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10、特殊魔法

「アエラス様、次をお願いします」

「うん」


 アエラスは左手の上に土の塊を浮かばせる。ルースは、緊張したように唾を飲み込んでから、その土に向かって手を伸ばした。


「……駄目か」


 アエラスの言葉に、ルースも頷く。土は何の変化もなかった。うつむき気味に下を向いたルースに、アエラスは土を消しながら声をかける。


「まだ、他にもあるから、落ち込まないで。特殊魔法の可能性もあるし」

「アエラス様は、特殊魔法を持ってるんですか?」


 アエラスは自身の表情が強張るのを感じた。口元を引きつりそうだ。それでもどうにか笑って見せた。


「あるよ、でも見せられない」

「何でですか?」

「とても、危険なんだ。下手すれば、世界を滅ぼせるくらい」


 翡翠のような輝く緑の瞳でアエラスを見つめていたルースがアエラスの手にそっと触れた。驚いたアエラスが手を引っ込めようとしたが、ルースはアエラスの手を強く握った。


「アエラス様のこと、怖く、ないです」


 ルースは、アエラスを強い瞳で見つめる。ルースの手が温かい。ルースの瞳には優しげな色が広がっている。この子は、なんでアエラスの望む言葉をくれるのだろう。アエラスはを見つめ返した。思わず口元が緩む。


「あり、がとう」


 そのアエラスの声は少し震えていた。手を通してじんわりとした温かさが伝わってきて、アエラスの心を落ち着かせた。アエラスの様子を窺っていたルースが手を放したため、アエラスの表情は元に戻ったのだろう。



「特殊魔法に興味ある?」

「……はい」


 ルースは、アエラスの反応を見ながら、恐る恐る返事をした。怯えさせてしまっただろうか。アエラスは、笑みを作ってみせた。


「私の魔法は無理だけど、別の人のなら見せられるよ」

「本当ですか?」


 ルースの声が弾むのを微笑ましく思いながら、アエラスは中庭に面している二階の部屋の窓を見つめる。


「多分、あそこかな」


 そう呟いたアエラスは、手に風を起こす。風は軽やかに宙を舞いながら、アエラスが狙った窓を揺らした。ガタッという音が鳴るのをきいて、アエラスは風を消した。


「何ですか、アエラス様」

「ニクス、ちょっときて」

「はい」


 窓が揺れる音を聞いて顔を出したのはニクスであった。アエラスから呼ばれたニクスは、そのまま窓枠に足をかけた。


「え?」


 ルースはニクスの行動に戸惑っているようだった。アエラスは何の心配もしていない。ルースが混乱しているうちに、ニクスは軽やかに飛び降りた。


「二階から飛び降りて、大丈夫なんですか?」


 隣に立つアエラスに、ルースが尋ねてきた。少し驚かせてしまったかもしれない。アエラスにとっては日常の光景であるから気にしていなかった。


「大丈夫だよ。ニクスは運動神経いいからね」


 この程度でニクスが怪我をするわけがないとアエラスは確信している。ニクスがアエラスに声をかけてきた。


「それでアエラス様、なぜ僕を呼んだんですか?」

「君の特殊魔法をルースに見せて」


 端的なアエラスの言葉に、状況を理解したのだろう。ニクスは頷いた。そして、両方の手のひらを体の前で上に向ける。一気に周囲の気温が下がる感覚。春とは思えない温度の変化に、ルースはキョロキョロと周囲を見渡した。


「わあ!」


 ルースが思わずといった様子で歓喜を含んだ声を出した。それは、白くて冷たいもの。雪だ。冬しか降らないはずの雪。それがなんで降っているか。


「ニクスさんの特殊魔法は雪ですか」

「そうです」


 ルースは翡翠色の瞳を輝かせた。そして楽しげに雪へと手を伸ばす。


「ありがとうございます、ニクスさん」

「構いませんよ」


 ルースの感謝のこもった眼差しを受けて、ニクスは気にした様子なく頷いた。


「あ、ニクス。もうちょっとここにいてくれる?」

「はい、構いませんが」

「ルース、ニクスがいてもいい?」

「はい」


 二人の了承を得たアエラスは安堵の表情を浮かべているが、アエラスの真意が分からない二人は不思議そうな表情を浮かべた。

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