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17、秘密

 シレンテと約束の日。アエラスは緊張した様子を隠せずに用もなく歩き回っている。


「アエラス様」

「どうしたの?」

「シレンテ様ってどんな人なんですか?」


 ルースの言葉に、アエラスは懐かしく思いながら笑みを浮かべた。


「シレンテは私の学生時代の後輩だよ。優しい子で、頑張り屋だ」

「アエラス様と仲が良かったんですか?」

「うーん。少なくとも私はそう思っていたけど、彼がどう思っていたか分からないかな」


 そう言ったアエラスは、ルースに向かって笑いかけた。


「もし、シレンテと会ってみて、違うな、って思ったら言ってね。別の人を探すから」

「他の人とも仲が悪いんじゃ、ないんですか?」

「……なんとかするよ」


 ルースの発言は図星であったが、アエラスは笑みを浮かべたままだった。アエラスをジッと見つめたルースは、コクリと頷いた。アエラスは窓の外を眺めた。そして家の前に馬車が止まったのを見つけ、ルースに声をかける。


「シレンテが、来たみたいだね。迎えにいこうか」

「はい」


 アエラスはルースと並んで外に向かう。赤紫色の髪と瞳を持つ男性が馬車から降りてきた。


「久しぶりだね、シレンテ」

「アエラス先輩……」


 先ほどまでの緊張をみせず、アエラスは明るく微笑んで見せた。シレンテは数秒間アエラスを見つめた後で、何かを飲み込んだかのような顔をした。


「今日は、来てくれてありがとう」

「……はい」

「入って」


 アエラスに促されて、シレンテは家に入っていく。ルースは、シレンテを見つめていた。


 ◆


 応接室で、アエラスがシレンテに椅子に座るよういい、自身は向かい側の席に座った。ルースもアエラスの隣に座る。


「シレンテ。この子が私の息子のルースだ。今、魔法の先生を探しているんだけど、君が引き受けてくれない?」

「……どうして人に頼もうと? 貴方が自分でやればいいじゃないですか」


 シレンテにしてみれば、アエラスが魔法に関することを人に頼もうとするのが理解できない。わざわざ気まずい相手頼むより、自分で教えた方が断然楽だろう。


「うーん。最初はそのつもりだったんだけど、ルースに嫌って言われちゃって」

「え? 貴方からの指導がいや?」


 シレンテは理解できず、ルースの方を見る。ルースは金に輝く髪に、透き通るような緑の瞳を持っている。アエラスからの手紙には拾ったと書いていたはずだが、どこかの貴族の子どもだろうか。ジッと見つめてくるルースの瞳はまるで全てを見透かすかのようで。シレンテは少し居心地の悪さを感じながらもルースの言葉を待った。


「アエラス様は全部を教えてはくれないです。アエラス様は、光魔法と相性が悪いことを、教えてくれなかった」

「ああ、なるほど。確かにアエラス先輩はそういうところありますね。自分の弱みを見せたがらない」


 確かにそうだ。納得したシレンテは頷いた。そして、まじまじとルースを見る。


「へえ、アエラス先輩の養子っていうから、どんなやばい人間かと思ったら、賢そうな子じゃないですか」

「君の中で私の認識はどうなっているの?」

「人間になんて興味がなくって、エリー先輩のことしか考えられない人だと思っています」

「……」


 シレンテの返事に、アエラスは微笑んで何も言わなかった。否定も肯定もしない姿に、シレンテはアエラスから目を逸らした。やっぱりこの人は変わっていない。


「それで、アエラス先輩。この子に魔法を教えたらいいんですか?」

「え、引き受けてくれるの?」

「俺のだす条件を引き受けてくれるならいいですよ」

「……それは、なに?」


 アエラスの探るような瞳をうけて、シレンテはアエラスを真っ直ぐ見つめた。


「アエラス先輩。貴方の隠していることを、秘密を教えてください」


 シレンテの言葉で、アエラスは戸惑った表情を浮かべた。


「秘密? そんなのないけれど」

「いや、あるはずです。貴方と、エリー先輩と、フィニス先輩が関わっている何か。ありますよね? あるときを境に、貴方たちの様子が変わりました。特にフィニス先輩は、アエラス先輩に申し訳なさそうで……。ねえ、アエラス先輩。何があったんですか?」


 そこまで言ったシレンテはアエラスを見て息を呑んだ。アエラスから表情がなくなっていた。アエラスは取り繕うように笑ってみせようとするが、顔が強張って上手く笑えていない。


「シレンテ、流石の観察力だね。でも、それを知って何になる?」

「それが何になるか、は俺が決めることです」


 アエラスは薄らと笑みを浮かべてシレンテを見つめた。背筋が凍りそうなほどの冷たさを持つ瞳だ。アエラスのこんな表情をシレンテは向けられたことがない。


「君が知りたいという話は、知れば君を不自由にするよ」

「どういう、ことですか?」


 アエラスの言葉に、シレンテは怪訝に思う。アエラスには、誤魔化そうという雰囲気はなく、彼の表情は真剣だ。


「知ったら、君は私を裏切れなくなる。私が、そうする」


 言っていることはあまりにも支配的だ。それでも、シレンテは知っている。アエラス・クレアティオはそれを成し遂げる力がある人間だと、知っているのだ。


「ねえ、シレンテ。それでも君は知りたいと思うの?」


 シレンテは黙り込んだ。アエラスは、踏み込ませてくれそうだ。しかし、踏み込めば、もう戻ることはできないのだろう。


 シレンテは、目を閉じて天井を仰ぎ見た。


 アエラスと話していると、こういうことがある。自分が優位であったはずなのに、気づけば逆転し、主導権を握られている。

 シレンテは瞳を開き、アエラスの方を見た。


「知りたいです、アエラス先輩」


 アエラスは、シレンテを見て残念そうに笑った。


「私は、君に魔法を使いたくないんだけどな」

「諦めてください」


 アエラスは、ルースの方に視線を向けた。


「ルース。君は知らない方がいい」

「ぼくにも、教えてください」


 ルースの譲る気のない表情をみて、アエラスは困ったような顔をした。


「アエラス様。約束しましたよね。全部を、学ばせてくれるって」


 アエラスは呆気にとられたようにルースを見つめた。そして、諦めたように口元を緩めた。


「確かに、約束したね。……仕方ないか」


 その表情はシレンテが見たことがないものだった。アエラスは、ルースに弱いのだろう。


 立ち上がったアエラスは、部屋の扉を開き、通りかかった使用人にニクスを呼ぶように伝える。そして、紙を取り出し、文字を書き出した。


「アエラス先輩、何をなさっているのですか?」

「君たちに話すことをフィニスに共有しておかないといけないからね」


 この国の、国王にわざわざ話を通す必要があるという出来事。一体、アエラスたちに何があったのだろうか。シレンテは首を傾げた。


「アエラス様、お呼びですか?」

「ニクス。この手紙を王宮に届ける手配をして。それから、今から1時間、この部屋に人を近づけないで」

「かしこまりました」

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