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11、とんでもない拾いもの

「それじゃあ、ルース続けようか」

「はい」


 そう返事をしたルースを見たアエラスは、自身の手に意識を集中させる。すぐに水が上に向かって巻き起こった。ルースが祈るような表情で手を伸ばす。しかし、変化がなかったのを見て、泣きそうな表情を浮かべた。


「闇か、光か」


 水を消したアエラスが、自身の着ていた上着を脱いだ。そして邪魔にならない場所に上着をそっと置いた。


「どうして上着を?」


 ルースの疑問に、アエラスは苦笑した。


「闇と光は使えるんだけど、ちょっと他に比べて特殊なんだ。上着の袖が肌にあたるだけで集中力が削がれるくらい。ちゃんと集中しないと、上手く制御できなくなる」


 そういって、魔法を使おうとしたアエラスを、慌てた様子のニクスが声を出した。


「待ってください、アエラス様。あなた今、光と闇を使おうとしています?」

「え、うん」

「正気ですか?」


 ニクスの表情が強張る。そしてアエラスを真剣な瞳で見つめた。


「僕は魔法についての知識はあまりありません。それでも闇はともかくあなたが光の魔法を使うと……」

「ニクス」


 アエラスは、ニクスの名前を呼んだだけであった。しかし、それは明確な制止であった。ニクスは不満げな様子でみるが、言葉をのみこんだ。しかし、瞳は雄弁であり、アエラスに不満を伝える。その様子をみたアエラスは仕方なく口を開いた。


「今から使うのは初歩だ。だから、大丈夫だよ、多分。それに……」


 アエラスは、ニクスの耳元に口を寄せる。そしてルースには聞こえないように言葉を囁いた。それをきいたニクスは灰色がかった瞳を見開く。


「本当に、仕方のない人ですね。止めても無駄ですよね?」

「頼りにしてるよ」


 真剣なアエラスの黄金の瞳を見たニクスは、静かに息を吐いた。それをみたアエラスはニクスがこれ以上止めないと確信した。アエラスはルースへと視線をうつす。


「じゃあ、いこうか」


 ルースに微笑みかけたアエラスは、真剣な表情を浮かべながら、自分の手に意識を集中した。一瞬だった。ブワリと黒い影が広がる。


「うわあ」


 ルースは驚いて声をあげた。その後で、ハッとした表情を浮かべて自分の口を手でおさえる。アエラスが集中しなくちゃいけないと言っていたのに声を出してしまったからだろう。アエラスは安心させるように微笑んだ。


「もう大丈夫だよ。出すのが難しいだけだから」


 アエラスの返事を受けて、ルースはおそるおそる手を伸ばした。しかし、その影に変化はない。ルースのがっかりした表情を見て、アエラスは影を消す。


「光もやってみようか」


 ルースには微笑みかけたアエラスだが、空中を見つめたアエラスの表情は強張っているだろう。自身の心拍数が上がるのを感じて、アエラスは深呼吸を一度する。深く息を吐くと、手に意識を向けた。


 他の魔法よりも時間がかかった。それでも、アエラスの手の上には温かい光が広がった。


「すごい」


 ルースが魅入られたように近づく。そして躊躇なく手をかざした。


 ぶわり、と光が強く、目映く広がる。その光景は神々しく、綺麗なものであった。アエラスは、力が抜けたように蹌踉ける。ニクスがそれを不安げに見つめるがアエラスは安心させるように首を振った。アエラスは暑くない気温にもかかわらず汗をかいており、右手で顔の汗を乱雑に拭った。


 ルースは、光しか見えていないのだろう。彼は完全に光に目を奪われていた。その緑色の瞳はキラキラと輝いている。


「はは、これは……。とんでもない拾いものをしちゃったな」


 アエラスは、呆然として思わず言葉を漏らした。アエラスの胸中は嬉しさと悲しさが混ざり合い、複雑なものであった。




「アエラス様、アエラス様!」


 しばらくしてルースが興奮したようにアエラスの名を呼んだ。


「これが適性っていうことですか?」

「そうだよ」

「すごい……」


 ルースは感動したような表情で、アエラスを見つめる。アエラスはニコリと笑みを浮かべた。


「さっきの感覚を覚えておいて。それが魔法の使い方だ」

「はい! もっと教えてください」

「ごめん、今日は終わりでいいかな? ちょっと疲れちゃった」


 アエラスの顔には疲弊の色が滲んでいたのだろう。ルースはハッとした表情を浮かべる。そして、泣きそうな表情を浮かべた。


「ごめんなさい……。アエラス様……」

「なんで謝るの?」

「だって、アエラス様を疲れさせてしまって……」


 ルースの返事をきいて、微笑んだアエラスはルースの髪に触れるようになでた。


「ルースは優しいね。でも、気にしなくていいんだ。私が好きで使った魔法だからね。それに、私くらいの年になると、ちょっと動いただけで疲れるんだ。ルースが悪いわけじゃないよ」


 安心させるようにアエラスは丁寧に言葉を選ぶ。ルースは緑の瞳を不安げに揺らした後、ゆっくりと頷いた。


「じゃあ、ルース。先に家の中に戻っておいてくれる? この後は別の勉強をしようか」

「はい!」


 明るく返事をしたルースは、部屋の中に駆けていった。それを見送った後、ニクスが口を開く。


「アエラス様……。『私くらいの年になると』とか言ってましたが、何歳でしたっけ?」

「え? 知ってるだろう? 30歳だよ」

「ええ。知っていますよ。ちょっと年を言い訳にするには無理があるのでは?」


 ニクスの言葉に、アエラスは苦笑した。ニクスのいうことは正しい。


「他の言い訳が思いつかなかったから」

「正直に言えば良かったじゃないですか」

「まだ、言うべきときじゃない」


 アエラスは、雲一つにない空を見上げた。爽やかな印象を受ける空とは違い、アエラスの表情は曇っていることだろう。


「適性をもたない人間が光魔法を使うとどうなるかなんて、適性を持つルースはまだ知る必要はない」


 そして、アエラスが以前治癒の魔法を使った際に払った代償を、知る必要はもっとない。


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