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53、選択の基準

 ガタガタと揺れる馬車内でシレンテはちらりとソムヌスへ視線を送る。その視線にソムヌスはすぐに気がついた。


「なんだ?」

「……俺とアエラス先輩との問題にお前を巻き込んで悪かった。お前はどちらの気持ちも分かるから、板挟みになったんじゃないか?」

「確かにあの時はどうすればいいか分からずに戸惑ったけれど、今はもう兄さんと仲直りしたんだろう?」

「仲直りというか……。俺が一方的に怒っていただけで、アエラス先輩は何も思っていなかったと思う」


 シレンテの言葉に、ソムヌスは金の瞳を瞬かせた後で首をふった。


「そんなことはない。兄さんも落ち込んでいた。シレンテと仲違いした後に『理由は分からないけれど、シレンテを傷つけてしまった』って言ってたぞ」

「アエラス先輩がエリー先輩以外のことで落ち込む……?」


 考えられない。あのアエラス・クレアティオが。シレンテの言葉で落ち込むという様子が想像できない。

 

 シレンテをみてソムヌスが苦笑した。


「シレンテは兄さんのことを何だと思っているんだ? 兄さんはお前のことも可愛い後輩として大事に思っていたはずだ」

「そう、か……」


 アエラスをよく知る、ソムヌスからの言葉。シレンテは手で顔を覆った。自分だけがアエラスを慕っていると思っていたけれど、アエラスの中に存在を残すことはできていたのかもしれない。


「ずっとエリー先輩が世界の中心の人、だと思っていた。それでも思っていたよりも、アエラス先輩の世界は広いのかもしれない」

「兄さんの世界は広い。確かにそうだ。それでも、エリー姉さんが中心という認識は合っていると思うぞ」


 ソムヌスの言葉にシレンテは瞬きをする。ソムヌスは窓の外を見ながら口を開いた。


「正確には、『以前は合っていた』だ。前までの兄さんはそうだった。エリー姉さんが中心だったし、それ以外に何もなかった。しかもそれに満足していた。身近な人のことも考えていたと思うが、それでも何かの選択の基準はエリー姉さんだ」


 選択の基準。その言葉をきいたシレンテは、話の流れを何となく掴んだ。


「そうか。今のアエラス先輩の基準はルースくんだ。ルースくんに関する選択をするときは特に、広い視野をもって選ばなくてはいけない」

「そういうことだ。前の基準が『エリー姉さんのためになるか』『エリー姉さんが選びそうか』だったとしても、今そうするわけにはいかない」


 昔のアエラスは選択の基準をエリーにしており、それ以外のことは流れに身を任せていた。エリーが生きていた頃は「どれがエリーのためになるか」を基準とし、エリーが亡くなってからは「どれがエリーが選びそうか」という基準だったのだろう。アエラスの基準はいつになってもエリーだった。


 しかし、ルースが来てから状況は変わった。ルースに関する選択は自分のことより慎重になっただろう。ルースに不利益が生じないように。ルースのためになるように。自分のこと以上に気を遣った。


「なるほど……。やっぱりアエラス先輩を変えたのはルースくんなのか……」

「全部がそうかは分からないけれど、ルースが兄さんに影響を及ぼしていることは事実だ」


 アエラスの心の真ん中にあるのはエリーなのかもしれない。それでも、彼は他にも大切なものがあって。


「アエラス先輩は、ちゃんと親なんだな……」


 シレンテが思わず呟くと、ソムヌスはシレンテに視線を向けた。


「シレンテはどうなんだ? 子どもとかは?」

「結婚もしていないし、子どももいない。俺もそろそろいい年だが……」

「フルヴィウス伯爵サマは引く手あまたなんじゃないか?」

「お前……。知ってたんだな。俺が伯爵になったって」


 貴族になる場合、誰かから貴族の権利を譲られる場合と、自分の実力でゼロから与えられる場合がある。親から譲られるケースが多いため、機会は均等ではない。それでも、実力が重視されるのもまた事実。貴族の権利を譲られたとしても、無能であれば剥奪される場合がある。

 

 シレンテは親から貴族の名を譲られたときは子爵だったが、彼の実力を評価され、伯爵になっていた。もしかしたら侯爵になるのでは、という噂もある。

 シレンテにしてみればあまり重要ではないが、高い爵位があるに超したことはないだろう。

 結婚をしなくても、誰か優秀な人を見つけ出して譲ればいい。アエラスがルースにするように。アエラスはルースに譲ると口にしていないが、そのつもりがあることは見ていれば分かる。


 自分にもそういう子が見つかればいいのだが。


「本当にアエラス先輩、幸運だよな。ルースくんみたいな良い子を見つけて。俺もルースくんを後継にしたいんだけど」

「あんなレベルの子どもが他にいてたまるか。順当に学校へ引き抜きしに行けよ」


 学校で学生を引き抜く。それが通常使われる手段だ。子どもがいない人間などは、学校へ視察に行き優秀な学生に自分の家に来ないか、と誘うのだ。


「……そうしようかな」


 馬車がアエラスの家に着いたのを確認して、シレンテは話を切り上げた。

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