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18、愛の果てに

 ニクスが部屋から出て行くのを見届けてから、アエラスはため息をついた。右手を首元にあてて、考え込む。


「どこから話せばいいんだろう」


 まさかこの出来事を人に話す気がくるとは。アエラスは墓場まで持っていくつもりだった。人に説明したことはない。アエラスの脳内で、話の順序を組み立てる。

 そんなアエラスを、ルースとシレンテは黙って見守る。


「エリーの話をしようか。シレンテ、君はエリーのことをどれくらい知っている?」

「俺が、アエラス先輩の元を訪れるとき、大抵一緒にいらっしゃいましたよね? エリー先輩とフィニス先輩と。だから、少しは知っているはずです。美人で、剣の実力があって、アエラス先輩とフィニス先輩に次ぐ、王の候補だったはずです」

「じゃあ、エリーの旧姓は知っている?」

「エリー・フローレス、でしたよね?」

「うん。じゃあ、シレンテ。フローレスという家に聞き覚えは?」


 アエラスからの問いかけに、シレンテはしばしば考え込んだが、驚いたように首を振った。


「ない、ですね」

「そうだ。フローレス家はエリーの母親の代で途絶えているんだ」

「途絶えている? それじゃあ、なんでエリー先輩はフローレスを名乗っていたんですか?」

「エリーの本名は」


 アエラスは、気持ちを落ち着かせるように息をすって、口を開いた。


「エリー・テンペスタス。フィニスの異母妹だ」


 シレンテは、息を呑んだ。ルースは、よく分からなさそうに首を傾げている。


「異母妹って、何ですか?」

「母親が違うけど、父親が一緒ってことだよ」


 シレンテが震える手で口元を押さえた。


「エリー先輩が本名を隠していたのは、テンペスタス家の前当主の不貞を隠すため……」

「うん。エリーとフィニスの学年は一つ違ったけど、誕生日は近かったから、エリーをテンペスタス家の子どもにするのは不自然すぎた」


 だからこそ、エリーは消えた家門のフローレスを名乗り、二人が異母妹であることに気がつく人はいなかった。


「みんな、知らなかった。エリーとフィニスが義兄妹であることを」

「ええ。知りませんでした。てっきり、アエラス先輩とフィニス先輩とエリー先輩が三角関係みたいな修羅場の話が始まると思っていました」

「あはは、まさか。フィニスは、私がエリーのことを好きと知っていながら奪おうとするような人間じゃないよ」


 シレンテの言葉に、アエラスはおかしそうに笑う。それを見ながら、シレンテは苦笑した。


「すみません。勘違いしていました。それじゃあ、何があったんですか?」


 シレンテの言葉で、アエラスは遠くを見つめた。


「あの頃、フィニスには恋人がいたんだ。その女性は、なんというか、その、束縛する女性だったんだ」

「そくばく?」


 アエラスは必死に言葉を選んだが、ルースは不思議そうな顔をした。アエラスは、困りながらも言葉を探す。


「その女性は、フィニスを好きすぎて、他の女性と話さないでほしい、みたいな気持ちを持っていたんだ」

「なる、ほど?」


 ルースは、よく分からない、という顔のまま頷いた。アエラスは説明を諦めて、話を続けることにした。


「フィニスは、妹であるエリーのことを大事にしていた。それでも、その事実を知らない人はどう思うかは明白だろう。フィニスが、エリーに恋愛感情を持っているかのように思うはずだ」


 部屋に沈黙が落ちる。その先の展開が良いものではないと悟ったのだろう。シレンテが俯いた。


「フィニスの恋人は、フィニスとエリーの仲を疑った。そして、次第に彼女の精神は追い詰められていった。フィニスは、本当はエリーがすきなんじゃないか、自分のことなど、愛していないんじゃないか、そう彼女は精神を病んでいった」


 アエラスは天井を仰ぐ。アエラスは自身の感情を必死に押し殺した。自分の表情は分からない。話を黙って聞いているルースが唾を飲み込んだ。


「そして、エリーとフィニスが二人で私を待っているときに、その女性はエリーのことをナイフで不意に刺した」


 殺意も、悪意も感じさせなかったのだろう。そうでなければ、エリーは対処できたはずだ。彼女は、剣術に秀でていたのだから。


「私が着いたとき……。いや、ごめん。ここの部分は省かせてほしい」


 アエラスは言葉を詰まらせながら話す。

 アエラスは血の気が引く感覚がした。手が震えそうになるのを必死に止める。彼の脳裏によぎる鮮血が当時の恐怖を、引きずり出した。吐きそうだ。時間が経っても鮮明に思い出してしまう。


「刺されたエリーに、私は光魔法、治癒を使った。自分の魔力の全てを使って」

「は? 全て? 貴方のあの膨大な魔力量を?」


 シレンテが驚いたようにアエラスの言葉を繰り返す。そして、アエラスを凝視した。


「え、アエラス先輩、それでよく生きていましたね」

「まあ、なんとか」

「え、しかも光魔法? 貴方との相性は最悪じゃないですか」

「それでも、結果的にはこれが一番良い結末だったはずだ。誰も死なずにすんだ」


 微笑んだアエラスに、シレンテは何か言いたげな表情を浮かべた。ルースをチラリと見たシレンテは、ため息をついた。


「お話、ありがとうございます。約束ですので、ルース君の指導を引き受けますよ」

「ありがとう」


 アエラスは、ルースの方を見た。ルースは、真っ直ぐにアエラスの方を見つめている。


「アエラス様は、苦しかったですか?」

「魔力を全部使ったとき?」

「はい」

「うーん。あんまり覚えていないかな。それより、エリーを助けられなかったときの方が、苦しいと思うよ」

「アエラス様が苦しくなかったならいいです」


 そのように答えたアエラスを、シレンテは奇妙なものを見る目で見つめた。


「やっぱり、貴方は変わっていますね。苦しくなかっただなんて」

「そうかな?」


 アエラスは本当に分かっていない。そんなアエラスをみて、シレンテはため息をついた。そして、ルースの方を向く。


「じゃあ、ルースくん。汚れてもいい服に着替えてきてくれないか? 第1回の授業をしよう」

「はいっ」

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