099 シビルとの口約
俺の心臓を貫いた金色の剣。門田から渡された炭素繊維強化プラスチック製の防刃ベストが、いとも簡単に刺し抜かれた。
胸から突き出ている刃を掴み、強引に振り返る。
「やっと会えたな、シビル……」
「お目にかかれて光栄です。ところで、何で死なないんでしょうか?」
何度か見た顔だから間違えようが無い。
「さあな……」
シビルの剣は確かに俺の心臓を貫いているが、刺さった瞬間、汎用人工知能が痛覚を切ってるからね。心臓のほうも、リキッドナノマシンが頑張って動かしている。
平然としている俺を見て、シビルは驚きのあまり剣を手放した。まだ刺さったままだけど。
首を斬り落とされても死なないのだ。心臓ごとき刺されたくらいで死ぬかボケ。しかしこいつら、気配を消すのが上手い。スナイパーたちもそうだけど、シビルに関しては、刺されるまで気付けなかった。俺もちゃんと訓練しなければ。
『ファーギ、エレノア、マイア、ここは危ない。急いでクレーターの外に避難していてくれ』
三人ともこの光景を見て、驚きのあまり固まっている。加勢してくる前に念話で伝えた。慌てて離れていく三人を見て、刺さっている剣を背中から引っこ抜いた。
この剣は放射線照射装置に入っていたオリハルコンの合金と同じもので作られている。柄の部分が少し削られているので、もしかしたらこれを使って、放射線照射装置を作ったのか。
「貴様っ! それを返せ!!」
剣としてなのか、魔石電子励起爆薬のためなのか、シビルは剣を取り返そうとして、飛びかかってきた。
はっ、どっちでもいいけど、返す気は無い。魔導バッグにさくっとしまい込み、シビルに衝撃波を放つ。
「ぐほっ!?」
腹部に直撃させたので、色んな臓器が悲鳴をあげているはずだ。シビルの眼は虚ろになり、口からはよだれを垂らし、足をふらつかせる。しかし、倒れずに堪えた。
シビルはそんな状態で呪文を唱え、俺に向けて電撃を飛ばしてきた。
しかし場所が悪かったようだ。
不純物が混じりまくっている足元のガラスに、電気が吸い込まれるように消えていく。
雷の魔法が得意だと聞いたが、ちょっとお粗末な結果だ。
動揺しているみたいで、魔女シビル・ゴードンは「しまった!」みたいな顔をしている。
隙だらけだ。
俺を殺しに来たんじゃねえのか。
衝撃波をシビルの両脚に向けて放った。
「うがああっ!!」
あ、膝が逆向きに折れ曲がった。あれは痛そう……。
気を失ってもおかしくない激痛を感じているはずだ。
しかしそれでも、シビルの眼から光は失われない。
その瞳が俺を睨み付けた。
――何かする気だ。
神威障壁を張りつつ後ろへ飛ぶと、シビルは俺に向けて魔石電子励起爆薬を投げ飛ばした。
神威障壁を追加で二枚貼り、爆発の衝撃に備える。
三枚重ねだと音波を遮断するので、間近で爆発しても耳は問題ない。だけど、光と熱はどうしようもない。爆発が起きて熱を感じた瞬間、追加で神威障壁を十枚張って、こたつくらいの明かりと温度くらいにまで抑えた。
ものすごい勢いで吹っ飛んでいるので、浮遊魔法を使って空中に止まる。
自爆攻撃……では無さそうだ。ファーギ製のゴーグルをつけると、黒煙の中に空間の歪みが見える。
ファーギたちは……、クレーターの外に避難している。きっと大丈夫だ。
『シビルはゲートで逃げた。俺は追うけど、どうする?』
三人へ念話を飛ばす。
『近くに製造所みたいな建物があるから、そこへ入ってみる。そっちは頼むぞ、ソータ』
『こっちはワシらに任せろ』
『ソータさん、頑張ってくださいー!』
エレノア、ファーギ、マイア、三人とも元気に返事してきた。無事に爆発の範囲外まで避難できてたみたいだな。
『それじゃあ行ってくる』
ゲートが閉じる前に飛び込む。
くぐった先は、どこかのビルの中だった。
ビル? いや、なんだこの施設は。
重力がおかしい。歩こうとしただけで、身体が浮き上がるのだ。天井にぶつかりそうになり、手で支える。
軽く押すと、廊下へ戻っていく。
質量に変化は無い。重力が弱くて、こんな挙動になっているのか。
魔法や魔術で再現できるのか? もしくは幻影や夢を見せられている?
灰色の床は金属製で、歩く靴を選ばなければ、かなり大きな音が響きそうだ。壁は何かの強化樹脂で、天井も同じ。明りは全てLEDで、真っ白な光で満たされている。窓なんて一つも無く、外に何があるのか分からない。
磁石付きの靴ならうまく歩けそうだ……。
周囲の気配を探ると、俺から離れていく気配が一つ。おそらくシビルだ。
この重力だと、浮遊魔法の加減が難しいが、とりあえず追わなければ。ただ、彼女の方がここに慣れているようで、その差は一向に縮まらない。足の関節バキバキに折ったのに……。
辿り着いたエレベーターは虹彩認証でロックされ、動かすことが出来なかった。非常階段を探すも、俺の視界にそんな物はない。
一応安全のため障壁を張り、念動力でエレベーターのドアをこじ開ける。シビルの気配は上に向かっていた。下を見ると底の見えない深さがあった。
一体何の施設だここは。
魔法や魔術でもない、幻覚や夢でもないとすると、もう一つの可能性が出てくる。
――ここは地球でも異世界でもない、どこか別の星かもしれない。
さてさて……。この状況……。どうしようかと考えつつ、エレベーターシャフト内を上昇していく。
エレベーターかご室が止まっていたので、念動力で床を破って内部へ侵入。ドアをこじ開けて外へ出た。
なるほど――ここは月面基地だ。
分厚いガラス窓から、地球が見えている。
ここは月のレゴリスを加工し、コンクリートに似た建築素材で造られていた。
月面基地に関しては、ニュースで報じられたくらいの情報しかない。
「本当にしつこいわね、あなた」
両膝が逆に折れているのに、よくここまで逃げたな……。シビルはこの重力でも歩けないほどの酷い状態だ。それもう限界なのか、あきらめ顔で座り込んでいた。
「魔石電子励起爆薬を放置できなくてね。あんなもの世に広げられたら、ほんとに人類は滅亡するぞ」
「あなたが盗った剣からじゃないと、魔石を励起できないから、もう作れないわ」
「……そりゃよかった」
ハッタリだろうね、きっと。さっき奪った、オリハルコンとミスリルの合金で作られた剣。あれを作った材料が必ずどこかにあるはずだから。
「オリハルコンの剣は、我らが追放される前、神から与えられた物。ソータさん、あなたはどうして我らの悲願を邪魔するの?」
自己紹介してないけど、俺を狙ってきたなら、名前くらい知ってるか。というか悲願? なにそれ?
「俺はあんたの悲願がなんなのか知らない」
「わたくしたちは神々を討つ」
「神を討つ……? なんでまた、そんな大それた事を」
「地球に追放されてからに決まってます」
「追放されるような事やったからじゃないの? そりゃ逆恨みってんだ」
「逆恨み? わたくしたちが逆恨み? ふふっ……ソータさん、あなたは神が成す事は全て正しいとお考えでしょうか? あなたは神が正義だとお考えでしょうか?」
「さあね? 神がいるとは思ってなかったし、存在を知ったのもつい最近だ。神が正しいとか、そんな事考えた事も無かったけど……んー、でもさ、神様の言う事は、だいたい正解じゃないの?」
「違うっ!! わたくしたちは、無実の罪を着せられた! わたくしたちはハッグ! カヴンではない! デーモンを呼び出したのも、ビーストキングダムも、カヴンがやったこと! 我らはすべてその罪を着せられて追放された! 許さない! 絶対に許さない! あの世界の神々は全て滅ぼしてやる!」
「あー、言いたいことは分かったから落ち着いて? でもさ、それはそれ、これはこれ。魔石電子励起爆薬はもう作るな。絶対にだ。それとさ、あんたたちハッグが、神を討ちたいのなら勝手にやってくれ。だから、関係の無い人々を巻き込むような兵器で、世界を荒らすな。わかった?」
「っ!? ――――わ、かりました」
バスケットボール大のオリハルコンと神威結晶を、十個ずつ生成し、念動力でシビルの回りを回転させる。
純度の高いオリハルコンは、シビルから奪ったものと違い、黄色みが強い。その形を変化させて、十本の大剣に変えた。形だけのなまくらだけど。
神威結晶も同じく形を変化させ、盾の形にする。琥珀色の大盾が十だ。
双方から神々しい気配が溢れ、シビルを中心に回っている。
唖然としているシビルに、一通りの回復魔法を使って怪我を治した。
演出はずいぶん効いた。おかげでシビルは勘違いしてしまった。彼女は膝をついて、俺に祈り始めたのだ。むず痒いからやめろ。
シビルが落ち着いたところで剣と盾を消し、場所を移して話を聞くことにした。
居住区の応接間に案内され、互いに向かい合って座る。俺を見るシビルの瞳は、何か崇めるような光を放っている。居心地が悪い。
「俺は日本生まれの日本育ち。普通のニンゲンだ。シビルが崇めるようなもんじゃない」
「しかし……地球で見た神々は無口で、何を考えているのか分かりませんでした。ソータさんのように会話が出来たのは初めてなのです」
「地球の神々……? そんなのまでいるのか。……それは置いといて、とにかく状況を聞かせてくれない? ここはいったい何?」
「はっ、はい!」
この月面基地は実在する死神所有のもので、地球温暖化対策の研究を行なう予定だったそうだ。
しかし、施設は完成したものの、研究をする前に温暖化が止まらないと判明した。
現在は使用目的を変更し、少しでもここに地球のニンゲンを避難できないかと、計画を進めているそうだ。
「その割に、誰もいないんだな?」
「ここは、メインの施設とは離れています。言うなればわたくし個人所有の避難先という事です」
へえ……。怪しい魔女の集団かと思っていたけど、めちゃくちゃお金持ちじゃないの……。この施設だけでも、東京ドーム何個分とか、そんな広さがある。
水耕栽培などで農作物を育て、自給自足をする予定だそうだ。
「こっちのことはだいたい分かった。異世界の方では何やってんの?」
CERNが異世界へのゲートを開いたことで、シビルたちは真っ先に異世界へ向かった。昔から伝わるハッグの古文書を頼りに、様々な国や地形、文明の発展度合などを調査していたそうだ。
そんな中、デーモンを呼び出している獣人の噂を聞き、シビルたちは接触を図ったという。区長のドリー・ディクソンと協力関係を結んでいると、悪魔を支配する物の出現を確認した。
名前はエリス・バークワース。……ここでエリスの名前が出てくるとは。
エリスは様々なデーモンを完璧に憑依させることが出来る召喚師として、実在する死神が総力を上げて支援することを約束した。
それはシビルたちハッグの悲願である、神々を討つための足がかりとなるからだ。
シビルは現在、実在する死神の構成員を増やし、様々な種族を異世界へ送り込んでいる。獣人たちや、デーモンの支援をするために。
その中にはルー・ガルーや、吸血鬼、聖獣に半神、そして地球産の悪魔までいるそうだ。
シビルがやっていること――デーモンと魔石電子励起爆薬――は、俺の中で一線を越えている。しかしここで事を荒立てるわけにも行かない。
シビルは俺を神と勘違いして、包み隠さず何もかも話している。このアドバンテージは維持したい。全ての話をシビルから聞いて、できれば地球人が上手く移住できるように考える。
「そんな目で見てもダメだ。俺は異世界の神とハッグの諍いに首をつっこむ気は無い。……だけど、ハッキリしている事がある」
「そ、それは……」
「デーモンと、デーモンを呼び出す獣人は全員倒す。地球の温暖化が止まらない緊急事態なのに、やつらのせいで人類の受け入れ態勢が出来ないどころか、異世界中に争いの火種が飛び散っている。早めに対処しなきゃ手遅れになる」
「は、ハッグの悲願を諦めろというのですか?」
「デーモンを使わず、他の手段で神を討てと言ってる」
アスクレピウス、竜神オルズ、精霊カリスト、俺が出会った神々はこの三柱だ。
言っちゃ悪いけど、今回のデーモン騒動の一端は、君たち神にも責任がありそうだ。
「……は、はい。しかし……いや、分かりました」
説得は失敗だ。あわよくば説得出来るかも、と思ったけれど、この態度ではデーモンを使ったハッグの戦略は変わりそうにない。その気持ちが俺にバレないように、シビルは下を向いて表情を見せないようにしている。
ハッグは地球に追放されて、その血脈を守ってきた一族だ。そのため地球人との混血が進んだのだろう。ハッグ本来の血が薄まり、異世界にいた頃の力を発揮できない。その可能性は大いにある。
それを補うため、実在する死神って組織を作ったんだろうな。
月面基地を作るだけの財力があるという事は、それだけの事業を展開しているのか、あるいはハッグに理解を示すスポンサーがいるのか。どちらにしてもハッグは世代を重ねて、地球人的な考え方に染まっている。
厄介な相手になりそうだ……。
「再度言っておく。シビル、君が異世界の神々を討ちたいのなら、俺は止めない。ただし、デーモンに関わるな。魔石電子励起爆薬はもう作るな。この二点は絶対に譲れないラインだ。この意味が分かるな? このラインを超えたら、俺を敵に回すって事だからな」
「そ、それは約束します。そもそも、もう作る事が出来ませんし。で、では失礼します……」
シビルはゲートを開き、逃げるように部屋から出て行った。刺激したくないので、これ以上追う気は無い。
最後の脅しは効いたみたいだけど、どうなるのか分からん……。できれば獣人とデーモンから離れてもらいたい。そっちの方が楽になるし。
魔石電子励起爆薬は本当に作れなさそうだけれど、在庫はあると思う。その量如何では、異世界と地球、双方の軍事バランスが崩れ去る可能性もある。
ため息が出そうになるのを堪える。
とりあえずシビルと会話が出来た。ちゃんと約束を守れよ……。




