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26、無意識

 そう言ったフィニスはワインを口にした。アエラスもグラスに入っているワインを飲み干す。すでにワインを二本あけている。アエラスは自分の思考が回っていない感覚がしてきた。フワフワした感覚で、自分の手の感覚が酷く鈍い。

 通常よりも早いペースで飲んでいたため、酔いが回ってきた。眠い。


「アエラス、お前大分酔っているんじゃないか? 顔が赤いぞ」


 フィニスの声が少し遠く聞こえる。これは切り上げた方がいいかもしれない。ぼんやりとした頭で家を思い浮かべた。


「そろそろ帰ろうかな」

「帰るのか?」

「うん。帰らなかったらルースが寂しがるかもしれないし」


 家で、ルースが待っている。多分。ああ、駄目だ。何も考えられない。


「へえ。ちゃんと仲良くなっているんだな」

「うーん。分からない。寂しく思ってなかったらどうしよう。それはそれで悲しいんだけど」


 アエラスはほぼ無意識に返事をしている。フィニスがアエラスの返答に声を上げて笑う。


「はは。あまり人に興味を示さないお前にしては面倒なことを言うな」

「そうかもしれない」

「それなら今日は帰らずに、次の日の反応を試してみればいいんじゃないか?」

「それで無反応だったら悲しいから帰る」

「面倒だな……」


 酔ってきているアエラスを、フィニスが呆れた目で見つめる。そんなフィニスをみてアエラスは微笑んだ。


「そうだ、フィニス。君が私に引け目を感じたままでいるのは少し悲しいんだ。昔みたいにすればいいのに」

「……距離を取りたがるのはお前の方じゃないか? すぐに陛下と言って敬語を使ってくるじゃないか」


 アエラスの思考は正常じゃない。思いついた言葉をこぼしただけだ。そんなアエラスの言葉に呆気にとられていたフィニスであったが、少し恨めしげに返事をする。その言葉にアエラスは柔らかく笑う。


「だってフィニスは王様でしょう? 大変な役目を背負ったんだから敬われないと割にあわないと思うけど」

「お前は距離を取りたかったわけじゃないんだな」

「そんなわけないよ」


 フィニスは安心したような瞳でアエラスを見つめていたが、少ししてアエラスの持つグラスを奪い取った。


「どうせお前のことだから最後の方の記憶はないんだろう? さっさと帰れ」

「うん。またね、フィニス」


 アエラスはふにゃりと笑った。完全に酔っているアエラスを見てフィニスは苦笑しながらも軽く手をあげた。


 ◆


 アエラスが家に帰ったのはいつもより遅かった。それでもルースはギリギリ起きている時間だった。屋敷は静まり帰っており、少数の使用人しかいない。

 ルースは自分の部屋から窓の外を眺めながらアエラスの帰りを待っており、馬車の到着をみて玄関の方へと向かっていった。


「アエラス様、お帰りなさい!」


 ルースがアエラスに駆け寄る。アエラスがルースの頬に向かって手を伸ばしてきた。ルースは不思議に思いながらも受け入れる。


「アエラス様、どうしたんですか?」


 アエラスの纏う雰囲気はいつもと違う。いつも優しげであるが、それでも気を張っているように見える。しかし今は違う。アエラスは完全に力を抜いている。ニクスから酒で酔ったアエラスは絡んでくるから気をつけろと言われていたが、人と喋りたい気分なのだろうか。


 ルースがアエラスを観察しているうちに、彼がぽつりと呟いた。


「ルース。君は、ずっと私のことを『アエラス様』と呼ぶよね」

「え?」


 急にアエラスが何を言い出したか分からず、ルースはアエラスを見上げた。アエラスは言葉を続ける。


「私のことは、まだ父親とは認められない?」

「……」

「それとも、父親という存在が嫌い?」

「……」

「私は君にとって、何だろうね」

「……」


 独り言のようにアエラスが呟いた言葉だったが、アエラスの雰囲気の軽さとは違い、その言葉は重かった。


 ルースは、アエラスからの問いに何も答えることができなかった。


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