43、暗雲
王宮を出た2人は馬車にのってから深く息を吐いた。アエラスが疲れたように背を座席に預ける。
「ごめんね、ルース」
「何がですか?」
「不快な場所に連れていって」
アエラスは整えてあった髪を乱雑にかきあげた。そんな様子のアエラスをルースはじっと見つめる。
「僕は大丈夫です。お父様はああいう場が嫌いですか?」
「嫌いというか、楽しくないよね」
アエラスは窓の外に目を向けた。そんなアエラスをみて、ルースは口を開く。
「お父様、作戦は順調ですか?」
「多分。別室でフィニスと『ルースはマラキアの息子のようだ』という話をしていたときに、人の気配がしたから、多分情報は流れるだろうね」
アエラスはルースに視線を戻してから口元に笑みをのせた。
「こちらがわざとらしく行動したのに、これで情報を掴めないほど愚鈍なら、相手をするのも面倒だね」
「大丈夫だといいですね」
アエラスはニコリと笑みを浮かべた。
「さあ。今年中に片をつけようか。ルースが学校に入学するときまでは引き延さないように、なんとかしよう」
13歳になれば、学校へ行くことになる。その前に片付けるというのは難しそうだ。通常なら。
それでも、自分の父なら。アエラス・クレアティオならなんとかしてくれそうだ、と思いながらルースは笑みを返した。
◆
コスモ国。王宮の中でマラキア・パラドクスムのもとに1人の部下が報告にやってきた。
「国王陛下、第一王子のベルノ殿下の居場所が掴めたという連絡です」
「本当か? どこだ?」
「スペス国の諜報員からです」
その言葉をきいたマラキアは面倒に思う。よりによって、スペス国。
「具体的な場所は?」
「それは……」
部下が言い淀んだ後に恐る恐る口を開いた。
「アエラス・クレアティオ公爵の息子として公の場に姿を現したようです」
その名前にマラキアは思わず手に力をこめる。手にしていた羽ペンはぐしゃりと音をたてて簡単に折れた。部下が肩を揺らすがマラキアは全く気にしなかった。
「またアエラスか……! あいつは……」
マラキアは奥歯を噛みしめる。怒りが収まらぬまま、部下に指示を出す。
「アエラスの家に暗殺者を送れ。アエラスを殺し、ベルノを怪我させてでも連れて帰るように命じろ」
「それでも、そんなことをしたら……」
「俺の指示が聞こえないのか?」
マラキアが部下を睨みつけると、部下は黙って頷いた。
「かしこまりました」
「それから、あれの開発も急ぐように命じろ」
「かしこまりました」
「ああ、そうだ。あれの実証実験をアエラスの暗殺で使え、効果を試してみろ」
「かしこまりました」
部下は返事をして部屋から出ていった。マラキアは右手を握りしめ、力いっぱい机に叩きつけた。ガシャン、という音が自分だけの部屋に響く。痛みで少し冷静さを取り戻したマラキアは、深くため息をつく。
「アエラス・クレアティオ。本当に目障りな男だ」
16年前。当時16歳だったアエラスが戦場に立った瞬間、勝負はついたようなものだった。いや、勝負にすらならない。コスモ国の軍の戦意を奪ったアエラスは、戦いという土俵にすらあがらせなかった。
「アエラス、相変わらずお前は俺から奪っていくんだな。かつての勝利も、俺の息子も。それに、エリーの心はお前のもとにあったんじゃないか? もしかしてベルノの本当の父親は、お前なんじゃないか?」
そう呟いたマラキアは冷たく笑う。誰も返事する人のいない部屋で、マラキアは自身の髪をかきあげた。
「アエラス。お前にこれ以上何も奪わせない」
窓の外は真っ黒な雲がコスモ国の地を覆っていた。




