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13、エリーという人物について

 アエラスが部屋に入ると、視界に入ったのは泣いているルースと、困り顔でルースの頭を撫でているニクスの姿だった。

 

「どうしたの? ルース」


 アエラスがルースに声をかける。それでも、ルースは泣き続ける。アエラスはニクスに視線を向けるが、ニクスは首を振った。そして助けを求める目でアエラスを見つめる。


 そんな助けを求める目で見られても、アエラスもどうしたらいいか分からない。アエラスは、身をかがめてルースに視線を合わせた。ルースの頬に向かってゆっくり手を伸ばす。そっと涙を拭った。


「教えて、ルース。どうして泣いているの?」

「わからないです。でも、もう会えないのがいやなんです。ぼくを、一人にしないでほしいんです」


 誰に会いたいのかをアエラスは聞くか迷ったが、おそらくルースは分からないと答えるだろう。そう考えたアエラスは、優しくルースを抱きしめた。


「君が誰に会いたいか、分からないけれど、大丈夫。君は一人じゃないから。大丈夫」


 慰めになるのか分からない。それでも、アエラスはルースを抱きしめた。大丈夫だ、と根拠もない言葉をかけた。ルースが泣き止むまで、それを続けた。



 ルースが泣き止んだ後に、アエラスは空いていた椅子に座り、ニクスに向かって口を開いた。


「それで、何の話をしていたの?」

「……」

「ニクス?」


 黙り込んだニクスに、アエラスは不思議そうに彼の名を呼ぶ。ニクスは視線を伏せた後に口を開く。


「文字の練習をしたあと、あの御方の話をしていました」

「あの御方?」

「……エリー様です。ルースが、興味を持っていたようで」

「ああ、なるほど」


 アエラスは納得をして頷いた。馬車の中でアエラスがエリーの名を呼んだのを聞こえていたのだろう。ニクスが気まずそうにしていた理由は納得ができた。ルースが泣いていた理由は全く分からないが。


「それで?」

「エリー様が、亡くなったという話までしました」

「なるほど……」


 「人が亡くなった」という話をきいてルースが泣いていた、ということは、ルースが身近な人の死を知っているのかもしれない。でも、それが誰か、本人すら分かっていないのだろう。記憶喪失か、あるいは記憶に残すと辛すぎて意図的に忘れているのか。


「エリーのこと、気になる?」

「……はい」


 アエラスからの問いかけに、ルースは躊躇いながら答える。それに気がつきながらも、アエラスは楽しそうに話し出す。


「エリーは、私の全てだったんだ。この迷いそうな世界で、ただ一つの道しるべだった。光だったんだ」


 ルースは、アエラスの表情をじっと見つめる。アエラスはルースに微笑みかけた。


「彼女がこの世界にいる。そう思うだけで、世界が輝いてみえたんだ。そして、彼女が生きるこの世界ごと愛せた」


 そこまで言ったアエラスは、自身の心に寂しいという気持ちが広がるのを感じた。


「エリーに、私の気持ちがどれくらい伝わっていたか分からないけれど」


 伝わらなかった気持ちは、存在しているといえるだろうか。なかったのと、同然ではないか。アエラスは視線を落とした。


「エリー様は、幸せだったんですね。アエラス様にここまで愛されて」


 ルースの言葉に、アエラスは視線をあげる。そして、弱々しい笑みを浮かべた。


「どう、かな。私の気持ちは、独善的だったかもしれない。エリーは、苦しかったかもしれない。私に好かれるのに、同じ気持ちを全く感じられないことを」


 アエラスは自虐的に笑った。優しいエリーを苦しめてしまっていたかもしれないというのは、アエラスの中にずっと燻っている感覚だ。アエラスの金の瞳をルースはジッと見つめながら問いかける。


「どくぜんてき、ですか?」

「独りよがりって意味だよ」

「ひとりよがり」


 ルースがアエラスの言葉を繰り返す。そして、ルースの翡翠のような瞳がアエラスに吸い寄せられた。


「アエラス様」

「なに?」


 急に名を呼んだルースに対して、アエラスは不思議に思う。ルースは一瞬考えたあと、口を開いた。


「ぼくは、アエラス様がぼくのことを拾ってくれて、感謝しています。アエラス様を恩人だと思っています」

「うん」

「嫌ですか?」

「え? 嫌じゃないよ。嬉し……」


 そこまで言ったアエラスは、ルースが言いたいことに気がついた。アエラスは黄金の瞳を見開いて、ルースの方を見る。ルースは満面の笑みを浮かべた。


「エリー様の気持ちを全部考えることはできないけれど、エリー様も嫌じゃなかったですよ、きっと」


 ルースがアエラスに向けている気持ちを、アエラスは嫌に思っていない。それと同じように、気持ちを向けられることをエリーは不快に思っていなかったのではないか。そんなルースの励ましをきいて、アエラスはしばらく動きを止めていた。そして力が抜けたように微笑むと、ルースの頭を撫でる。


「ルース、君は不思議だね。年相応の子どもに見えることがあれば、多くの世界を知っている大人に見えることもある」

「? そうですか? でも、ぼくは何も知らないです」

「知らないってことをはっきり言えるのも君のいいところだと思うよ」


 そう言ったアエラスは、ルースを見て笑った。その後で、瞳に少し寂しげな色が混ざる。


「それでも、まだ大人にならないでね。私は、君に何もしてあげられていないから」


 その言葉は、誰にも聞こえないほどの声の大きさだった。聞き取れなかったルースが首を傾げる。アエラスは、何でもない、と首を振った。

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