14、王との対面
ルースは自分の目元をこすった。すこし、恥ずかしい。泣きじゃくってしまって困らせなかっただろうか。そのようにルースは心配していたが、アエラスもニクスも平然としているため、大丈夫なのかもしれない。
「それで、アエラス様はどうしてこちらに? 何か用事がありました?」
ニクスに聞かれたアエラスが思い出したように頷く。
「そうだ、ルース。この国の王様に会ってみたい?」
「……? え?」
アエラスはいきなり何を言っているのだろう。すぐには飲み込めないルースは瞬きを繰り返す。そんなルースをみて、アエラスは微笑みながら手紙を取り出す。
「さっき、陛下から手紙がきたんだ。休みの日だから無視しようと思ったんだけど、それを見越したように『絶対読め』って封筒にわざわざ書いてあるし」
不満げに言いながら、アエラスは手紙をルースに渡した。ルースは不思議に思いながらも受け取る。王様からの手紙と言われると、余計手紙は重く感じる。
「それで、ここに書いてあるのが、『ルースに会ってみたい』って書いてあるんだ」
「ぼくに……?」
一体なぜ。アエラスと王様は仲がいいのだろうか。アエラスは公爵だと言っていたため、仲がいいんだろう。黙って二人の様子を見ていたニクスが、戸惑うルースに向かって口を開いた。
「それが、アエラス・クレアティオの息子になるということです。ルース、貴方は多くの貴族から興味を持たれるでしょう。王族も含めて」
ニクスの言葉に、ルースは驚く。ニクスはアエラスが「公爵だから」ではなく、「アエラスという人間だから」注目されると言っているのだ。ニクスはさらに言葉を重ねた。
「魔法の天才であり、救国者であるアエラス・クレアティオが選んだ人間である貴方を、周りは放っておきません」
ニクスの発言をきいたアエラスは苦笑する。
「魔法の天才とか、救国者とか、ちょっと大袈裟だよね。それに、もう過去の話だ」
「アエラス様、今は貴方の意見をきいていません。ルースは知る自由があります」
アエラスの言葉をニクスが切り捨てる。アエラスが言葉を詰まらせている間に、ニクスはルースに視線を合わせた。
「アエラス様は味方もいますが、敵も多いです。アエラス様の敵は、貴方の粗を探すはずです。それに比べて、フィニス陛下は貴方の味方になり得るでしょう。だから、お目にかかることをおすすめします」
それを聞いたルースは迷った。アエラスの敵は、ルースのあら探しをするという。アエラスと王様の関係はいいのだろう。それでも、断るのは不敬なのだろうか。王様に会った方がいいのか。助けを求めたくて、ルースはアエラスの方を見る。
「ルース、別に断ることもできるよ。フィニス陛下は、王として誘っているんじゃなくて、私の幼なじみとして誘っているし」
アエラスの言葉をきいて、ルースはさらに迷った。断ることはできる。それでも、ニクスはあった方が良いという。どうしよう。しばらくしてルースはアエラスの方を真っ直ぐ見つめた。
「ぼく、フィニス陛下に会ってみたいです」
ニクスの言葉に背中を押されたという理由だけではなく、アエラスの幼なじみという言葉に興味を持った。アエラスのことを、ルースよりも圧倒的に知っているであろう人物。そんな王にルースは会ってみたくなった。
アエラスはルースの言葉にすぐ頷いた。
「いいよ。じゃあ、そうやって伝えておくね」
アエラスは、ルースの頭を撫でると、部屋を出て行こうとした。
「アエラス様」
思わずルースはアエラスを呼び止める。ルースに名を呼ばれて、アエラスはくるりと振り返る。
「なあに?」
「……なんでも、ないです」
他にも隠していることが、あるのではないか。その疑問をルースは無理矢理飲み込んで、なかったことにした。
◆
その日は、アエラスとルースは王宮に来ていた。ルースは初めて見る王宮に、きょろきょろと周囲を見渡した。目に映るもの、全てが新鮮にみえる。そんなルースをアエラスは微笑ましそうに眺めている。
「君がルースか。今日は来てくれてありがとう」
フィニスは、気さくな人であった。ルースは緊張でガチガチになっていたが、フィニスは明るく話しかけた。
「はじめまして」
ルースの表情から怯えは滲んでしまっているだろうが、フィニスは特に気にした様子はない。
「ほら、クッキーがある。ドーナツもあるし、ケーキもあるけど、どれがいい?」
フィニスは気さくだが、ルースの緊張や怯えは簡単にほぐれない。目の前にいる人物は、王なのだ。そんなルースを見かねたのか、アエラスが耳打ちをしてきた。
「フィニス陛下はが子ども好きだから大丈夫だよ。二つ年下の私にも、フィニス陛下は兄のように振る舞いたがっていたから」
そして、アエラスはフィニスにも声をかけた。
「フィニス陛下、あまり一気に喋ってルースを困らせないでください」
「アエラス、ここには俺達しかいないのだから、かしこまる必要はない」
「……分かった」
アエラスは渋々と言った様子で、頷いた。そんなアエラスをみて、フィニスは微笑む。
「ルース、来てくれてありがとう。特に用事があるわけではなくて、どんな子か会ってみたかっただけだから、ゆっくりしていってくれ」
「はい」
恐る恐るルースは返事をした。それをきいたフィニスはさらに笑みを深める。アエラスに視線を送るフィニスは楽しげであった。
「それにしても、アエラス。お前が親になるとは」
「私だって、もういい歳だからね」
「それは嫌みか? 俺の方が二つ年上なんだが」
「まさか」
「おい、アエラス。俺の目を見て言え」
二人の会話をきいて、ルースが思わず笑ってしまう。二人の会話はテンポがよく、お互いを信頼している気持ちがよく表れている。アエラスの会話はルースに話すときよりも雑だが、それは信頼の証だろう。
そのとき、ドアを叩く音がした。フィニスの返事の後、人が入ってくる。
「失礼します。アエラス様、急ぎ確認していただきたい書類があるとのことです」
「え、私? 君、フィニスの部下だよね? 今日は休みだと思うんだけど」
「至急、とのことです」
「えー、今日は息子と来てるんだけど」
「え、アエラス様、お子さんいらしたんですか?」
「うん」
全く行く気のないアエラスを見かねたのだろう。フィニスが声をかける。
「アエラス、行ってきたらどうだ」
「私にルースを置いていけ、と?」
「すぐに終わるだろう?」
フィニスがその部下に尋ねると、彼は慌ててこくこくと頷いた。
「はい、すぐに終わります」
「……分かりました。ルース、ごめんね。ちょっと行ってくるね」
「はい、お仕事頑張ってください」
「すぐ戻るから」
そう言って、アエラスは部屋から出て行った。ルースは、目の前にいるフィニスを見つめる。フィニスはルースに向かって微笑みかけた。
「家でのアエラスとここでのアエラスは違うか?」
フィニスの質問に、ルースはフィニスを見つめたまま、首を傾げた。そして首を振る。
「いいえ、一緒です」
「そうか……」
フィニスは寂しげな顔を浮かべた。そんなフィニスをルースは不思議に思う。なぜ、そんな顔をするのだろう。ルースはしばらく見つめてみたが、フィニスは首を振った。
追記:このアエラスを呼びに来た「フィニスの部下」は「フラマ・ヴァラトス」と言います。この作品では関係ないですが、「婚約者に捨てられたグロリアは、記憶消し屋に向かった」で名前が決まりましたので念のため追記です。




