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32、臣下

 フィニスはエリーの死を受け止めきるだけの強さはなく、それでも自分のやるべきことを無視できるほど愚かにはなれなかったのだろう。


「君が、生きているだけで、良かった。よくこの国に来てくれた」


 フィニスが声を詰まらせながら呟いた。フィニスの言葉にルースは微笑んだ。


「お母様が言っていました。困ったことがあったらスペス国を頼るようにって」


 フィニスは目を閉じた。エリーのことを思い出しているのだろう。

 目を開いたフィニスはアエラスの方に視線を送る。


「アエラス。昨日の今日でもう解決したのか? 記憶が特殊魔法に関係していたということか?」

「うん。その通りだよ。今日の朝にルースと記憶の話をして、その後に特殊魔法を検査して、その魔法を解いた」


 アエラスの説明にフィニスは頷いた。ある程度は予想していたのだろう。


「アエラス。お前は、『ルース』と呼んだな。記憶を思い出したからといって国に帰る気はないんだな?」


 フィニスの問いかけにルースが頷く。


「はい。僕はルース・クレアティオです。他の何者でもありません。ベルノ・パラドクスムはもういません」


 ルースの顔に迷いはない。それを見たフィニスは頷いた。


「分かった。それじゃあ、君の今までを教えてくれないか?」


 ルースが先ほどアエラスとシレンテにした説明と同じ話を繰り返す。全ての説明を聞き終わったフィニスは頭を抱えた。


「そんなことが……」

「あ、フィニス。国境警備の強化の書類を今作ったから、あげる」

「さっきからなんか書いていると思ったら……。アエラス、お前も十分仕事中毒じゃないか……」


 ルースがフィニスに話している間にアエラスは部屋にある紙と羽ペンを使って書類を作成していた。フィニスがアエラスを呆れた目で見つめてくる。アエラスは首を振った。


「別に普段だったら、私は業務以外で仕事はしないよ。でも、今は状況が違う。これから忙しくなるでしょう?」


 コスモ国の態度を、野放しにしておけない。どちらの立場が上かを明確にしなければならない。



 アエラスの方をみて、シレンテは感心したように頷いた。


「アエラス先輩って、意外と仕事できるんですね」

「え、シレンテ。聞き捨てならないんだけど。どういうこと?」

「だって、貴方の才が知れ渡っていたのは魔法だけです。魔法科へ行かず、行政科にしたと聞いたとき、冗談だと思いました」


 後輩からの評価にアエラスは言葉をなくす。フィニスが笑いながら口を開いた。


「あまり目立っていなかったが、アエラスも勉強はそこそこできる。剣は駄目だが」

「ちょっとフィニス」

「事実だろう?」


 事実だ。アエラスは剣だけで勝負すればエリーはもちろん、フィニスにも勝ったことはない。だからこそ、学生時代に剣の腕が立つニクスを見つけ、自身の部下へと引き込んだ。


 アエラスがフィニスを睨んでいると、シレンテが呟いた。


「それに、アエラス先輩は状況や動きを把握するのはできないと思っていました。1つのことしか目に入らない人だと思っていましたから」


 シレンテは、アエラスがエリーのことしか見ていなかったことを示唆しているのだろう。アエラスは自分がそこまで盲目的だったかと過去を振り返る。うん。間違いなく盲目的だ。後悔も反省も全くないが。

 アエラスはフィニスに視線を移す。


「それでフィニス。この警備配置案でどう?」

「いいんじゃないか?」


 フィニスの返事をうけ、アエラスはフィニスの机に書類を置いた。後で会議に出すことになるだろう。


「それにしてもそんなに急いで国境の警備を強化する必要はあるんですか?」


 シレンテの問いにアエラスは頷いた。


「ある。ルースがこの国にこっそり入れたということは、コスモ国からの諜報員が入るのも容易いだろうから」


 隠密行動の訓練をしていないはずのルースが入れたのだ。他にも入っている人がいるとみるのが妥当だ。


「フィニス。諜報員をあぶり出す?」

「……いや。泳がせておこう」


 フィニスは少し考え込んだがきっぱりと言い切った。


「ほぼ諜報員がいるのだから、それを利用する。しばらくの間は何も気がついていないように装うのがいい」

「それなら、国境警備の強化に理由がいるんじゃない?」




 アエラスの言葉にフィニスは考え込んだが、首を振った。


「問題ない。コスモ国へエリーについての情報請求をしたが、対応が悪かったから、コスモ国にきな臭さを感じた、でいいだろう」


 嘘に本当を混ぜると真実のように聞こえる。フィニスの言った話は事実だが、本当は国境警備の強化とは因果関係がない。その事実を気づかれる可能性は低いだろう。それでもアエラスは引っかかることがあった。


「君がエリーの情報を請求するのって結構不自然じゃない?」

「そうか? 世間的に腹違いの妹であることは知られていなくても友人と知られているから問題はないと思うが」


 アエラスはフィニスの方をみて、口の端をもちあげるようにして笑った。


「もっと説得力があるシナリオがあるよ。私が君に頼んだことのすればいい」

「……また、自分勝手だと批判されるぞ」


 アエラスが自分の意思でしか特殊魔法を使わないと宣言したときに散々言われたことだ。フィニスがアエラスを案じているのは分かったがアエラスは笑いとばした。


「別にいいよ。自分勝手に振る舞うための『公爵』と『救国者』だから」


 地位や身分に興味がないアエラスがそれを手放さない理由に1つは、自分が思うとおりに動くためである。それから、王に不満が集まるのを分散させる目的もある。


「それでも……」

「ねえ、フィニス」


 アエラスの名を使うことに煮え切らない態度のフィニスにアエラスは苦笑した。そしてきっぱりと言い切る。


「私は君の臣下だよ。この前言ったでしょう? 私のことを上手いこと利用してって」


 それが王の役目だ。真実かを疑われることなく、国にとっての最善をうつ。フィニスはそうなるように選ばなくてはならない。


 アエラスの言葉にフィニスは頷いた。


「分かった。アエラス、お前の名を借りる」

「うん」


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