37、餌
会場に入ったルースは、自身の横を歩くアエラスを見つめる。美しい彼をみて、声を掛けたそうにしている人は男女共にいるが、彼の隣に自分がいるからだろう。誰も声をかけない。
「あれ、クレアティオ公爵じゃない?」
「え、嘘だろう。パーティーに参加するの珍しいな」
そんな声が聞こえてくる。ルースはアエラスの方を見上げた。
アエラスのスカイブルーの髪はサラサラと長さがあり、白の服装はそれを引き立てている。32歳とは思えないほど綺麗だ。ルースが見つめているのに気がついたアエラスがルースの方に顔を近づけた。
「どうしたの? 人が多くて疲れた?」
アエラスは少し姿勢をかがめている。そうしないとルースにこっそりと話しかけることはできないから。早く身長を伸ばしたいと思いながらもルースは答える。
「大丈夫です。まだ疲れていません」
「そう? 帰りたくなったらいつでも言ってね。今すぐでも帰ろう」
そんなアエラスをみてルースは苦笑する。帰りたいのはアエラスの方ではないか。
アエラスは相変わらずルースのことを子ども扱いしてくる。少しだけ、子どもじゃないのに、という不満もあるが、それでも実の父が自分に無関心だった分、くすぐったく感じる。
お父様が本当の自分の父だったら良かったのに、と何度思ったことか。
好きな女性と、別の男の子どもを引き取るだなんて複雑な気持ちになりそうなものだが、それでもアエラスは『ルースが自分の息子であり、何も変わらない』という宣言通り何も変わらなかった。
「あれ、アエラス・クレアティオ公爵様じゃないか」
「相変わらず美しいな」
「隣の子どもは誰だ? クレアティオ公爵がどこかの女性と子どもを作ったのか?」
「まさか。クレアティオ公爵に限ってそれはないだろう。クレアティオ公爵が子どもを引き取ったと噂になっていなかったか?」
「それ本当の話だったんだ」
自分のことが噂されている。ルースは肩が強張る思いがした。アエラスの方を見上げる。アエラスにも聞こえているはずなのに、彼は表情を全く変えない。
「それじゃあ、ルース。フィニス陛下に挨拶に行こうか」
「……はい」
ルースが周りの言葉を気にしてるということに気がついたのだろう。アエラスはニコリと微笑んだ。
「ルース。君が何を思って、何を言っても問題ないよ。だって君は私の息子なのだから」
何気ないようにアエラスはルースに向かって言った。アエラスの声はそこまで大きくなかったが、彼の透き通るような声は少し離れた場所にも届いていたようだ。会場がアエラスの一挙一動に注目していた。
それだから、アエラスはパーティーを苦手としているのだろう。
「いえ。何でもないです。フィニス国王陛下にご挨拶に行きましょう」
ルースはアエラスに微笑んで見せた。そして決意する。アエラスの顔に泥を塗る行為はしないように気をつけよう。アエラスは何をしてもいいという。それでも、ルースが何か問題を起こせば、それはアエラスの評判に直結する。アエラスは気にしなくてもいいと言うだろうが、ルースが気になる。
フィニスは大勢の人に囲まれていたが、アエラスが近づくと周りの人はアエラスに道を譲りだした。
アエラスとルースに気がついたフィニスが笑みを浮かべた。
「アエラス、よく来たな」
「フィニス陛下。招待ありがとうございます」
「ルースも。よく来てくれたね」
「ご招待ありがとうございます」
ルースがお辞儀をしてみせる。それをみたフィニスが感嘆の声を漏らした。
「流石はアエラスの息子。しっかりしているな」
恐らくその言葉は、ルースがアエラスの息子であると認めていることを広めるために言ったことだ。ルースのことをフィニスはよく知っている。それなのにわざわざここで褒めたのは、それを知らしめるため他ならないだろう。
案の定、フィニスの言葉が届いた貴族は動揺をし始める。先ほど、アエラスの言葉が聞こえていなかった人にまで届いたことだろう。
ざわめきが広がるのを聞きながらルースはアエラスとフィニスの動きが手慣れているな、と感じた。彼らは自分の発言に注目されている状況に慣れている。
「フィニス陛下。後で大事な話があるのですが、よろしいですか?」
「珍しいな、アエラス。分かった。後で別室に行こう」
近くで見ていたルースには分かった。2人が和やかに話しているように見えて、一瞬鋭い視線を交わしあった。
これは、餌だ。コスモ国から紛れ込んでいる諜報員にわざと情報を流すための。




