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2、悲しいとき

 ルースは、目の前の男をじっと見つめる。アエラスは、美しい人であった。スカイブルーの髪は、空の色みたいで、金の瞳はまるで星のようだ。その人が自分に手を差し伸べてきたとき、救世主のように見えた。仮にこの男が、自分を騙そうとしていた悪人だとしても、人に化けた怪物だとしても、それでいいと思えた。



 そんなルースの考えは外れており、この男はちゃんと人間のようだ。そして、身分の高い人であるらしい。住む場所もなく街を彷徨っていた自分とは違う。高級そうな馬車が彼を迎えに来て、彼の側にいる人からは敬語で話しかけられていた。


「ねえ、ルース」

「なん、でしょう」


 たどたどしい敬語でルースは話す。無礼だったらどうしよう、とルースは怯えていたが、アエラスは気にする様子がなかった。


「私は、君を養子にしたいと考えているんだ。君の親はいるの?」

「わかりません。でも、おぼえている限りはいないです。あったこと、ないです」

「そうか……」


 ルースの答えに、アエラスは考え込んだ。彼の目を伏せる様子を、ルースは見つめる。


「まあ、いいか。問題が起こればそのときに対処すれば。家においで、ルース」


 アエラスは、ルースに手を差し伸べた。ルースは、迷いながらもその手を取った。


 ガタガタと揺れる馬車で、アエラスは何かを考えている。考え事の邪魔になってしまうだろうか。ルースは躊躇(ためら)いながらも声をかけた。


「あの、アエラス様」

「どうしたの?」

「急にぼくをつれて帰って、ご家族は困らないんですか?」


 ルースの言葉に、アエラスは金色の目をパチリと見開いた。その後で、首を振る。アエラスのスカイブルーの美しい髪が緩やかに揺れた。


「問題ないよ。私は独り身だからね」


 今度は、ルースが目を見開く番であった。ルースの驚きを見て、アエラスは首を傾げる。


「そんなに驚くことかな? 私みたいな年で結婚してないのが意外?」


 アエラスの言葉に、ルースは慌てて首を振った。アエラスは「私みたいな年」とか言ったが、彼は若くみえる。


「ちがいます。アエラス様みたいに綺麗な方が結婚していないのが意外だったんです」


 アエラスは目を見開いた後に、優しげに笑ってみせた。思わず目を奪われてしまうような華やかな笑みだった。


「そう? ありがとう。でも、私は結婚をしないって決めているんだ」


 アエラスの表情が一気に悲しげなものへと変化した。彼の瞳は、一体何を見ているというのか。ルースではない、別の何かを見ているようだ。


「アエラス様?」

「ん? どうしたの?」


 アエラスは、一瞬にして悲しげな表情を消し去った。アエラスは、感情を隠すことが得意なようだ。偉い人だからだろうか。それでも、アエラスに悲しみは根付いているんじゃないか。普段は見えないだけで。


 悲しい人を慰めるには、どうしたらいいんだろう。ルースの脳裏に、何かが浮かんだ気がした。何を思い出したか、よく分からない。それでも、何をしたら相手を慰められるか、自分は知っている気がする。


 ガタガタ揺れる馬車の中、ルースは立ち上がった。戸惑うアエラスの頭を小さい体でギュッと抱きしめる。


「悲しいときは、人によりかかっていいんです。人がいると落ち着きますよね?」


 抱きしめられたアエラスの顔から、表情が消えた。抱きしめているルースは気がついていない。それでもアエラスの身体が強張ったには気がついていた。


「エリー……」


 人の名のようなものを呟いたアエラスの声は、ルースに届いていた。それでもルースは何も言わずにアエラスを抱きしめた。初対面であるアエラスにどこまで踏み込んでいいのか分からなかったからだ。黙って抱擁を受け入れ続けているアエラスは一体何を考えているのだろう。




「ありがとう、ルース。元気が出たよ」


 しばらくして、アエラスはルースから離れた。そして、微笑む彼は先ほどまでの動揺は一切なかった。そんなアエラスをみたルースが邪気なく微笑む。


「よかったです」

「君は、そうやって誰かに抱きしめてもらったことがあるの?」


 アエラスの言葉に、ルースは不思議そうに首を傾げた。アエラスは緊張しているように見える。しかし、ルースは何もおぼえていない。首を振ることしかできなかった。


「わかりません」

「分からない?」

「何も、わからないんです」


 そう言った俯いたルースの表情は、アエラスから見ることはできないだろう。ルース自身も自分が苦しいのか悲しいのか、それとも別の感情があるのかよく分からない。


 二人の間に沈黙が落ちた。ガタガタと馬車の揺れる音だけが響く。アエラスがルースに向かって手を伸ばした。そして、髪に触れる直前でピタリと動きを止めた。


「頭に触れていい?」


 アエラスの言葉をきいて、ルースは顔を上げた。アエラスの表情は迷いに満ちていた。アエラスの金の瞳に映る自分は、なぜか知らないが泣き出しそうだった。


「はい……」


 消え入りそうな声でルースは答える。アエラスはルースの髪を撫でた。ぎこちない手つきにアエラスの不慣れさが伝わってきた。くすぐったくて笑ってしまう。ルースの表情を見たアエラスも、口元を緩めた。

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