22、思い悩む
次の日の朝。ルースは、ジッとアエラスを見つめる。朝ご飯を一緒に食べているのだが、アエラスはどこか上の空だ。ルースはアエラスを観察する。目の下に薄らと隈がある気がする。
「アエラス様」
「うん? どうしたの?」
「昨夜は眠れなかったんですか?」
「そんなことないよ」
アエラスは、ルースに向かって笑みを作った。ルースは心配そうにアエラスを見上げるが、アエラスが何かをいうことはなかった。
アエラスは答えが出ない問いを考えながら仕事を進める。どうしたらよいかという漠然とした疑問が胸の真ん中に存在していて、他にあまり意識を避けない。どこかぼんやりとしたまま一日が終わっていた。
「おい、アエラス」
「何でしょう、陛下」
「お前、様子が変だが何かあったか?」
仕事が終わり、帰ろうとしたアエラスにフィニスが声をかけた。アエラスは金の瞳をフィニスの方へ向ける。
「いえ、何でもないです」
「俺に隠せると思うなよ。いつもより仕事が速かったじゃないか」
「それと何の関係が?」
首を傾げるアエラスに、フィニスは苦笑した。
「お前が学生時代にエリーの誕生日プレゼントに悩んでいるとき、テストの点数が一番良かっただろう? お前は悩んでいる時の方が脳の回転が速いんだよ」
「そうでしたか? エリーの誕生日プレゼントに悩んだ記憶はありますが、テストの点数までは覚えていませんでした。流石、陛下。記憶力がいいですね」
「お前の記憶がエリーに偏りすぎているだけだろう……。仕事は終わったんだから、敬語やめろ」
フィニスはジッとアエラスを見つめた。
「なあ、アエラス。今から飲まないか?」
その口調は軽く、思いつきのように言っているが、フィニスがアエラスを気遣おうとしていることをアエラスは気がついてた。
「やめておくよ。ルースが待っているから」
アエラスは朝ご飯と夜ご飯をルースと共に食べている。それは今日も例外ではない。
「じゃあ、明日はどうだ?」
「フィニス。君の方が忙しいんじゃないの? どうせそんなこと言って夜にも仕事しているんでしょう?」
アエラスはフィニスが仕事中毒気味であることを知っている。罰が悪そうに目を逸らしてたフィニスをみて、アエラスは微笑んだ。
「気持ちだけ、受け取っておくよ。ありがとう」
そう言って今度こそ帰ろうとしたアエラスに、フィニスが声をかける。
「アエラス」
その声色がいつも以上に真剣だったため、アエラスは驚いて振り返った。
「なに?」
「酒が入らないと話せないことがある。俺の部屋かお前の家か選んでくれ」
フィニスの真剣な表情にアエラスはたじろぐ。アエラスは考え込んでから口を開いた。
「じゃあ、フィニスの部屋で」
「それでいいのか?」
「私の家だとルースの耳に入る可能性があるからね」
アエラスの言葉に、フィニスは頷く。
「分かった。それじゃあ、明日俺の部屋で」
「うん」
「じゃあ、アエラス。何か問題があればいつでも言ってくれ」
「ありがとう」
そう言ってアエラスは帰路についた。馬車の中でアエラスは一人ぼんやりと考える。
どうしたらいいのだろう。ルースに親として何ができるんだろう。
自分の子ども時代はどうだっただろうか。アエラスは記憶を辿るが。
『天才であり続けろ。それ以外にお前に価値はない』
『王になれ。それがお前の生きる意味だ』
やけに高圧的で乱暴な声を思い出した。自分の父親から言われたことだ。アエラスは顔を歪ませた。
血筋主義ではないのに、父が天才と呼ばれなくなったアエラスを後継者にした理由は未だによく分からない。少しの感謝はあるものの、アエラスは公爵という地位へのこだわりは特になかった。
「ああ。おぞましい」
自分に父親の血が流れていることに心底ゾッとする。一方的に上から押さえつけるような態度で、暴力的な人だった。その血が流れているアエラスは、果たして正しい大人でいられるのだろうか。
「どうしよう。どうしたらいいのか、全然わかんないや」
アエラスは自身の水色の髪をかき上げた。アエラスの表情には酷く苦しげであるが、本人は自覚していない。
◆
「アエラス様、お帰りなさい!」
帰宅したアエラスに夏の太陽のような輝く笑顔で駆け寄ってくるルースをみて、アエラスの心にはじんわりと熱が広がった。
守りたい。幸せにしたい。それでも、その役は自分でいいのだろうか。
そんな懸念を抱えながらもアエラスはルースに向かって笑みを浮かべた。ルースの視線に合わせるようにしゃがみ込む。
「ただいま、ルース。今日はどうだった?」
「今日の午前はステラさんにスペス国の歴史を教えてもらいました! それと、今日の午後はニクスさんに剣の握り方から教えてもらいました!」
楽しそうに話すルースの頭をアエラスは思わず撫でる。そして不思議そうに見つめるルースを抱きしめた。
「アエラス様?」
戸惑う声を出したルースにアエラスは囁いた。
「大好きだよ。ルース」
ルースはぱちりと瞬きをした。そして嬉しそうに笑う。
「ぼくも、アエラス様のこと、大好きです」
そう言ってルースはアエラスを抱きしめ返す。アエラスは掠れそうな声で話す。
「ごめんね。私にはちゃんとした愛情の伝え方が分からないんだ。だから、ごめんね。君のことを大事にしたいと思っているんだけど、どうしたら上手く伝わるか分からない」
ルースは視線を動かしてから口を開いた。
「ぼくも何がちゃんとした伝え方かは分かりません。でも大好きって言われるの、うれしいです」
「そうなの?」
「はいっ!」
ルースから離れたアエラスは、穏やかに微笑んだ。そのアエラスをみて、ルースは口を開く。
「アエラス様」
「なに?」
「アエラス様は、なんでぼくのことを好きなんですか?」
ルースからの質問にアエラスはしばらく考え込んだ。そして首を傾げる。
「それは、好きになったタイミングのことをきいてる? それとも好きな部分をきいてる?」
「え?」
ルースはアエラスを不思議そうに見つめる。アエラスは少し考え込んだ。
「好きって気持ちはずっと同じものじゃないと思うんだよね。最初はここが好きだったけど、相手をもっと知る上で別の部分も好きになった、みたいに」
「同じものじゃない……。じゃあ、今はどんなところが好きですか?」
「君の素直なところとか、言葉を丁寧に選ぶところが好きだよ」
「えへへ」
ルースが笑みをこぼすのをみて、アエラスも頬を緩めた。
何が正解かは分からない。自分にできるのは言葉を尽くすくらいしかできない。それをルースが信じてくれるかは分からないけれど。アエラスにできることは、それぐらいしか思いつかない。




