ち上がって、フィニスの机に手を置いた。アエラスはフィニスの焦げ茶色の瞳をじっと見つめる。
「君が許可をしないのなら、私は勝手に行くよ。君の道具として、君の目の届く範囲内で動くのと、単独で私に動かれるの、どちらがいい? 選ぶのは君だ。私はどちらでもいいのだから」
その笑みとは対象的にアエラスの言葉は強引なものだ。アエラスも自覚している。フィニスが顔を引きつらせた。
「お前……。まるでエリーに会う前の頃のようだな」
「何が?」
「分かっているだろう……。その強引さ」
フィニスが嫌そうに睨んでくるが、関係ない。アエラスは自分の意思を曲げる気はないのだから。
「それで? どうするの?」
「……お前の望むがままに。その代わり、俺の手の上で動け」
「うん。いいよ」
シレンテが部屋にいることを気にしていなかったが、シレンテは何の話をしているか分かったのだろう。不思議そうにはしていない。その代わり、変な物を見るかのような目をしている。
「アエラス先輩、こわ……」
シレンテの呟きに、アエラスは彼を睨み付ける。しかし、シレンテには響いていなさそうだ。
「シレンテ。巻き込んで悪いが、もしアエラスがコスモ国へ交渉に行くならお前も共にいってもらいたい」
「えー……。分かりました」
シレンテは少し面倒くさそうだったが、結局は承諾した。それに焦りをおぼえたのはアエラスの方だ。
「シレンテは駄目だよ」
「ちょっと、アエラス先輩。俺本人の前でなんてことを言うんですか。俺が実力不足なのは分かっていますが……」
「違う。そうじゃない。君の実力は認めているけど……」
シレンテに死んでもらっては困るのだ。だって、約束をしているから。
「何が駄目なんだ? アエラス」
「シレンテにはお願いをしてあるから。私が死んだらルースを頼むって」
アエラスの言葉をきいたフィニスがゆっくりと首を振る。
「俺は、お前たち2人を死地に追いやる気はないんだが」
フィニスの返事にシレンテが意外そうな顔をした。
「フィニス先輩、激高するかと思いました」
「何がだ?」
「アエラス先輩の、このいつ死んでもいい、というような態度」
そんなつもりはないのに、とアエラスは不服に思うが、アエラスが何かを言う前にフィニスが口を開いた。
「ルースが来る前のアエラスになら、激高していたかもしれない。でも、アエラスはルースの親となって、間違いなく変わった。ルースがいる限りは死ぬ気で帰ろうとするだろう。特に今回の件は、ルースが責任を感じてしまうから」
図星だ。アエラスは黙り込む。
そんなアエラスをみてフィニスが笑みを浮かべた。
「今のこいつは、以前よりも人間らしい」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒め言葉に決まってるじゃないか」
人間らしい。人間らしくなかったのだろうか。自分が人間であるのは疑いようのない事実であるのに。解せない。
まあ、そんな気持ちはおいておき。アエラスはシレンテの方を見ながら言った。
「まあ、ルースの話だけではなくて、可愛い後輩を敵地に連れていく趣味はないんだけど」
「趣味じゃなくても、やれ。最悪の場合、シレンテの特殊魔法で逃げろ」
「やっぱりそういう目的だよね」
シレンテの魔法は制約もあるが、便利なものである。非常に便利なものである。
しかし、特殊魔法を。自分の能力を。国のために、戦争のために、何かのために使うということは強制されていいものではないとアエラスは思う。
「シレンテ。嫌だったら、嫌と言えばいい。君が嫌なら、私が本気でフィニスを説得するから」
シレンテがアエラスの方をみた。赤紫色の瞳を柔らかく細める。
「アエラス先輩。いえ、アエラス・クレアティオ公爵。私、シレンテ・フルヴィウスは貴方にお供します」
そう言って、綺麗な所作でお辞儀をしたシレンテをみて、アエラスは苦々しい思いを飲み込んだ。
シレンテ自身がここまで言い切るなら、止める言葉は持ち合わせていない。
アエラスはシレンテをじっと見つめてボソリと呟いた。
「シレンテは、あんまり戦闘むきの魔法じゃないよね」
「それはそうですが……。アエラス先輩、俺を連れていくのを断る口実を考えようとしています?」
「そうじゃないよ。現状を把握しようとしているだけだって」
軽く睨んでくるシレンテにアエラスは苦笑する。シレンテの実力はよく知っている。
「確かに、俺の光魔法は目眩ましぐらいにしか使えませんね」
「君、剣は使えるんだっけ?」
「人並みですね」
本当にシレンテを連れていっていいのだろうか。アエラスはしばらく考えたあと、シレンテに向かって笑みを浮かべる。
「シレンテ」
「はい」
「今から手合わせしようか?」
「はい……?」
説得材料に言葉を持ち合わせていないのなら。言葉以外を使えばいい。




