54、解析
ガチャリと研究室のドアが開かれる音がして、アエラスは顔を上げた。シレンテとソムヌスが並んで部屋に入ってくる。シレンテとソムヌスの間を流れる空気に気まずさはないようにみえた。
「来てくれてありがとう、ソムヌス。シレンテも迎えに行ってくれてありがとね」
「いえ、大丈夫です」
シレンテは返事をしたが、ソムヌスは何も言わなかった。黙ってアエラスの方に近づいてくる。
「ソムヌス?」
「兄さん」
自分より暗い金の瞳に見つめられ、アエラスは首を傾げた。
「怪我をしたってきいた」
「……うん。でも大丈夫」
「本当に?」
「うん。シレンテが治してくれたからね」
「治癒魔法を使わないといけないほどの怪我を?」
「……私の落ち度だよ」
アエラスの返事にソムヌスが呆れた顔をした。しかし、その瞳には心配げな色が宿っていたため、安心させたくて笑みを浮かべた。
「嘘じゃないよ。大丈夫。ありがとう」
「兄さん、その言葉信じるからな?」
「うん」
アエラスは自分の手元にあるものを思い出した。
「そうだ。シレンテ」
「はい」
「いろいろ試していたら、なんかそれっぽいものができた」
「……はあ?」
シレンテの意味が分からない、という顔をみてアエラスは苦笑する。色々試していたら、たまたま近しいものができただけなのに。
「でもこれだと不十分な気がするんだ。このナイフの魔法無効化はこのナイフより前方の広い範囲に及んでいたけど、これだと直接触れるものしか効果が及ばない」
「全く話について行けないんですけど。アエラス先輩何でこれを作ったんですか?」
アエラスはシレンテが手袋をはめたのをみて、彼に金属と物質を手渡した。
「この金属に、この化学物質とこれを混ぜたら近しい物になったよ」
シレンテは黙ったまま光の魔法を発動する。光魔法はアエラスの作った物質に吸い込まれるようにして消えた。
「……吸収という観点では成功だと思います」
近しい。それでもコスモ国が送ってきた暗殺者のものにはまだ足りない気がする。アエラスはため息をついた。
「そもそもコスモ国が仕掛けてきたこれが吸収をしているか弾いているのかも分からない。回数に制約があるのかも分からないからあまり実験するわけにはいかないよね」
「アエラス先輩は吸収しているか弾いているかどっちだと思っています?」
「やっぱり吸収な気がするんだよね。弾いたのなら私が暗殺者に放った風がどこかに弾かれたってことでしょう? そんなの近隣の家が損壊するくらいの威力で放ったような……」
近隣の家が壊滅していない。それはアエラスの魔法を弾いていないことの証明になるだろう。シレンテが納得したように頷いた。
「それじゃあ、吸収っぽいですね。他の可能性あります?」
「私は思い浮かばない」
消滅はできないだろう。有を無にする、つまり存在するものをなくすような手段が見つかったとすれば、それは世界の滅亡と同義だ。人も、国も簡単に無に帰せることになるから。それを作れば、コスモ国側にも問題が生じる。
仮に時間を動かすことが可能だとしたら。魔法が使われていない状態に戻し、魔法をなくした……。いや、それはさすがに空想的だろう。仮に時間に干渉できるのなら他にやり方はあるはずだ。アエラスが生まれる前に始末するとか。
「やっぱり吸収が現実的じゃないかな?」
アエラスの言葉にシレンテが頷く。
「俺もそう思います」
アエラスとシレンテの会話をじっと見ていたソムヌスが唐突に口を開いた。
「……魔獣の核」
「え?」
「魔獣の核を混ぜるのはどうだ?」
魔獣は魔法を使うことができる。その魔物の魔力が生まれる場所は核だ。
ソムヌスの言葉にアエラスは考え込んだ。シレンテが不思議そうに首を傾げる。
「魔獣の核は、魔力を排出する場所だろう?」
「それは魔獣の中にあるときだ。生きたままの魔獣から核を取り出せば、魔力を排出することはなくなる。外気に触れることで反転して、吸収をするようになるはずだ」
生きたままの魔獣という部分が大事だったはず。核が体内ある状態で魔獣を殺せば、核は消滅する。
「しかし、魔獣の核だけだと、剣に付与することも練り込むこともできない。そこでアエラス兄さんが作った物質と混ぜる。似たような性質のものをあわせれば、効果を変えることなく、付与することも練り込むこともできる」
アエラスが適当に作った物質も無駄ではなかったということだ。
別に無駄になっても構わなかったが。
ソムヌスがアエラスの方をみる。
「そして、生きたままの魔獣から取り出した核には意思が宿る。生き物と一緒だ。兄さん、何が言いたいか分かるな?」
「私の特殊魔法で対処可能」
「そういうことだ」
吸収によるものなら、完全な無効化ではない。その場で吸い取っているから無効しているようにみえるだけであって、魔法自体の効果が消えているわけではない。
つまり、アエラスがその物質にむかって「魔法を吸収する意思をなくせ」と命じれば。吸収しなくなる。
「それなら勝機はあるね」
シレンテが不憫そうに顔を引きつらせた。
「コスモ国の肝いり事業であったでしょうに。こんな短時間で解決してしまうなんて……。コスモ国にしてみれば、絶望でしょうね。また、アエラス・クレアティオかって」
シレンテの言葉にアエラスは苦笑した。
「私の対処可能な物質を使う方が悪い」
「それは違いないでしょうね」
それでも。この対処は一時的だ。未来永劫の平和を保障するものではない。
「でも、これは私が生きている限りだ。その後の対策はまた考えないといけない」
1番手っ取り早い方法は、コスモ国が二度とスペス国に牙をむかないようにすることだ。
「まあ、今後の話はまたフィニスと相談かな」
アエラスがため息をつくと、コスモ国の物質の物質と魔獣の核の成分が一致するかを確認し始めていたシレンテが頷いた。
「……ソムヌスの言う通りでした。成分は一致しました」
シレンテは素早く解析をしたようだ。
それにしても。アエラスは感心してソムヌスの頭を撫でた。
「流石ソムヌス。優秀だね。一瞬で物質を導き出すなんて」
「ちょっと兄さん。撫でないで」
ちょっと顔をしかめたソムヌスであったが、アエラスをみて笑った。
「兄さんの弟だから。当然だ」
「それじゃあ、私も優秀な弟に恥じぬように頑張んないとね」
「兄さんはそれ以上頑張んなくていいから、無理しないで」
やっぱり優しい子だ。アエラスはもう一度ソムヌスの頭を撫でようとしたら、今度は避けられた。




