31、天才と呼ばれなかった男
「ルース」
「はい」
「君が嫌じゃなければ、もう一度フィニスに会う気はない?」
ルースはフィニスの甥ということになる。それを知った上で会えば互いに感慨深いだろう。アエラスの提案に、ルースは頷いた。
「分かりました」
「じゃあ、今からは……。今急ぎの用事はないし大丈夫かな。よし。もう一回王宮に行こう」
ルースがコスモ国王、マラキアの息子である。この事実は今日の仕事より大事だろう。今後の両国の関係を揺るがすものになりかねないのだから。
馬車の手配をしようと立ち上がったアエラスに、シレンテは気まずそうな顔をした。
「アエラス先輩、俺は馬車が苦手なんですよ。乗りたくないんで、俺の魔法使っていきません? 一度なら3人同時に移動できると思うんで」
シレンテの特殊魔法。それは瞬間移動である。条件としては今まで行ったことがある場所のみ。そして魔力の消費が多い。一日に五回の移動が限度だろう。しかし、何人かで移動するとなると、もっと魔力を消費するため、一日に一度くらいしか移動できないはずだ。
シレンテの提案にアエラスは一瞬検討したが、すぐに首を振った。
「それだと帰りが困るから……。シレンテ、君だけ先に王宮へ行って、フィニスに私達が行くことを伝えてくれない?」
「人使いが荒いですね。まあ、構いませんが」
シレンテは馬車に乗るよりはマシだと考えたのだろう。あっさりと頷いた。
「それではアエラス先輩、ルースくん。先に参ります」
「うん。よろしくね」
アエラスの言葉に頷いたシレンテは一瞬のうちでいなくなった。アエラスはルースの方を見る。ルースは呆然とシレンテがいたはずの空間を見つめていた。
「シレンテ先生、すごいですね」
「うん。あの瞬間移動の魔法はこの国でも特殊性はトップクラスだ」
仮にあの魔法を戦争で使用できていたら、救国者はアエラスではなくシレンテであったかもしれない。しかし、シレンテは今まで行った場所にしか移動できない。コスモ国とは昔から戦争をしていたため、コスモ国へ入ることはできなかった。だから、シレンテの魔法が使われる機会はなかった。
もっとも、個人の特殊魔法を国の道具のように扱うことをアエラスはあまりよく思っていないから、その感覚をシレンテが味わうことがなくて良かったというのがアエラスの考えではあるが。
「シレンテは普通魔法も光魔法だしね。本当に珍しい」
この国に普通魔法が適性である人間は10人もいない。シレンテの普通魔法の適性が光だったからこそ、ルースの先生として相応しかった。
彼にとっての不幸は、アエラスと同世代だったことだろう。アエラスと世代が違えば、シレンテは天才と言われていたはずなのだから。
それでも、シレンテは強い男だった。何度もアエラスに勝負を挑んできて、諦めなかった。
シレンテは魔法への執着が強い。だからこそ、今も魔法を中心とした生活を送っているのだろう。
「それじゃあ、私達も行こうか、ルース」
「はい」
アエラスはルースに左手を差し出した。10歳の子であり、ルースほど大人びた子は嫌がるかなと思ったが、ルースはアエラスの手を握った。
2人で手をつないだまま馬車へと向かう。アエラスは左手に感じるぬくもりに不意に涙が出そうになった。
◆
王宮に着いたアエラスとルースは、フィニスの元へと向かった。アエラスがフィニスに前触れを出していなかったとしても、アエラスの顔を見たら止めることなく通すようになっている。
アエラスはフィニスの部屋の扉を叩くと、返事がある前に扉を開く。
そこにいたのは、フィニスとシレンテであった。2人をみて、アエラスは笑みを浮かべる。
「フィニス陛下、失礼します。押しかけて申し訳ありません」
「アエラス、全然悪いと思っていないだろう」
「うん。だって、今は昼休憩の時間でしょう? 業務時間外なのに、なんで仕事してるのかの方が気になるんだけど」
「……」
業務外であるため、アエラスは敬語を使うのをすぐに止めた。アエラスの指摘に、フィニスは気まずそうだ。
「それで何の用事だ?」
「……シレンテから、どこまできいた?」
アエラスはどこから説明すべきか言葉に詰まり、シレンテに視線を向けた。
「今日、ルースくんの特殊魔法を判別しに王宮まで来たという話はしました。それ以上の話は何も」
「了解。ありがとう」
アエラスは黙り込んだ。どこから話せばいいのだろう。魔法の話からか、ルースの出自から話すか。
「フィニス国王陛下」
悩んでいるアエラスを見かねたのか、ルースがフィニスに声をかける。そんなルースをみて、フィニスは焦茶の瞳を数回瞬かせた。
「どうした? ルース」
「改めてご挨拶させていただきます。僕の元の名はベルノ・パラドクスム。コスモ国王、マラキア陛下の息子です。母はエリー・パラドクスム。貴方の妹君です」
それをきいたフィニスが瞳を見開いた。フィニスがアエラスへ視線を送る。アエラスは何も言わずに頷いた。
フィニスがルースのことを呆然と見つめる。静かに口を開いた。
「君に触れてもいいか?」
「はい」
フィニスはルースへ手を伸ばした。その手はかすかに震えている。
フィニスの右手がルースの頬に触れた。
「温かい、な」
フィニスの声は涙を堪えているように聞こえた。アエラスは知っている。エリーの死を悼んでいるのはアエラスだけではない。フィニスだってそうだ。




