50、愛されたかった
「アエラス、お前は『愛されたことがない』などほざくつもりはないだろう? もっと、しっかり周りを見ろ」
フィニスの言葉に、アエラスは黙り込んだ。流石アエラスのことを昔から知るフィニスだ。
アエラスがどこかで感じていた気持ちを、自分より先に言語化した。しかも、それは違うとつきつけてきた。
アエラスは愛されている。幼なじみであるフィニスはアエラスを尊重している。アエラスは親との仲は悪かったが、弟との仲もそれなりによかった。そんな弟は家を出てしまったが、アエラスを愛している人間の一人だといえるだろう。
ルースだって、アエラスを大切にしてくれている。そんなことは分かっている。
アエラスのこの感覚は、愛を受け取ったことがないかのような感覚は。それに何が起因しているかなんてわかりきっている。
「本当は、エリーに愛されたかった」
これはアエラスが目を逸らし続けてきた本音だ。自分がエリーを愛していればいい、というのは事実であるが、それは全てではない。
胸の底から湧き上がってくる気持ちが堪えきれなかった。意思とは関係なく涙がこぼれ落ちる。
「……エリーなりに、愛してくれていた。私に恋心は抱いていなくても、愛はあった。それは知っている。それでも……」
それでも、自分と同じ愛をもらってみたかった。
ガシッと乱雑にフィニスがアエラスの頭を撫でた。そうして呟く。
「エリーに愛されたかった。それはお前の大事な感情だ。一生抱きしめたままいればいいし、勿論忘れたくなったら忘れてもいい」
アエラスはフィニスを見上げる。フィニスは穏やかに微笑んだ。
「その代わり、その感情に目を塞がれるな。その感情を持ち続けることと、視野を狭めることは話が違う。ちゃんと見ろ、お前を愛する人達を」
アエラスはゆっくり頷いた。
様子を見ていたシレンテが揶揄い混じりの表情を浮かべた。
「フィニス先輩。そこは自分も愛している人の中の一人だ、という場面じゃないんですか?」
「……そんな恥ずかしいこと言えるか」
「まあ、貴方の言ったことは愛しているよりも熱烈ですね」
フィニスがシレンテを睨み付ける。照れ隠しであることは誰にだって分かるだろう。
フィニスがシレンテの肩を強く叩いた。
「ほら、シレンテ。お前の番だ」
「え……。俺はいいです」
「遠慮するな。お前も本音をぶつけろ」
シレンテはフィニスを恨めしそうに見た後、アエラスに向き直った。
「アエラス先輩」
「うん」
「俺は、ずっと謝りたかったんです」
シレンテの言葉にアエラスは首を傾げる。謝られるようなことはあっただろうか。
「以前、アエラス先輩にぶつけた暴言を謝罪します。『恋と魔法を両立できない不器用な人』や『魔法を捨てるのか』と言って、申し訳ありませんでした。貴方には事情があったというのに」
「別に君の言葉を不快に思っていないよ。君は事情を知らなかったわけだし、あながち間違いでもないしね」
シレンテは世間の噂とは違う。彼はアエラスについてよく知った上で、アエラスに自分の気持ちをぶつけただけだ。シレンテの感情は最もだろう。自分と親しかった人が急に魔法から離れれば心配になるのは当然だし、しかも理由をひた隠しにされれば怒りもわき上がるはずだ。
「それでも。俺の自己満足だとしても謝罪させてください。本当はあんなこと思っていなかったです。前にも少し言いましたが、貴方たちにそろって隠し事をされたことで線を引かれた気分になったんです」
「ごめんね、シレンテ」
「謝らないでください。貴方に謝られることは何もないんです」
シレンテは少しの間目を伏せてから、アエラスの方を真っ直ぐ見つめた。その赤紫色の瞳には切実な色が宿っていた。
「アエラス先輩。俺は貴方のことを、愛しているかはわかりません。それでも、俺の人生でアエラス先輩と出会えたことは、幸運だと思います」
「……ありがとう。私も君に会えて良かった」
フィニスが口元に笑みを浮かべながら、シレンテを小突いた。
「お前の方が愛しているより熱烈じゃないか」
「え? あ、フィニス先輩も言ってほしいんですか? 俺は貴方にも会えてよかったと思ってますよ」
「やめてくれ……」
シレンテを揶揄おうとしたフィニスが返り討ちにあう。シレンテは冗談めかしながらも瞳が真剣だ。気持ちは正直なものであるからこそ、フィニスが顔を背ける。
フィニスの真っ赤な顔を見ながら、アエラスは廊下の曲がり角の方に視線を向けた。
「ルース。来づらい雰囲気にしてごめんね。気にしないでおいで」
アエラスの言葉で、フィニスとシレンテもそちらを見る。シレンテが顔を引きつらせた。
「え、今のルースくんにきかれていたんですか? ちょっと帰っていいですか?」
「今の恥ずかしがる部分あった?」
アエラスが不思議に思うが、フィニスは呆れた顔をする。
「十分にあっただろう」
シレンテが軽く首を横に振った。
「恥ずかしいという感情じゃないです。俺が若い頃、アエラス先輩に放った暴言を聞かれたのがちょっと気まずいというか……。先生としての威厳が……」
「お前も恥ずかしさはないのか……」
ルースがアエラスの方に駆け寄ってくる。アエラスの前で立ち止まると、緑の瞳でアエラスを見つめた。
「お父様」
「うん」
「僕は、お父様のことを愛しています。本当に、愛しているんです」
そう言いながら、ルースはアエラスに抱きつく。アエラスは抱きしめ返しながら呟いた。
「分かってる。君は私のことを愛してくれているんだよね。ありがとう。私も君を愛しているよ」
聞こえていることを伝えるために、あえてルースの言ったことを繰り返す。
ルースはアエラスに微笑みかけた。アエラスも笑みを浮かべた。
「ルース、ありがとう。わざわざフィニスのところまで言ってくれて」
「僕が行きたくてしたことです。それに、結局僕の力だけではなにもできませんでした」
「手段なんてものはそのうち身についてくるよ。今大事なのは君のその気持ちだ。私はそれが嬉しい」
アエラスはルースの頭を撫でる。目映いほどの金の髪はいつも手触りがいい。
ルースが人の心を動かした。ルースのおかげで、フィニスは自分の考えをアエラスへぶつけ、アエラスの中で眠っていた本音を引きずり出した。シレンテの気持ちも聞くことできた。
ルースがいなければ。このような気持ちになっていなかっただろう。
「ルース。君は私の光だよ」
アエラスの言葉に、ルースは困った顔をした。
「そんなことはないですよ」
「本当だよ。ありがとう」
ルースは、まだ納得していない顔をしていたがアエラスは笑みを深めた。




